前世ルーレットの罠

豆ははこ

前世ルーレットに罠。

「こんにちは。前世ルーレットです。前世を知り、来世を選んでみませんか?」


「こんにちは」

 主夫は、挨拶をした。


 少し遠いスーパーの特売日。

 買い物前に我が家のケチャップの在庫数の確認をと、食材棚を開くと。


 棚の中には、ルーレット。


「冷静ですね。カメラを探す、とかはなさらないのですか?」

 ルーレットは、なかなかのイケボ。


「確かに、ルーレットが話すと言うのは珍しいことですが、毎日が夢みたいだから、気になりません」


「夢みたい、とは」

 本来なら、前世ルーレットは言葉巧みにルーレットを回してもらう立場である。

 前世ルーレットの役目は、ルーレットを回した善良な主夫に、素敵な前世を体験させ、夢の世界へと誘うこと。

 そのまま、醒めない夢の世界から天上に。    

 しぜんに来世を迎えてしまうのだ。


 そう、前世ルーレットの罠。

 善良な魂を簡単に入手できる夢の死神道具として、死神界の一部では評判の品である。


 それなのに、前世ルーレットは主夫の話を聞きたくなってしまったのだ。


「聞いてもらえますか」

「お願いします」


 主夫は、語る。

 勉強や運動や仕事はうまくないタイプらしい。料理や掃除は大好きなのだそうだ。


「妻は、高校の先輩でした。スポーツも、勉強も、外見も素敵で、明るくて優しくて。文化祭で、僕が一人で焼きそばを焼いていたら、大盛りを注文してくれました。焼きそばと、のせた目玉焼きと、僕を褒めてくれて。売り子をしてくれました。大盛況でした」

「ほうほう」


「生徒会の人とか、サッカー部のエースとか、たくさんの人に誘われてたんです。なのに、ぼっちだった僕の教室まで来てくれて。後夜祭でフォークダンスを踊って下さい、って、きれいにおじぎをして、申し込んでくれました」

「王子様みたいですね」 

 前世ルーレットは、首肯がわりにルーレットを回す。


 主夫は、笑顔。

「はい、僕の王子様です! 卒業式に第二ボタンと、待っててね、って言葉をくれて。それから、一流大学に入って、すごい企業への就職が決まったとき、プロポーズをしてくれました。僕、幸せものなんです!」


「じゃあ、前世ルーレットを試したく……ないですね」

 きくだけやぼだ、と、前世ルーレットも思っていた。


「前世の僕が苦労してくれたから、現世で幸せなのかも知れませんね。だからこそ、来世が今みたいに幸せならいいなあ、と日々努力していきたいです」


「……では。ケチャップは奥様が得意先近くのスーパーで購入してくれました。遠くのスーパーよりも30円安くて、税込価格。お一人様二本まで。ちゃんと、いつものケチャップです」

「いつもの! ありがとうございます、あなたは素敵なルーレットさんですね!」

「ありがとうございます」


 主夫は、職場に戻るという前世ルーレットを食材棚から丁寧に取り出し、きれいに清拭せいしきをして、玄関まで送ってくれた。


「おじゃまいたしました。奥様とお幸せに」 

「ありがとうございます。ルーレットさんも、よいお仕事をして下さいね」



 爽快感を得て、主夫の家から死神のところに戻った前世ルーレットは、退職を願い出た。

 同時に、有給休暇の申請も。


「え。前世ルーレット! いったいどうした!」

「天使様のための通販サイト、ナンバー11、善世ぜんせルーレットに転職希望を提出し、受理されました。死神様、今までありがとうございました」



「これで、五件目か……」

 某死神株式会社では、、前世ルーレットが退職と有給休暇の消化を申し出てきた。


 死神道具は、意識を持つ品々。

 きちんとした事由と書式を揃えられてしまえば、退職を受け入れざるを得ない。


「前世ルーレットがまた、罠に……」

 備品担当部門の責任者は、頭を抱えた。



「こちら、死神様専用通販サイトでございます。前世ルーレットが善良な人間の罠に。それは、使用方法を誤っておられます。購入前の同意説明に、前世ルーレットの罠にかかるのは、悪人のみです、とございますが。え、字が小さくて老眼対応になってない? それは……」


 死神専用通販サイトのコールセンターは、大忙し。


 同じ建物の別の部署では、 いかにもできるな、という雰囲気の人物が電話を受けていた。


「いつもありがとうございます。善良な魂様を、はい、我々、使といたしましては、それはもう……はい、ありがとうございます」


「課長、天使様からの大量発注ですか?」 

 電話を終えた課長に、部下が尋ねる。


「ああ、死神様も、一流企業は天使様や悪魔様とうまくやっているが、簡単に善良な魂を得られると考えるような企業は……なあ」


「そろそろ我が社も通販部門は縮小ですか」

稟議りんぎを回すか。天使様専用、善人ルーレットのモニター役は十分に果たしてもらったしな」


「そうですね、前世ルーレット罠。ちゃんと引っかかっていますね」

「だな。前世ルーレットのはずが、だ。善人に、きちんと生をまっとうしてもらうための、天使様から評判の品」

「ですね」


 課長と部下は、高笑い。

 今期も、会社の業績は上々のよう。

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