エピローグ……?

 待ち合わせ相手は相変わらず絵になる佇まいで噴水を眺めていた。浮世離れした雰囲気の彼女であればそういう瞬間もあるだろうと、様子を窺わずすぐに声を掛けた。

 カナージェさんでなければどうだっただろう?

 今の僕は浮かれ過ぎている。普段であれば気を遣っているフリを演じ、覗き込むように首を屈めて近付くところ、迷わず一直線に駆けてしまった。

 早くから僕の登場に気付いていた彼女は、相変わらずの無表情ながら、それでいて近寄り難さを解いて僕を迎えてくれた。

「早かったね」

「はい。カナージェさんのアドバイス通りでした。リビゼ先生にありのままを伝えると、そこから長官への報告まで円滑でした。やっぱり、僕自身がいまいち分かっていない部分もリビゼ先生と長官は知っていたようなので」

「それはそうだろう。何せリビゼ先生は私のライフトラベルに同行した経験があるからね。それに、私は君の上司とも既知の仲だから」

「アハハ、それもこれも、先に教えてくださいよ……」

 この街で育ち、シキタリに従わらざるを得ない立場の僕と、強い責任感を持ちつつも自由なやり方で生計を立てている彼女の違いか。

 魔法死遺体の処理を終えて以降だけではなく、基本的にカナージェさんは十分な説明をしない。

 見れば分かる主義なのだろう。僕からしたらいい加減を通り越して珍しく思う。僕の周りは彼女が断る報連相を絶対としている人々で構成されているから。

 それもまた新鮮で、彼女がフリーランスである以上は指摘する筋合いでもなく、そういう女性なんだなぁと朧気ながらも許せてしまう。

 率直に、彼女のペースは僕にとって好ましい。

「私に関して何か言っていた?」

「今回の依頼は完了しました。明日には報酬を払うので、本部に来るか、宿泊先を教えてほしいと。あと、これもカナージェさんの言った通り、これから忙しくなりそうだからまた助力を願いたいそうです」

「だろうね。うん、そっちは予定調和で何より」

「そっち、ですか?」

 僕のクエスチョンを置き去りにしてカナージェさんは歩き出す。

 知らない街だろうに、まるで生涯永久カットのない主演女優みたく堂々の足取りでウォーキングコースへ進んだ。

 カナージェさんは「教えてあげるから、とにかく店に入ろう。パフェパフェパフェ」と言って両手の手袋を外し、外套のポケットに仕舞った。

 僕は既に今日の務めにピリオドを打ったつもりでいたけど、カナージェさんとしては今ようやく安息を得たのだろう。


「とにかくパフェが半端な作りじゃなくて料理が美味しいこと。できれば静かな方が良いけど、うるさくても別にいい」

 カナージェさんよりいただいたオーダーに合致する店へ。

 進んでスイーツにありつく習慣がないためお眼鏡にかなう自信はなく、そうなると自然と自分が気に入っている静かめの店に限定されていく。

 スノーレイ国立公園第一より徒歩五分。二十席もない上、窓から見える内観が『都会の洒落たレストラン』の理想そのものなため、僕も先輩の案内がなければ挑まず終いの高い壁だったと思う。

 癖になっているし、それを訝しむ視線も今まで感じてこなかったため構わず実行していたことだけど、警察官が制服のポケットに手を突っ込んで街を歩くのはよろしくないと、エスコート相手を後ろに連れることでようやく罪を覚える。

 カナージェさんが僕の態度を誅することはなさそうだけど、まずいと気付き両手を出すも癖は治らず、道中忙しなく出し入れを繰り返してしまった。

 これが、事ここに至って緊張を感じているサインなのだと思われるのは少し嫌だ。店で教えると言ったきりカナージェさんは無言を貫く状態に移行しているため、独り気まずさに苛まれていた。

 公園から近いのは最後の幸運だった。扉の傍に立て掛けられた『ゴスター』と読む看板、ハンドルにベルを結んだ扉が見えてくると、縋るように早足になる。

「着きましたよ、ゴスター。ここなら間違いありません」

 内観を覗く限り、敷居が高いという見立ては流行の履き違えらしく、店内は仕事帰りと思われる大人の男女で溢れている。

 テーブル席が一つ空いているのが見えた。おすすめが空振りに終わる、なんて格好悪いオチは免れたけど、同時にすれ違う人々全てがあの席を狙っているように思えてきて、看板を見つめるカナージェさんを遮って疾く扉を開いた。

 エプロン姿の女性の「いらっしゃいませー!」という声が店内から聞こえる。いつもは軽い会釈で返すところ、今は先約がいる。

「どうぞ、存分にお寛ぎください」

 店の人間みたく、あるいは召使いのように彼女を誘う。その言動は自然に零れたもので、『私』や『僕』など意識もしていなかった。

 緊張などしていない。そんなことをしては勿体ないと、この時間を冷静に分析できてしまっている。

「そうだね。君は本来そういう男子なのだろう」

 カナージェさんは、弟子が鬱屈から脱却する瞬間に立ち会うように心底納得した表情を浮かべた。

 それでようやく自分の行動に恥を感じるも、悔いるまではないのだと胸を張れた。


 空席とは予約済みという意味だったのではないか、という最後の不安を一抹に、イメージ通りそのテーブル席に案内される。

 向き合い座る。お互い空腹ながらも一旦落ち着きたくて、僕はホットコーヒーを、カナージェさんも同じものに加えてデラックスジャンボチョコレートパフェキャッスルを注文した。

 僕らはいくつかの話をした。

 僕を待っている間にカナージェが犯人の少女と邂逅したのは驚愕で、すぐに腰を上げようとしたけど、彼女の「これからだ」なんて一言により店に留まる形となった。

 追及すると、本当に、スノーレイ国やノースランズ州のみでは収まらない世紀の大問題に他ならなかった。追って注文したディナーにありつきながらも周囲に情報が漏れないよう細心の注意を払ったし、正直、職務怠慢に等しい、と苦い気を感じてデミグラスオムライスの味を堪能する余裕はなかった。

 その後には僕のことを。

 とはいえ、既に見抜かれている通り、そして自覚がある通り、僕はひたすらに目の前のタスクをこなしてきたばかりで、物語に値する話といえばアイスドッグスの隊長になるまでの経緯くらいしかなかった。

 ただし、それも機密情報がいくつも絡む話題のため膨らませるのは困難で、彼女の相槌が雑になり始めたところで切り上げる結果となった。

 だから、僕も今日の出来事について語った。カナージェさんが魔法殺事件の元凶と邂逅していた間のことを。

 何気ないことばかりのはずなのに全てが新鮮に思えて、何気ないやり取りにさえ感動を覚えたことを素直に打ち明けた。

 いつもなら既に退勤しているはずのアネモアさんが残って事務作業に当たっていた。遠目で彼女を見つけて敬礼すると、満面の笑みで返してくれて、何て強い女性なのかと畏敬の念さえ芽生えたこと。

 年上の男性のみで構成されているアイスドッグスの隊員三名がオフィスに残り、僕の帰還を待っていてくれた。それだけで自分が恵まれていると再認識し、顧問役であるリビゼ先生も含めて魔法対策特殊部隊アイスドッグスが結成されるに至った過程を語り、思い出しては自然と充実の溜め息が零れた。

 そして、公園に向かうまでの間に対面した、本部や街の人々から貰った労いの言葉たち。

 それら全て、昨日までも確かに在ったものばかりというのに、自分は何て薄情な人間だったのかと呆れるほどの敬意を感じた。

 失って初めて気付くもの。それらを僕は、こんなにも時期早く自身に取り込むことが叶った。

 具体的なことは何も言えない。それで大まかに何が変わるのかと問われても、特に大きな変化はないとしか答えられない。

 何故なら僕は、自分がどういう人間なのかを最低限理解していても、そいつが変化の兆しを見せるに至ったきっかけである彼女のことをまだよく知らないからだ。

 単に日常を脅かされるのが嫌だっただけなのかもしれない。変わりたくなかった。アネモアさんの告白を受けて、これまで一定で保ってきたリズムが崩れてしまうのを案じた。

 ただひたすら、変わることへの期待が持てずに同じ場所を彷徨っていただけなんだ。

 そんな僕がカナージェさんとの出会いにより、自ら臨んで『変化』へ飛び込んでいった。こんなにもあっさりと、自分はまだ停滞していないと希望を持てるようになってしまった。

 彼女のことをまだ知らない。噂やプロファイリングでは彼女の心までを解明し切れない。

 昨日までスノーレイに存在しなかった魔法殺事件を通じて、たまたまこの時期にアイスドッグスの隊長を任されていたおかげで相まみえることになった麗しの魔法使い。

 カナージェさんのことを知りたい。それが、自分の不足が具体的に何なのかを知ることに直結しているような気がしてならない。

 僕の、僕を取り巻く全てが、本物であると証明するための必須事項に思えてならないんだ。

 ……というのもあるけど、とにかく僕はカナージェさんのことをもっとよく知りたい。まだ言葉では言い表せないお互いの奇跡ミステリアスを共に紐解きたい。

 経緯を説明し終えて氷ごと水を含む。

 聞けば答えてくれると信じて、カナージェさんの人生を聞いてみる。勇気とか、空気とか、そんなことになど構わずに。

 この先の未来はカナージェさんと見てみたい。僕たちの世界を守るために背中を預けたい。様々な旅がしたい。魔法殺事件を共に解決していきたい。

 この身にようやく芽生えたかもしれない『愛』の対象は、もしかして……。

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アイスドッグとミステリアス 壬生諦 @mibu_akira

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