天井裏の黄泉の国

船越麻央

二年後の流れ星

 天井裏でゴトゴト音がした。

 こんな時間になんだ? 

 夜中の3時だぞ。ネズミかな。

 いや待てよ、話し声も聞こえる。

 古い安アパートだから無理ないか。

 それにしてもうるさいなあ。


 その日はそのまま寝てしまった。


 次の日の深夜、またゴトゴト音がした。

 話し声も聞こえる。

 同じ時間、同じ場所からだ。

 天井裏に誰かいるのか。


 僕は寝床から出て部屋の明かりをつけた。

 耳を澄まして天井を見上げる。

 やはり誰かいる。


 僕は天井裏を覗いて見ることにした。

 少し怖かったが、好奇心がまさった。


 ヨイショと。

 どうにかこうにか天井裏を覗いている。

 こんな夜中に僕は一体何をやっているんだろう。


 懐中電灯で音のする辺りを照らす。


 何もない……ではない。

 そこは空間が渦を巻いていた。

 ポッカリとあいた黒い穴の周りに

 さながら積乱雲のごとく光が舞っている。


 アワワ……吸い込まれる!

 僕は黒い穴に落ち込むように吸い寄せられた。


 ここはどこだ。僕はどうなったのか。

 ブラックホールに引き込まれたのか。

 死んでしまったのか。


 僕はゆっくりと起き上がってあたりを見まわした。

 やけに明るいではないか。

 雲一つない青空。

 太陽の光がさんさんと降り注いでいる。

 目の前に広がる草原。


 まさか……まさか……ここは天国? 黄泉の国?

 やはり僕は死んだのか。


「お兄ちゃん、遊ぼ!」


 突然背後から声をかけられた。

 振り返ると小さな男の子がニコニコしながら立っている。

 小学校低学年ぐらいか。

 面識はない。


「お兄ちゃん、遊ぼ!」


 男の子はもう一度言うと、僕の手を取って駆け出す。


 僕は男の子に手を引かれて一緒に駆け出した。


 それからのことはよく覚えていない。ただ、とにかく楽しかった。


 広い草原を男の子と駆け回り、転がり、追いかけっこをした。

 無心になって思い切り遊んだ。

 いつの間にか夜になっていた。

 僕は男の子と星空を見上げる。

 星が流れた。

 流れ星だ!

 ここでも見られるとは……。


 やがて「お兄ちゃん、そろそろ帰ったほうがいいよ」


 男の子は僕の背中を押してニッコリと笑った。


 「お兄ちゃん、また遊ぼうね」


 ここで目が覚めた。

 朝になっていた。


 夢だったのか? 

 確か天井裏を覗いていて黒い穴に引き込まれたんだっけ。

 そこで小さな男の子と遊んでいた記憶がある。


 僕は改めて天井裏を覗いてみた。

 今度は何もなかった。

 やはり夢だったようだ。


 そしてまた夜が来た。

 昨日と同時刻、同じ場所で音がした。

 僕は寝床から出て……前回と同じ事を繰り返した。


 「お兄ちゃん、遊ぼ!」


 何もかも一緒だった。

 小さな男の子に声をかけられて、

 楽しく遊んで。

 二人で星空を見上げて。

 流れ星を見て。


 まるで本当の天国にいるような快適さだった。

 

「お兄ちゃん、また遊ぼうね」


 このセリフも同じ。

 男の子は名残惜しそうだった。


 そして寝床の上で目を覚ます。

 二日続けて同じ夢を見たようだ。

 こんな事初めてだったけど。

 それにしても楽しかったなあ。


 それからは天井裏から音も話し声も聞こえなくなった。

 僕も色々と多忙だったし。


 天国のような風景も、

 一緒に遊んだ男の子の事も、

 一緒に見た流れ星のことも、

 すっかり忘れてしまった。


 しかし……僕は甘かった。


 その夜、人の気配を感じて僕は目を覚ました。

 目を凝らすと……あの男の子がいた。

 

「……お兄ちゃん……何で来てくれなかったの? 待ってたのに」


 僕は金縛りになって、動けない。


「ゴ、ゴメン!」


 僕はどうにか声を絞り出した。


 男の子は何も言わずに消えて行った……。


 その後、諸般の事情により僕は転居した。

 不思議な体験をした古アパートとお別れしたんだ。



 それから二年後のある夜。

 僕は星空を見上げていた。

 流れ星が見えた。


 忘れていた記憶が鮮やかに蘇った。

 天井裏を覗いて。

 天国だか黄泉の国での奇妙な体験。

 男の子と見た流れ星。

 楽しかった思い出。

 そうか二年も経ったのか。


 その時声がした。


「お兄ちゃん、遊ぼ!」




 

 


 

 

 

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天井裏の黄泉の国 船越麻央 @funakoshimao

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