#11

 一体いつまで泣いていたのだろう。


 体液の全てが枯れ、まるで操り人形の糸が切れたように倒れ込んだ僕は、栞であった砂粒ひとつひとつを撫でるように掌で転がすと、気が触れたみたいに日の暮れた薄暗い室内を眺める。


『……砂煙病にて発生した砂埃を深く吸い込む事で肺を冒し、体内に蓄積された砂が内臓と神経の末端から砂化させる『侵食』を行う……』


 こんなタイミングで鼓膜に蘇ったアナウンサーの声は、僕を唆すように何度も脳内で反芻した。


 ──彼女の居ない世界で生きる意味なんて……。


 仄暗い感情に染まった僕は目の前の砂を口に掻き込んで頬張ると、何とか脳の端っこに残っていた理性と感覚が拒絶反応を起こして盛大に嘔吐く。


 これは本望だ。彼女の全てに染まってるのなら、こんなに嬉しいことは無いだろ──?

 彼女を喰らう僕は抵抗する体を揺さぶって飲み込むと、その反動に打たれた机のサボテンが鉢ごと落下して砕ける。


『サボテンって、雫みたいで可愛いよね』


 息も詰まるほど飲み下した砂が腹を満たし、僕は砂の煙に蝕まれた視界でサボテンに手を伸ばす。いつもなら軽く触れるだけで鋭く痛む指先に、棘を思い切り深く咥えさせても、僕の指はうんともすんとも反応しない。


『なんかさー、こう……人を寄せ付けないトゲトゲした空気感とか、内側に溢れるほどの愛情を持ち合わせてる感じとか』


 栞の言葉を借りるなら、人を寄せ付けない空気感は既に淘汰されたらしい。内側に溢れるほどの愛情も、きっともうすぐ彼女と同じく砂に溶けるだろう──。


 まともにやって来ない明日を望まない僕は、永遠に醒めない夜の中で迎えに来てくれるであろう彼女を待って、満足げに瞳を閉じた。


 朝日は昇る。

 誰もいなくなったアパートの一室には似つかわしくない砂溜まりと、生活感が残る家具や小物が並ぶ。


 砂に埋もれるようにひっそりと顔を覗かせて陽光を見上げるサボテンは、今日も愛情が入り混じった砂を喰んで生きていく。


 ─fin─

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

砂煙を啄む 山田 @nanasiyamada

作家にギフトを贈る

カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?

ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ