第3話 新しい私

「お父様、私がアルジャーノ様に嫁ぎます」


屋敷の広間に家族全員が揃った中で私は決意に満ちた瞳で父にそう告げた。


「セシリア、お前がアルジャーノ家に自ら嫁ぐということか?」


「はい。そうです」


厳しい視線を向ける父に私は緊張しながらも頷く。


ビクトリアス家が父の多額の借金のせいで没落した原因は父が新しく始めた商売が原因だった。

隣国から仕入れた珍しい生地を使って貴族向けに帽子や服を作ったが客からデザインが好まれず、全く売れなかった。

はっきり言ってしまえばダサかった。

センスが無いのに父は若い女性に流行ると思って大量に作ってしまったせいと、ギャンブルにお金を注ぎ込んでしまったのが原因だった。


そんな時に届いたのは一通の手紙だった。


差出人はニコラ·アルジャーノ。

綺麗な顔立ちをしていると言われているが、

性格は氷のように冷たく、女嫌いで気に入らない者に対しては力でねじ伏せる冷酷領主と呼ばれている。

そんな彼がビクトリアス家の娘を妻に迎えたい

娘を差し出すのならビクトリアス家が抱えている借金の肩代わり、多額の結婚資金を渡すと申し出があった。


父はきっとアルジャーノ様の申し出を受けるだろう。

私とシリカのどちらかが選ばれるとしたら、私が選ばれる。

両親はシリカを溺愛しているし、彼女には恋人だっている。

だけど、私には好都合だ。

この屋敷から出られるならば冷酷領主の妻になる方が良いに決まっている。


「そうか。ならば、お前をアルジャーノ様に差し出すとしよう。最後ぐらい役に立ったな」


「お姉様が結婚してしまうのは寂しいですけれど、きっとアルジャーノ様と幸せになれますわ。だって望まれて結婚するんですもの」


「ありがとう……」


心にも思っていないことを言うシリカの言葉を私は流した。


「セシリア。今すぐに荷物をまとめてアルジャーノ家に迎え。お前のために出す馬車はない。歩いて行け。そして二度とこの屋敷には戻ってくるな」


「わかりました」


****


私は父の言葉に従い、広間を出て自分の部屋に戻った。

屋敷で私に宛てがわれた部屋は古びた物置の部屋だった。

ホコリだらけの室内に机とベッドがあるだけの殺風景な部屋。

元は私にも部屋があったのだが義母が屋敷に来てからは私はここに追いやられた。


「さて、始めよう」


私はトランクの中に荷物を詰めていく。

荷造りといっても私が持っている服は今着ている服も合わせて2着しかない。

机の上に置いてある栞を手に取った。

この栞は幼い頃にお母様と一緒に押し花にして栞として作った思い出の品だった。


(お母様……。今度は私は私の思うとおりに生きてみたいと思います)


今まで私は諦めていた。

この屋敷にいるかぎり私の自由はない。

諦めて、自分の気持ちを押し殺し続けた。

だけどもう諦めるのをやめる。

私が私らしく生きるためには自分自身の力で運命を切り開いて行かなければならないから。


大切な押し花をトランクの中にしまい、私は部屋を見渡した。

この屋敷では様々なことがあった。


幼い頃の幸せな記憶。

毎日の辛い日々。


「さようなら……」


小さく呟き、私はトランクを手にして部屋をあとにした。

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