怪盗ファントム・パンプキンの華麗なる失敗

ひよこもち

おお、呪わしき黄金のニワトリ像



 怪盗ファントム・パンプキンといえば、いまや毎週のように新聞の一面をにぎわせ、国中を震撼しんかんさせている世紀の大泥棒。とはいえ、彼にもやっぱり駆け出しの頃があった。

 経験の浅いうちは、誰でも失敗をするものだ。 

 世間の例にもれず、彼にも失敗談はどっさりある。世間がそれを知らないだけで。生まれたてのピチピチカボチャだった頃からファントム・パンプキンが完全無欠の大怪盗だったように見えるのは、彼が抜きん出た才能――「失敗隠蔽いんぺい工作力」を有していたからであった。彼にだって、泥臭いドテカボチャの時代があったのだ。


 初仕事のことである。

 まだピチピチのひよっこカボチャだった彼は、とある美術館に目をつけた。

 その美術館に収蔵されている秘宝「卵を産むニワトリ像」を盗み出そうというのである。

「卵を産むニワトリ像」とは、ニワトリ型の黄金像のことである。

 溶かして金の延べ棒にすれば、大金になるのは間違いない。

 しかし、この像の真価は別にある。

 この黄金のニワトリは、卵を産むのである。純銀でできた卵である。永遠に生み続けるのである。卵のサイズは親鳥とはくらべものにならないほど小さいが、長い目でみれば、像を溶かしてしまうよりはるかにもうけになる。つまり、莫大ばくだいな価値があるのである。

 彼は入念に情報を集め、ぬかりなく下準備をし、華麗に美術館へ忍び込んだ。彼の予告状を受けて、美術館は常にない厳戒態勢で迎え撃たんとしていたが、その中でもとくにセキュリティの厳重な最奥の展示室に、彼は影のようにするりと忍び込んでしまった。

 ニワトリを守る何重もの罠をなんなく突破し、彼は緑色の手袋をはめた手でうやうやしくニワトリを抱き上げると、セカンドバッグのように小脇に抱えて美術館から飛び出した。わざわざ中央の大窓を割って夜空へ飛び立ったのは、ひとえに彼が目立ちたがり屋だったからだ。せっかく予告状を送ったのに、彼はあまりにも順調に目的の展示室までたどり着いてしまったため、美術館側では忍び込まれたことにすら気づいていなかった。ガシャンガシャンと派手に窓ガラスが割れる音で、ようやく事態を把握した。

 大勢の警備員とともに駆けつけた館長は、黄金のニワトリを小脇にかかえ黒いマントをひるがえして夜空を飛び去っていくファントム・パンプキンを見上げ、地団駄じだんだを踏んで悔しがった。

 

 さて。

 これだけでは我らがファントム・パンプキンのいつもの活躍たんである。

 しかし我々が注目しているのは、あの華麗なる大怪盗ファントム・パンプキンがひた隠しにしている、若かりし頃のドテカボチャ的失敗談ではなかったか?


 アドバルーンにしがみついて夜空へ飛び上がったファントム・パンプキンは美術館を見下ろした。

 大騒ぎで警棒を振り回している警備員たちと、地団駄じだんだを踏んでわめいている館長を眺め、満足してほくそ笑んだ。彼らはファントム・パンプキンの華麗なる妙技を目の当たりにしておきながら、どう頑張ってもここまでは追ってこられないのだ。じつにいい気分であった。それが完璧主義な彼を、ほんの少し油断させた。

 ファントム・パンプキンは小脇に抱えているニワトリを見た。

 月明りにピカピカと金色に輝いて、じつにゴージャス。

 どう見ても、ただの黄金像である。黄金の像が、本当に卵を産むのだろうか?

 この像が本物であることは、時間をかけた入念な調査で確信していた。

 しかし、実際に卵を産む姿を見たわけではない。彼どころか、世界中の誰も、見たことがないのだ。

 この像をもともと所有していたのは、とある貴族の末裔まつえいだった。その屋敷では代々この像を「これは卵を産むが、けっして卵を産ませてはならぬ」という謎めいた警告とともに受け継いでいた。卵を産み続けるところに価値があるのに、産ませることができないのなら、それはただのちょっと太っちょな黄金像である。むしろ、ひょんなことで卵を産むスイッチが入ったらどうしよう、どんな恐ろしい災いに見舞われるんだろうと、代々の持ち主たちは皆ビクビクしながらこの呪いのニワトリ像を蔵の奥深くに閉じ込め、ついに今代の当主になって、美術館に売り払ってしまう決意をした。厄介払いである。

 彼の調査によれば、このニワトリは腹をなでてやると、卵を産むらしい。好奇心がむくむく膨らんだ。怪盗とは、元来好奇心が強いものである。好奇心のない者が数多あまたの障害を乗りこえて盗みに入るはずがない。

 彼は夜の街を見下ろした。

 家々の窓から明かりがもれている。食堂や酒場から、陽気な音楽と笑い声が聞こえてくる。平穏そのものである。

 彼は緑色の手袋の指先で、ニワトリの腹をさすってみた。

 プルプルッ、と黄金のニワトリが震える。

 ポンッ、と軽い破裂音がして、ニワトリの尻からなにかが飛び出してきた。銀色に光る卵である。鶏卵を想像していたが、彼の手のひらにのっているのは、ウズラの卵くらいの大きさ。

 ちょっと楽しくなって、彼はもう一度ニワトリの腹をさすった。

 今度は手のひら全体で、ゴシゴシこするように。

 ポンッ、とさっきより大きな破裂音がして、卵が飛び出してきた。今度の卵はジャガイモくらいの大きさがある。

 なるほど、こする強さで卵の大きさが変わるのだな。

 彼の好奇心がむくむく膨れ上がった。

 彼がニワトリをなでるたび、ポンッ、と卵が飛び出してくる。大小さまざまな銀の卵が、満月の空から夜の街に落ちていく。

 屋根を転がり、窓ガラスを叩き、石畳を跳ねまわるたくさんの卵に、街の人々が「なんだ、なんだ」と夜空を見上げて騒ぎ始めた。ファントム・パンプキンはしまったと思ったが、遅かった。


 ポポンッ!

 ポポポンッ!

 ポポポポポンッ!


 ポップコーンのような破裂音をたててニワトリが卵を噴き出しはじめた。一粒一粒はエンドウ豆サイズであるが、それが噴水のように噴き出して、夜空を飛んでいるファントム・パンプキンの軌道から雨のように夜の街へ降り注ぐ。地上は大騒ぎになった。ニワトリは卵を噴き出すのをやめない。ファントム・パンプキンは真っ赤になったり真っ青になったり、大汗をかいてニワトリを押さえつけたが、ニワトリは痙攣けいれんのようにぷるぷる震えて卵を噴出し続けるだけ。

 騒ぎはとうとう、美術館まで届いてしまった。

 警棒を振り回して警備員たちが駆けつけてくるのを見て、ファントム・パンプキンは観念した。

 観念して、どうしたか。

 街で一番高い塔のてっぺんに舞い降りて、その先端に、黄金のニワトリを括りつけたのである。

 噴き出す銀のエンドウ豆を求めて広場へ押し寄せた民衆に、ファントム・パンプキンは優雅なお辞儀をして高らかに宣言した。


「圧政に苦しむ庶民たちよ! 勤勉で誠実な労働者諸君よ! 働けど働けど暮らしが楽にならぬのは、何ゆえか? 富を独占する金持ちどもをらしめてやりたいとは思わないか? さあ、受け取りたまえ! 家で一番大きなお鍋を持っておいで!」


 かくしてファントム・パンプキンは華々しいデビューを飾り、一夜にして庶民に熱狂的人気を誇る義賊となった。

 若い彼のドテカボチャ的失敗は、見事に隠蔽いんぺいされたのである。




  

 


 (お題:夜空、卵、盗む) 

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怪盗ファントム・パンプキンの華麗なる失敗 ひよこもち @oh_mochi

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