深夜零時の作家の端くれたちへ

我破 レンジ

妻と子が寝静まった後に……

 あぁ、なんと至福の瞬間なことよ。


 私はしがないサラリーマン。そして妻帯者であり一児のパパでもある。


 この文章を打っているのは深夜零時。妻も子どもも寝静まった後だ。


 二人にはピンとこないだろうが、男には一人きりになる時間が必要なのだ。それがこの時間ということだ。


 この至高の孤独の中で、男は何をするべきか? 高級缶詰をつまみに酒を飲むべきか? 妻に見られたらドン引きされそうなムフフな動画を見るべきか?


 私にとっての正解はどれでもない。


 小説を書くことだ。


 小説はいい。文字を打つだけで世界を作り出せる。魔法使いにドラゴンが生きるファンタジー世界でも、巨大ロボが宇宙を飛び交うSF世界でも、たいていの人間が味わったことのない甘酸っぱい恋愛が楽しめるラブコメ世界でも、どんな世界でも生み出し放題だ。


 特にここ最近、仕事が多忙だったり熱を出した子どもを看病したりと、まるで執筆に費やす時間がなかった。現実が嫌いなわけではないが、自分の手で作り出した自分一人の世界に浸ることこそ、私にとって最大の癒しなのだ。


 というわけで、妻と子の寝顔を横目に私はパソコンに向き合っている。今度の新作は大作ファンタジーだ。とある長寿のエルフの物語。かつてともに魔王と戦った仲間たちの軌跡をたどるエルフの主人公は、やがて魔王復活の兆候に気づき、今度はたった一人で戦いを挑むことになる……。


 露骨に人気アニメの影響が表れているが、それがどうだというのだ。好きなものはジャンジャン取り入れて新鮮さを売っていくのがエンターテイメントというものだ。


 さぁ、このエルフにどんな冒険をさせようか?


 私の手は私の意思を離れ、神の手となって物語を紡いでいく。私はサラリーマンでもパパでもなく、ただの作家の端くれとして物語を紡いでいく。


 時刻は深夜零時。いい大人の、大人を離れた冒険が今、始まる――。


(終)

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