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暖かな潮風が、私の髪を掬って靡かせる。水面に白く輝く柱を残して水平線の彼方に浮かび上
がる夕陽は、浜全体を柔らかな橙黄色に染め上げている。波は穏やかに、周期的に打ち付けてい
て、細かな粒に見える白いあぶくが生み出されては消えていく。砂浜に浮かぶ貝殻は夕空に浮か
ぶ星々のようで、そのまま切り取って、自分だけの宝箱にしまっておけたら良いのにとさえ思う。
もし人にキタイの最も美しい景色を問われれば、私は迷わずこの景色を紹介するだろう。もっと
も、こんな時間に海岸をほっつき歩ているのは島中を探しても私しかいないだろうから、この景
色を私は独り占めすることが出来るのだけれど。それは嬉しくもあるし、少し寂しくもあった。
私はサンダルを脱いで、海水の中にそっと素足を浸した。つま先から、少しづつ。海は、思っ
ていたよりもぬるかった。それがわかると、もう片方の足は一気に足首までを浸からせた。それ
から数歩進んでいくと、膝の辺りまでが濡れていた。
その場で、息を大きく吸い込む。風は穏やかだが力強く吹いている。胸の中が空気でいっぱい
になり、息が苦しい。苦しいのに、それが不思議と心地が良くて、両手を広げて、更に全身に風
を受ける。そのまま海の中へと倒れこんでしまいたかったけれど、私はいま、服を着ている。い
っそのこと服も脱ぎ捨ててしまおうか、そんな考えが一瞬頭によぎったけれど、そんなことをし
たらまたお兄ちゃんに叱られると考えて、私は思い直すことにした。
仕方なく私はその場に立ったままで目を瞑って、波と風の音に耳を澄ませた。そうすると、次
第に平衡感覚が鈍化してきて、私の足は海水や海底の大地と接している部分を離れて、いや、む
しろそれらと一体化することで、海と大地に溶け合ってひとつになる、そんな心地がするのだっ
た。しばらくしてから目を開くと、水平線の向こう側から小さな黒い点の群れが近づいてきているのが見えた。目を凝らすと、カモメたちはまるで統率の取れた兵士の様に横一列に隊列を組んで、それぞれが黒く小さな放物線となっていた。夕陽の傾き具合から推察するに、時間は昨日とほとんど一緒のようだった。彼らはきっと、几帳面な性格なのだろう。それとも単に、食い意地が張っているだけかもしれないけれど。
私は彼らに向かって手を振ってみせた。それから浜に戻り、砂で濡れた足を乾かし、母が編ん
でくれたバスケット籠を抱え、彼らが到着するのを待った。
カモメたちが私のところまでやってくると、彼らはそのまま空中でくるくると何週も弧を描い
て踊って見せた。それから彼らは歌う。高く透き通った美しい歌声で。さながら空中で開かれる
優雅な舞踏会のようだ。
歌い終わると、彼らは砂浜の上に降り立って、羽を休めた。彼らの羽は、どれも綺麗な薄い灰
色をしている。吸い込まれそうな程の黒い瞳はつぶらで、黄色の嘴はシュッと細長く伸びている。
背丈はバラバラだけれど、その肢は身体を支えるには余りにもか細く見えて、私には飛んでいる
ときよりも地上に降り立っているときの方が疲れてしまうんじゃないかしらと思える。
もうすっかりお腹が空いた頃だろうと思い、私はバスケットの中に入っていた食パンを細かく
ちぎってカモメたちの中心へと放り投げた。よほど空腹だったのか、すぐさま彼らはパンをつつ
き始めた。いわばこれは、カモメたちの歌と踊りに対する鑑賞料なのだ。私は砂浜に腰かけ、食
事をする彼らのことを眺めていた。
一通り食事が済んで満足した面持ちのカモメたちは感謝の気持ちを軽く鳴き声で示すと、再び
夕陽の彼方へと羽ばたいて去っていった。
島 砂糖 雪 @serevisie1
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