最終話

 5月28日。月並みな言い方をすると、今日は私にとって運命の日。


この1ヶ月間、様々なことを考えたし、様々なことを実践した。今生きている人生を変えるか、人生そのものを変えるか。こんな決断を1ヶ月でしろと言われて正気を保てる人間なんていないって、何度も思った。


今日はこの1ヶ月間でお世話になった人たちと遊園地に行く。少し無理を言って来てもらった人たちもいるが、今回だけはどうしても全員を集めたかった。




 午前10時、全員が遊園地前に集合した。


幼馴染の駿、ユリカ、たっちゃんの三人と、元詐欺グループの不良五人。


累ちゃんと禅太は二人で話し込んでいた。


合計11人というなかなか大きなグループだ。


「よし、全員集まった!」私は全員の顔を見回しながら言った。


「何人か初めましての人がいるんだけど・・」ユリカが少し気まずそうに呟く。私は「じゃあ、まずみんな自己紹介しよっか」と提案し、しばらくみんなで談笑した。


「なんでこのメンバーで遊園地に来たのか最後に話すから、とにかく今日はみんなで楽しみたい!」私が元気よく言うと、元詐欺師5人組が声を上げた。「よっしゃ!!」


ただ単純に楽しむとなれば、この5人はすごく頼りになる。


私達はまず、遊園地の中で最も目を引く、巨大なジェットコースターに向かった。乗る前からアトラクションの大きさに圧倒され、誰もが少し緊張している様子だ。特に駿は「高いところ苦手なんだよなぁ・・」とぼやいていたが、ユリカに「男がそんなこと言ってどうすんのよ」と笑われてしまい、渋々列に並んだ。「意外とこういうのって女性の方が平気だったりするけどな・・」不良5人組の裕誠が言った。


「これ、すごいね・・!」と累ちゃんが目を輝かせながら言う。彼女は私と禅太しか知り合いがおらず緊張しているかと思ったが、自然体で楽しんでいるように見えた。


「楽しみだね」と私も言いながらふと横と見ると、禅太も興味津々で並んでいる。


「こういうのは初めてなんじゃが・・」少し不安そうに禅太が呟くと、たっちゃんは「意外と乗ってみればいけるもんだよ!」と励ましていた。やはり心優しい人である。


「小さい頃はいろいろ乗ってたけど、こんなに大きいのは初めてかも」ユリカはいつもと同じテンションで言った。あまり怖がっていないようだ。


不良5人も、並んでいる間ずっと賑やかに話している。「悪いことなんてしなくても、こうやって楽しいことって山程あったんだな」と隼人が言うと、他の四人は噛みしめるように頷いていた。


道を踏み外した人間も、友達がいればまた正しい道を歩める。人生に手遅れなことなんてないのかもしれない。


順番が来ると、全員で一斉に乗り込んだ。安全バーがしっかりと体に固定され、緊張感がさらに高まる。私の左に座る駿は「やっぱやばい・・」と青ざめていたが、駿の左に座っている禅太に「しっかりするんじゃ」と肩を叩かれていた。


カウントダウンが始まり、いよいよ進み始めた。ジェットコースターはゆっくりと上昇を始める。上に向かうにつれて、周囲の景色がどんどん晴れやかに広がっていく。遠くに広がる遊園地全体の風景を眺めていると、風が気持ちよく肌に触れるが、同時に恐怖もじわじわと押し寄せてきた。


「高っ!!!」ユリカが叫ぶ。私も思わず身を乗り出しそうになりながら、ぐっと手すりを握りしめた。


頂上に達すると、ジェットコースターは一瞬静止し、まるで時間が止まったように感じた。全員が息を呑んだその瞬間──急降下!


「うわあああああ!!」駿の情けない叫び声が響き渡る。私も思わず声を上げ、周りのメンバーも全員大騒ぎだった。風が顔に強烈に当たり、心臓が跳ね上がるような感覚が体中を駆け巡る。ジェットコースターは急カーブやループを次々に駆け抜け、何度も上下に振り回されながら、笑い声と叫び声が入り交じる。


「こ、これすごい!やばい!!」と累ちゃんが叫び、禅太も童心を思い出したかのように「もっと速く走れ!」と嬉しそうに叫んでいる。


数分間のスリルと興奮を経て、ジェットコースターはやっとのことで速度を落とし、最後には静かに停車した。


「やっと終わった・・」と息を切らしながら私が言うと、たっちゃんが「もう一回乗りたい!」と元気に答えた。


「勘弁してくれ・・」駿はフラフラしながら降りて、地面に倒れ込む。「二度と乗らねえ・・」


「楽しかった~。最高じゃん」ユリカが爽快そうに髪をかきあげる。「駿、ダメダメじゃん」と笑いながら言うと、駿は「うるさい・・」と返事するのがやっとだった。




次に向かったのは、お化け屋敷だった。たっちゃんが「絶対これ!」と目を輝かせて選んだのだが、正直言って私は気が進まなかった。お化け屋敷はあまり得意ではないのだ。しかし、不良5人とたっちゃんの勢いに飲まれ、なんとか気持ちを整えて入口に並んだ。


「お化け屋敷かぁ、俺苦手なんだよなぁ・・」駿が私の隣でぼそっと呟く。彼もどうやら私と同じらしい。ユリカは余裕の表情で「あんた全部だめじゃん」とクールに構えているし、不良5人もまるで怖がる気配がない。裕誠が「写真見た感じ結構リアルな感じなんだよな、楽しみ」と軽く笑い、他の四人も「どうせ大したことないだろ」なんて言いながら肩をすくめている。


「よし、入ろう!」とたっちゃんが元気に叫び、私達はグループを2つに分けてお化け屋敷に入ることになった。私、駿、ユリカ、たっちゃん、禅太、累ちゃんは一緒のチームで、残りの不良5人は別チーム。どうやら彼らはもっと怖いルートを選ぶことにしたらしい。


中に入ると、最初は薄暗く静かな雰囲気が広がっていた。壁に飾られた古びた絵や、床を這う霧の演出が不気味さを醸し出している。たっちゃんが先頭で歩き、私はその後ろをついていく。駿は私の隣で「心臓飛び出そう・・」と呟きながら、緊張した表情をしている。


突然、足元から冷たい風が吹き上がってきた。「うわっ!」と私は驚いて飛び上がり、たっちゃんが「怖がり過ぎだよ」と振り返って笑う。その瞬間、横の壁から人形が飛び出してきた。


「うわああああああああ!!」駿が叫び声を上げて後ろに飛び退く。私はつい笑ってしまったが、次の瞬間には私も叫んでしまった。今度は天井から血まみれの手が降りてきたのだ。


「これやばっ・・」ユリカが冷静に言いながらも、少しだけ顔をしかめている。たっちゃんは「全然いけるよ!」と笑いながら進んでいるが、その背中に隠れた私達は完全にビビりモードであった。


「禅太、大丈夫?」と私は後ろを振り返る。すると、禅太は目を輝かせて「面白い!もっと驚かせてくれんのか?」と楽しそうにしている。さすが、妖である彼には人間のお化け屋敷など怖くないらしい。


「舞ちゃん、手握ってくれない・・?」累ちゃんが涙目になりながら言った。やけに静かだと思ったら、本気で怖かったらしい。「もちろん」と言って私は手を握った。


進んでいくと、次々と不気味な演出が現れた。廃墟のような部屋の中には、壊れた鏡が並び、その中には自分たちの姿が映り込みながらも、よく見ると背後に影が動いている。影がこちらに近づいてきて、突然鏡から手が飛び出してきた!


「ぎゃああああ!!」今度は私が本気で驚いてしまった。駿も「もうやめてくれ・・」と怯え、私達はついに後退りしそうになった。


「もう少しで終わりだから、頑張ろ」ユリカが声をかけ、たっちゃんも「あとちょっとの辛抱だよ」と振り返るが、その瞬間、背後からひんやりとした手がたっちゃんの肩に触れた。


「ひゃあああああああ!!」たっちゃんが悲鳴を上げ、私達はみんなで大笑いした。普段、あまり怖がらないたっちゃんが驚いている姿が新鮮だったのだ。


結局、私達はお化け屋敷を無事にクリアしたものの、みんなで大騒ぎしながら出口を駆け抜けるようにして出てきた。


すると、既に不良5人はクリアしていたようで、私たちを待っていた。


「本気で死ぬかと思った・・」裕誠が絶望した顔で言う。


あれ?思っていたリアクションと違う。


もっと平気そうに私たちを待っているのかと思ったら・・


「そんなに怖かったの?」ユリカが聞くと、5人は声を揃えて「ありえん」と首を横に振った。


正直、この5人がこれほどまでに怖がるお化け屋敷を体験したいと思ったが、それこそありえないので私は思いとどまった。




その後は観覧車に乗り、ご飯を食べ、写真を撮り、謳歌できなかった青春を取り戻すかのように私達は全力で楽しんだ。


やがて影も伸び、日が暮れ始めたとことで私は立ち止まる。ちょうど、噴水の前だ。


「今日、みんなと一緒に来た理由なんだけど・・」と私が口火を切ると、みんなは何かを感じ取ったように唾を飲んで頷いた。


「実はね、私、人生をやめようと思ってるんだ」


禅太以外の全員が信じられないといった表情を浮かべる。


「待って!そんなこと言ってなかったじゃん!」ユリカが思わず大きな声で言った。


「うん、ずっと隠してた」と私は静かに返す。


「この1ヶ月間、私がみんなを積極的に遊びに誘ったり、旅行に行ったりしてたのは、人生最後の1ヶ月を全力で楽しもうと思ったからなの」


「待ってくれ!」駿が叫ぶが、私は話し続けた。


「先月の28日に、禅太に出会ったの。退屈な人生に失望してた私に、『人生をやり直したいか?』って聞いてきた。みんなには内緒にしてたんだけど、彼は人間じゃなくて妖で、私が望めば別の人間として人生をもう一度やり直すことができる、っていう力があるらしいの」


「舞、それ本気で信じてるの・・?」ユリカが呟いた。


「もちろん信じてなかったよ。でも、一緒にいる時間が長ければ長いほど、そんな力を持っててもおかしくないと思い始めたんだ。特に不良の5人なんて、目の当たりにしたでしょ?禅太の力」


すると、「確かに、この小さな体からは想像もできない強さだったな・・落ち着きや知性も、この年頃の少年とは思えない」と裕誠が言った。


「まぁ、完全に信じてるわけじゃないよ。でも、私が人生を変えるきっかけとしては十分すぎる話だったの。禅太は1ヶ月間、私に決断の猶予をくれた。それまでに人生をやり直すか、この人生を続けるかを決めろって。それで、その決断の日が今日なんだ」


「それで・・舞ちゃんは結局、どっちを選ぶの?」累ちゃんが不安そうに尋ねる。


私は深く息を吸った。


「私、この1ヶ月間に全てを懸けようと思ってたから、実はとんでもないくらい借金をしちゃったんだ。仕事もやめて、この人生を続けても正直どうしようもないの」


その時、禅太が「待ってくれ!」と私の話を遮った。


一体何を言い出すのかと思ったが、とりあえず彼の話に耳を傾けた。


「実は、我に『人生をやり直させる』なんて力はない。最初から、舞に嘘をついていたんじゃ」


私は「何言ってるの・・?」とただただ困惑した。


「1ヶ月間ずっと騙していた。本当に申し訳ない。初めて舞を見かけた瞬間、我の『忘れ物』を持っているように見えたんじゃ・・だから、自分勝手に・・」禅太の言葉に、みんなは絶句していた。


「大丈夫だよ」私は土下座する禅太の顔を上げた。


「私の話には、続きがあるの」




「人生、大変なことばかりだし、何度も挫けそうになった。何をやっても報われないことだってあるし、努力が全て無駄になったように感じる瞬間も、何度も経験した。自分がどれだけ必死になっても、誰にも見てもらえなかったり、気持ちを踏みにじられたり、傷つけられることもあった。罵声を浴びせられることも、何度だってあった。こんな世界、もうどうでもいいって思ったことも、数え切れないくらいあったよ。でも、この1ヶ月で私は気づいたんだ。私がどれだけ頑張っても無駄だと思っていたことも、実は無駄じゃなかったって。誰にも見てもらえないと思っていた私の努力が、実は誰かの目に届いていたんだって。気づいたら、私だってそうして誰かの力になっていたんだってことに、やっと気がつけた。私一人で抱えていると思っていた重荷だって、実は一人のものじゃなかった。


確かに、人生は簡単じゃない。楽しいことよりも、辛いことの方がずっと多い。でも、その中でも、誰かが私のために頑張ってくれていた瞬間があって、私もまた、その誰かに応えようとしていた。どれだけ小さなことでも、その頑張りが無駄になることはないんだってことを、この1ヶ月で知ったんだ。


だから、私はもう一度、生きることを選ぶよ。これまでずっと逃げてきた自分から、そして、自分自身の弱さから逃げないことを決めた。苦しくても、辛くても、私はもう一度、この人生を歩んでいく。自分のために、そして、誰かのために生きることが、きっと私にしかできない役割なんだと思うから。


私はみんなと一緒に、幸せになりたい。ただそれだけでいい。


それができるなら、どれだけ大変な道のりでも構わないよ」


みんな、涙を流しながら私の話を聞いており、私も思わず泣いてしまった。


「舞がその決断をしてくれて、本当に嬉しいよ」禅太は声を震わせながら言った。


「禅太・・?」彼の姿がだんだんと薄くなっていった。


「舞と過ごした1ヶ月間、本当に幸せだった。数百年生きても得られないものを、たくさんもらった。本当にありがとう」禅太が言った。


「待って、禅太、体が・・」私が言うと、禅太は「言ったじゃろ、人間だった頃に何か思い残すことがある者が妖になると。そして、その『忘れ物』を見つけることで、成仏できるのだと。我は、きっと幸せになりたかったんじゃ。大切な人と」涙を流しながら必死に言葉を紡ぐ禅太を見て、心が震えた。


「居なくならないでよ、禅太!!!」私は叫んだ。


「出会ってくれてありがとう。ずっと成仏せずに生き続けるってのも妖としては良くないことだからね・・僕もそろそろ、旅立たないと」禅太の口調がだんだんと若くなっていく。


「舞の友達のみんなも、不良の5人も、本当にありがとう。みんなと一緒に居る時間は夢のようだった。またいつか、天国で会いたい。決して『忘れ物』をせずに人生を終えてね!!」


禅太はもう殆ど消えかかりながら、私達に大きく手を振り続けた。


「大好きだよ!禅太!私、ずっとこれからも禅太のこと忘れないから!!!天国に行っても私達のこと忘れないでね!!!!」


私は涙でボロボロになりながら手を振った。


「僕も大好きだ!絶対に幸せになってくれ、最後の約束だ!!」


すると、完全に禅太の姿はなくなった。


この場に居る全員はしばらく泣き続けた。




ユリカが「悲しいことばかりじゃないでしょ?」と言うと、みんなは涙を拭きながら頷いた。


「舞ちゃん、また一緒に仕事しようよ。私、舞ちゃんが会社辞めてから仕事楽しくないし・・」と累ちゃんが本音をこぼした。


「うん、今度また相談してみる」と私は返した。




 禅太と私は、これから別の旅を始める。


ただ、一緒に過ごした時間は永遠の宝物だし、きっとお互いに、お互いのことを忘れない。


どれだけ離れていても、心のどこかで繋がっている。


私は静かに目を閉じた。禅太との思い出が、すべて昨日のことのように鮮明に浮かんでくる。彼の無関心そうな表情、無邪気な仕草、そして数百年生きた者とは思えないほど純粋でまっすぐな私への言葉。


そんな彼が、私に教えてくれた大切なこと──『誰かと繋がって生きることの尊さ』。それは、この1ヶ月で私が学んだ、何にも代えがたい教訓だった。


人生は続いていく。辛いことや悲しい別れは、これからもたくさんあるだろう。それでも、私は前を向いて生きていく。友達がいて、私を支えてくれる人がいる限り、どんな困難でも乗り越えられるはずだ。


「禅太、ありがとう。あなたが私に教えてくれたもの、絶対忘れないよ」と、私は心の中でそっと語りかけた。彼がもうこの世にいなくても、彼との時間は確かに私の中で生き続ける。そして、私が生きる限り、いや、死んでも尚、その絆は途絶えない。


「行こう、みんな」私はゆっくりと立ち上がり、みんなの方を振り返った。彼らもまた、別れを乗り越えて、新しい一歩を踏み出そうとしている。


空には、まるで禅太が見守っているかのように優しい光が差し込んでいた。それは、彼が私達に送ってくれている最後の贈り物のようだった。




そう、これは終わりじゃない。禅太が旅立っても、私たちの物語はまだ続いていく。


そして私は、力強く歩き出す。新しい未来へ向けて、もう一度、仲間たちと共に。

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どうせ失う人生だけど、どうせ失う人生だから。 葉泪秋 @hanamida

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