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佐藤シンヂ

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『ライブスタート🎵』


火曜の放課後はこの音声で始まる。

ここは隣町のゲームセンターで、僕がいるのは音楽AC筐体の前。自分で作ったアイドル達が歌って踊る、所謂女児向け音楽ゲームの筐体だ。専用のカードをスキャンすると僕の操作するエディットアイドルが現れる。


「オタク君またやってるぅ♡」

(また来た)


そして今日も蓮田君は絡んでくる。


客数も僅かで同級生に見られる心配もない僕だけの場所は、彼に目をつけられて変わってしまった。


長身に泣き黒子のある整った顔立ち。一見こんな寂しいゲーセンには似つかわしくない彼だが、どうやら僕と同じぼっちらしい。

「孤高のイケメンは鳳蝶が如く流離うのよ」とか意味不明な言い訳をしていた。


肩を竦めて筐体の隣に設置された棚を物色し始めると、「今日はどのフレカよ?」と彼が覗き込んでくる。

フレカとはフレンドカードの略称。他のプレイヤーのQRが刻まれたカードだ。これを読み込ませるとフレカのアイドルと一緒にライブができる。僕はいつも適当に選んでいたが、最近は違った。

棚の隅に『すうちゃんへ!ちぇりこより』と書かれた封筒を見つける。中を開けるとフレカの詰め合わせが入っていた。


「またちぇりこじゃ〜ん好きか?」

「無視する度胸がないだけだ」


宛名のすうちゃんとは僕の使うアイドルの名前。つまりこれはちぇりこという人物から僕へ宛てられたものだ。

この筐体は過去のプレイ映像が流れるのだが、僕がちぇりこのフレカを使用した時のライブを見て、中の人は喜びフレカを送りたくなったらしい。手紙で経緯とお礼が綴られていた。


すうの隣で元気に笑う姿が罪悪感を煽る。今までの手紙からして彼女はおそらく小学生。しかもすうを同性だと思っているからだ。


「そいつに礼はした?」

「……いや」


言われて口篭る。いつもフレカを返すのみで返事はしていない。思えばそんな相手に彼女は律儀に送り続けているのか。蓮田君にも無礼過ぎると咎められてしまった。


「じゃあ、しようかな」

「そうそ……えっ」


予想外の答えだったのか、彼は意外そうな声を上げた。

言い出したのは自分の癖に。



ゲーセンを出た僕は近くの雑貨屋に来ていた。彼女へのお礼と今まで返事をしなかったお詫びも含めて何か贈るためだ。なぜか勝手についてきた蓮田君は「何買う?」と商品を物色する。


「……可愛いやつ?」

「さすが女児ゲやってるだけあって好みも熟知か」

「あれは元々妹のキャラクターだ。僕はカードを貰っただけ」

「じゃもう妹は別の遊びに夢中か」

「違う」

「じゃ何」

「……死んだ。先々月に」


すうとは病死した妹のあだ名だ。

アイドルに憧れた妹は病による外出制限の中、あの筐体で自分のアバターを作り遊んでいた。両親もゲーセンに付き添い、三人でよくやっていたらしい。


「形見かよ重ッ。何で妹ので遊んでんのよ」

「わからない」


それしか言えない。筐体の中の妹をアイドルとして育てているなんて滑稽なことを、なぜ続けているのか。


「じゃ妹にやるつもりで選べよ。そのおかげで友達できたし」

「別に友達じゃない」

「フレカ使ってんだろ」


無視できないだけなのに。それに妹の好みだって知らない。


「……これかな」


選んだのは小鳥のキーホルダーだ。蓮田君は「まあ及第点」と鼻で笑いながら言った。何のジャッジだよ。



18時半頃に帰宅し、無言で扉を開ける。

音に気づいた母が居間のドアから顔を出した。


「おかえり!ご飯できてるよ。手洗っておいで」


笑顔で話す母越しに、居間の机が目に入る。

何かが広げられているようだが、あれは……


(……写真)


見なければよかった。次に目にした時、机には写真の代わりに夕飯が並んでいたが、頭にこびりついて離れない。食卓で笑顔の母と向き合うのも苦しくなり、同時に雑貨屋での蓮田君の声が過った。


『何で妹ので遊んでんのよ』


考えたくない。

打ち消すようにおかずを口に運ぶ僕に、母は嬉しそうに言った。


「それ好きだよね」


ふと思い出す。

そういえば昨日も、いや毎日自分の好物が必ず出てきていた。それはいつからだっただろう?

……母がずっと、家にいるようになってから……。


『おにぃちゃん』


写真と同じ顔が笑いかけてくる。

自分への嫌悪感で吐きそうになった。



そして火曜日、僕はゲーセンにいる。

用意した贈り物には返事の手紙も同封した。あとは棚に入れるだけだと視線を走らせる。

だが先に、『あの子』からの返事が目に入ってしまった。

少し躊躇うがそうもいかない。僕はその隣に封筒を差し込もうとした。


「はいさいモサイ君♡」


ねっとりとした声に囁かれ、驚いて封筒を落とす。案の定煽られたものの、言い返したいのを堪えて今度こそ棚に入れた。

これで終わりだ。そそくさと帰ろうとするが、蓮田君に呼び止められた。


「今日はやんねーの」

「もうやらない。手紙にも書いた」

「は?ブッチかよ最低君か?」

「ああ最低だよ。病気の妹に無関心で何もしなかった癖に、今更後悔してるんだから」


何を急にと面食らう蓮田君に、何でと聞いてきたのは君だろと捲し立てる。

母は喪った傷を抱えつつも僕を見てくれている。俯き続けているのは僕だけだった。妹を中心に回る家族から自分を切り離して、他人事のように見ていた癖に、死んだ今になって身勝手な苦しみに浸っている。


「筐体の中の妹を育てて罪悪感を埋めてたんだ。こんな奴は……何やってんの」


ビリッと背後で何かを破る音がする。

見ると彼が長身を屈めて棚の前でゴソゴソしていた。


「本気かてめぇ」


贈り物に同封していたすうのカードを目の前に突き出される。僕には相応しくないと彼女に託そうとしたものだ。


「座れ」


痺れを切らした様子の蓮田君は、気まずそうに俯く僕の首根っこを掴むと無理やり筐体の椅子に座らせた。

混乱する僕を尻目に彼は隣の筐体に百円を入れる。


そして、自分のポケットから何かを取り出す。

それをスキャンさせると……。


「……ちぇりこちゃん?」


画面に現れたのは『彼女』だった。蓮田君が続けてフレカをスキャンすると、ちぇりこちゃんの隣に同じ衣装を着たすうが出てくる。これも僕があげたものだ。


「よく見てろや」


真剣な表情でボタンを叩く彼の視線の先で、二人の少女が歌っている。

こうして他人のプレイですうを見るのも変な気分だ。


(お揃いだ)


そんな表現が出て来たことに驚いた。今初めて、すうが誰かと一緒にいるという感覚を覚えたのだ。二人は一緒に笑顔で歌い、サイリウムに包まれていく。


「……キラキラしてる」


ふと漏れた言葉に、蓮田君は鼻で笑いドヤ顔を浮かべた。


ライブが終わり、新しいフレカ付きのカードが発行される。蓮田君はフレカを切り離し、すうのカードと一緒に僕に押し付けた。


「てめぇが最低でもすうちゃんは光るモンもってんぞ」

「……『すう』は妹のものだから」

「輝かせたのはてめぇだろうが」

「何その表現……」

「いいから責任取れ」


妹から貰ったんだろうが。


新しいフレカとすうのカードを見つめる。

……彼には沢山聞きたいことがある。何で今まであんな手の込んだ事をしていたのか、何のつもりで絡んできたのかと疑問は尽きないが……けどまずは。


「……そこまで続けさせたいの?」

「やめるにゃ勿体ねぇからな。べっ別にぼっち君の仲間になってあげるとかじゃないから!勘違いしないでよね!」

「何そのキャラ付け」


仲間が欲しいのは寧ろ君じゃないのか。まさかその為だけにあんな手の込んだ事を?

……いやもう、後でゆっくり考えよう。筐体に向き合い小銭を入れる。


『ライブスタート🎵』


終わる筈だった火曜の放課後が始まった。



「よく見るとこのキーホルダー可愛くねぇな」

「じゃあ返してよ」

「やだ」

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リズムに合わせてボタンを押してね♪ 佐藤シンヂ @b1akehe11

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