征服

加賀倉 創作

征服

 __続いてのニュースです。出生率低下。今日、厚生労働省が発表した二〇二〇年の人口動態統計によると、一人の女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率は一・三四。前年から〇・〇二ポイント下がり五年連続低下しています__


 百インチの有機ELテレビから、そんなニュースが流れている。K夫妻はそれを見ながら、ワイングラスをかたわらに、ビーフ・ステーキを丁寧に切り分ける。


 「こう子供が減っては、日本の未来はますます暗いものになるぞ。現役世代は積極的に結婚して、子供をつくらないと。まぁ、僕たちには既に一人いるんだけれど」


 「そうね。でも二人から一人生まれるんじゃ、人は減っていく一方よ。まだ日本の将来に貢献したとは言えないわ」


 「それもそうだな。全ての夫婦は少なくとも二人の子を儲けるように、法律でも作ればいいんじゃないのかな」


 「それは名案ね。そういえばあなた、前にもう一人子供がほしいって言ってたわよね」


 「うん。僕たちのような優秀な人間の遺伝子は、多く残すに越したことはないからね。それにこの広い家に三人では、持て余しすぎている気もする。もっとにぎやかであるべきだ」


 「同じことを思ってたわ。わたしも最近、そろそろ二人目が欲しいって思ってたの」


 「それは本気かい?」


 「ええ、今すぐにでも次の子が欲しいわ」


 「だったら早速今日、頑張るか」


 「ぜひそうしましょう。坊やが起きないようにね」



__続いてのニュースです。サケの漁獲量激減。今月、チリ、ノルウェーでのサケマスの漁獲量が例年の十分の一程度である、合計約二万トンであったことがわかりました。現時点で原因はよくわかっておらず、両国からサケを多く輸入している日本の食卓に、少なからず影響があると懸念されています__


「なるほど、人間の少子化の次は魚の少子化ときたか。次は何だろう、僕の好物であるこの卵だけは避けて欲しいものだが」


 K氏は毎朝、ニュースをチェックしながら妻が作ってくれるエッグ・トーストを食べるのがルーチンになっている。


「私も同感だわ。卵がなくなっちゃったら、朝食に何を出していいかわからなくなるもの。もっと無くなっていいものなんて、世の中にはいくらでもあるわ」


「例えば何だい?」


「蚊がいなくなって欲しいわ。そろそろ増えてくる時期よ」


「そりゃ素晴らしい。僕もそう願っておくよ。明日のニュースが楽しみだ」


「坊やは何が無くなったら嬉しい?」


「ぼくはね、えーっと、宇宙人!」

「あら、どうしてかしら?」


「宇宙人はね、地球を攻撃したり、悪さをするんだ。だからいちゃだめ。前にテレビで見たの!」


「ははは。さすが僕の息子だ。天才的な発想だな」


「きっとあなたに似たんだわ。さてと、そろそろ幼稚園に連れて行かなくちゃなんだけど、そのあと病院にいってくるわ」


「あぁ、あの件だね」


「もうあれから三ヶ月も経つのに、不安だわ」


「大丈夫、僕たちには既に五歳の子がいるんだからね」


「そうね。じゃあ行ってくるわね」


「お父さん、いってきまーす!」


***


 暗い宇宙空間に、突如として輝く円盤が現れた。その円盤は、怪しげな音をたてながら、何かを地球に向けて放っているようだった。


 「観測データによると、この星は非常に快適な環境のようだ。自然に囲まれ、水も豊富。我々の種族が生活するのにぴったりだ。しかし運悪く、既に人間という高等知能生物が蔓延はびこっているらしい。排除したいが、安易に攻撃して、返り討ちにされては困るというものだ。この減数分裂阻害げんすうぶんれつそがいパルスを浴びせて、ジワジワ数を減らしてから攻めよう」


 宇宙人はそう言って、パルスの発生装置のボタンを押しつづける。


「もうこれくらいでいいだろう。あ、ちょっと押しすぎたかな。まぁ、良しとしよう。効果が現れるまで少し時間がかかるから、一度帰ってまた来よう。数十年後が楽しみだ」


 すると円盤は瞬く間に銀河の彼方へと消えた。   



***



 「次の方、どうぞ」


 K氏の妻は診察室に入ると、不安を隠せない様子で、食い気味に医師に話しかけた。


 「先生、私たち夫婦には何の問題もありませんわよね。結果はどうだったんです?」


 「奥さん、落ち着いて聞いてくださいね。検査の結果、とある問題が判明しました」


 「まぁ!なんですって!できれば聞きたくないですけれど、どっちに問題が……」


 「それが、大変申し上げにくいのですが、お二人ともなのです」


 「そんな、うそよ!私たちには可愛い坊やがいるっていうのに。後天的なものってわけ?」


 「ご説明いたしましょう。どういうわけか、卵と精子がうまく形成されない。要は受精が不可能なのです」


 「そんな、子供がもうできないなんて」


 「しかし、それはお二人だけに限ったことではありません」


 「それってどういうことかしら?」


 「私もなのです。先程診察室を出て行ったご夫婦もそうです。最近このようなケースが多く見受けられます。ひょっとすると、人類全体の異常なのかもしれません」


 医師の推測はある意味外れていた。人間のみならず、地球上の生物全てに異常が現れていたからだ。何らかの理由で、以後子孫を残せなくなってしまったのである。K氏の妻が希望した通りその夏は蚊がおらず快適だったことを除いては、いいことなど一つもない。




__続いてのニュースです。世界の最若さいじゃく年齢が更新。今日、世界最年少であるアメリカのL氏が誕生日を迎え、人類の最年少は一八歳となりました__


 「ついに子供のいない世の中になってしまったか」


 年老いたK氏はゼリー状の完全食を食べながら、そう呟いた。


 生物たちの受精に異常が起こり始めてから、約半世紀が経ち、地球上からほとんどの生命が消え去ったが。が、それでもなお、わずかながらの人類が細々と暮らしていた。そしてさらに月日が経ち……



***



 地球のそばに、再び輝く円盤が。


 「久しぶりだな。もうそろそろ人間とやらもかなり減って、侵攻するに適した時分だろう。さて、降りてみるか」


 ところが宇宙人は、地球に降り立つやいなや、地球を離れることに決めた。


 宇宙人がやってくる前、地球には草木が生い茂り、多彩な生物でありふれていた。


 しかし、宇宙人の放ったパルスにより、多くの生物が消え、食物連鎖のバランスが大きく乱れた。


 そして、生命の循環は滞り、生物たちは殖える術を失い、豊かな惑星は荒野へと変貌していた。


「あの減数分裂阻害パルス、効きすぎたみたいだな」


 宇宙人が憧れていた理想郷ユートピアは、もうそこにはない。

 

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