第19話 奇跡の苗木

翌日。

村の畑に私はニコラ様と一緒に村の畑にやって来た。

私は水浸しの畑を見て水捌けを手に意気揚々と水捌けをする。


「お、奥様。そのようなことは私共がしますので奥様は休んでいて下さい」


慌てて言う村人に私は笑顔で答える。


「大丈夫です。私慣れていますから。それに汚れてもいい格好で来ていますので問題はありません」


今の私の姿はいつも屋敷で身に付けているドレスではなく村娘姿と変わらない格好だった。

長い髪をポニーテルに結い、作業がしやすい姿だ。


ザッ、ザッと音を立てて水捌けをし出す私を見てチラッと村娘は困った顔でニコラ様に視線を向ける。

ニコラ様は溜息をついて呆れた表情をした。


「好きにさせてやれ。彼女には何を言っても無駄だ」

「はぁ…」


村娘はニコラ様の言葉を聞いて承諾した。

領主である彼の言葉は絶対に等しい。

彼女達は彼の言葉に従うしかない。


(結構…力いるなぁ……)


作業をしていく中、腕に鋭い痛みが走る。


「………ッ」


昨日ニコラ様から手当をしてもらった腕の傷が急に痛み出した。

屋敷に帰ってから鎮痛剤を飲んだのだが、どうやら効果が切れてしまったようだ。


だけどあと少しで水捌けは終わって次の作業に移れる。

それに我慢できない痛みでは無い。


(このくらい平気よ…)


私は痛みを無視して作業を再び開始しようとした。

突然、私の横から伸びて来た手が水捌けの道具を奪った。

驚いて私は顔を上げる。


「ニコラ様!?」

「邪魔だ。お前は座ってろ」


「でもニコラ様にそのようなことを…」


「お前は俺の妻だろう。夫の俺が手伝わなくてどうする。俺の鞄の中に鎮痛剤が入っている。休んでいる間、それを飲んでいろ」


(バレていたのね……)


私の腕が痛み出していたことが彼にはバレていた。

誤魔化せるかもと思っていたが私の考えが甘かったようだ。


ニコラ様は私の腕に気づいてすぐに変わってくれた。

私は彼の優しさに感謝しながら彼の鞄の中から鎮痛剤を拝借し、持ってきた水筒の水で薬を飲む。

暫くして腕の痛みが和らいだ。


「セシリア。次は何をしたら良い?」


水捌けを終わらせていたニコラ様は私に訊ねた。身体を動かしたせいで暑くなったのだろう。彼は上着を脱いで白シャツ、黒ズボン姿になり、額から汗がこぼれ落ちていた。


私は座っていたベンチから立ち上がり、『セグシアー』が入っている籠を手に取ろうとした。


「では、次はこのセグシアーを作物の近くに撒きます」

「お前は手を出すなと言っただろう」


ニコラ様は私より先に籠を取ると畑の作物に『セグシアー』を撒いていく。


「あの領主様が畑仕事を手伝うなんて…」

「父さん、僕達も一緒にやろうよ!」

「あ、ああ。そうだな」


セドリックの言葉にセドリックの父親はハッとしてニコラ様と一緒に『セグシアー』を撒くのを手伝った。

セドリックの父親はニコラ様にあまり良い印象を持っているようには見えなかった。

だけど今は彼のことを戸惑いながらも手伝っていた。


このままいい方向に進めば良い。

誤解されたままでは悲しすぎる。

だからこそ、ニコラ様の優しさが村の人達に伝われば良いと思った。


ニコラ様達が撒いたセグシアーを暫く放置して役八時間程置いた。

朝から始めた作業なのに今はすっかり夕日が射し込んでいた。

あれから作業を一度終えた私達はセドリックのご両親のご好意で家で休憩をさせてもらっていた。


「おい、本当にあれで良かったのか?」

「問題ありません」


再び畑へと向かう途中、疑問を投げかけるニコラ様に私は笑顔で答える。


「セグシアーは肥料として早くて八時間程で効果を示す植物ハーブなんです。それにきっと今頃は……」


畑にたどり着いた私達は言葉を失った。

私の考えていたとおり、ふかふかの土の上から緑色の葉を沢山付けた作物之苗木達が空に向かうように上に伸びていた。

数時間前に萎れていた光景と全く違った姿をしていた。


夕日に照らされた苗木の葉を見てニコラ様は思わず呟いた。


「奇跡だ…」

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