第13話 期限付きの仮初の妻
「こんなところで何をしているんだ?」
「別に…兄上には関係ないだろ」
ニコラは不機嫌そうにダレンにふいっと顔を背けた。
こんなところを見られてはきっとダレンもニコラに授業に戻れと説教をして来る筈だ。
ダレンはニコラと違って文武両道で知的。
愛人の子というだけで周囲から好奇の目に晒されている。
さらにニコラの母親は父親がダレンの母親を寵愛しており、足しげにダレンの母親の元に通っていた為、嫉妬でダレン親子に辛く当たっていた。
ニコラはどうでも良かった。
滅多に会わない父親のことなんて。
父親とは月に何度か食事を共にしているが、母親と違い自分には気遣ってくれている。
子供ながらにニコラは父親には嫌われてはいないのだと感じていた。
だけどダレン親子を当たり散らす母を持つニコラはダレンから嫌われていると思っていたのだった。
だから自分から極力距離を取っていた。
これ以上誰かに興味を持って貰えなくなるのは怖かったから……。
「じゃさ、付き合ってくれよ。僕、今剣術の稽古から逃げて来たんだ」
「は?何で俺が?」
「良いだろう。兄弟なんだからさ。それに僕きみと話してみたかったんだ。僕にとって弟だからさ」
(何を考えているんだ?どうせ、嫌味のひとつ言われるに決まってる)
だけどダレンはニコラに他愛ない話をした。
離の屋敷の近くにある木で木登りしたら侍女からこっぴどく叱られたこと。
屋敷に来る前に下町の市場の焼き串の鶏肉が美味しいこと。
ニコラはダレンのことを完璧な人間だと思っていた。
だけど彼は誰よりも親しみがあり、何よりニコラの孤独に気づいてくれた。
「ニコラ、何かあったら僕に言ってよ。必ずきみを助けてやるから」
それは誰にも言って貰えなかった言葉だった。
ニコラが一番欲しかった『愛情』を兄であるダレンはニコラに与えてくれた。
ニコラはダレンを信頼していくのに時間は掛からなかった。
誰も本当の自分を見てくれたかった。
だけど、たった一人の兄だけはニコラとして見てくれた。
それだけでニコラは嬉しかった。
自分は侯爵家の次期当主だが当主は兄こそが相応しい。
誰よりも強く才能に溢れて人の心に寄り添える人間こそが当主の器なのだ。
父はそれを理解している。
だからこそ、現にダレンに自分の建設に携わる仕事の手伝いを任せている。
建設は王宮の命で受けた新しい王立図書館の建設。
この仕事を兄が完遂すれば父は兄に家督を譲るつもりかもしれない。
完成まで三年。
その間、もし自分が結婚同じ身分の侯爵家令嬢、または伯爵令嬢と婚姻をしてしまえばアルジャーノ家の当主はニコラに決まってしまう。
現に母親はニコラにお見合い話を持ちかけていた。
ニコラはそれを避けるためにアルジャーノ家の領地に移り住み、父に領主としての仕事をさせて欲しいと懇願した。
さらに彼は母親を諦めさせる為にわざと没落しかけた男爵令嬢のセシリアを選んだ。
セシリアはニコラの目から見ても健気で、思いやりのある令嬢だった。
使用人がやる仕事を自ら率先して楽しそうにして仕事をする変わった令嬢。
ニコラはセシリアの顔に掛かる髪に触れ、少しだけ払い除ける。
「んっ…」
セシリアが僅かに身じろいした。
だが起きる気配はない。
「悪い…。もう少しだけ付き合ってくれ。時が来たらきみを解放するから…」
それは彼女に対しての懺悔の言葉。
自分の目的の為に彼女を利用している負い目はある。
だけどニコラは目的を果たさなければならなかった…───。
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