後編
碧が周囲の先輩たちから聞かされたのは――
「夕馬のやつ、新しくできる支社に転勤決まったそうだよ」
(――え、そんな、先輩が……)
その場でオロオロし始める碧。夏芽もその話を聞き、碧を心配している。
(そりゃあ正気じゃなくなるわ……)
どう声をかけたらいいものか、夏芽も分からない。ひとまずこの週は、碧の様子を見ることにした。
しかし――同期でもあり友でもある碧の力になりたい。そう思った夏芽は居ても立っても居られず、週末に碧を会社の最寄り駅近くのカフェに呼び出した。
「碧、突然呼んでごめんねー」
「ううん、何でもないよ。どうしたの?」
「……碧も聞いたでしょ? 夕馬先輩が転勤する話」
「……う、うん……。この頃忙しそうだったのは、そういうことだったのかな、って……」
笑顔から一転、今にも泣きそうな顔になってしまう碧。だがまずは夏芽に合わせ、温かいカフェオレを注文した。
「碧? 先輩のこと本気で好きなんでしょ? その心の痛みは本当に、“like”のままなの?」
「うっ……そうじゃ、なかったら――」
「うん。自分に正直になって。“like”じゃなくて、“love”なんだよね?」
碧は黙って頷く。
「だったら、やることはただ1つだよ? 大丈夫。私が応援してる。あと1か月もないんだから」
やること=告白。そう認識した碧と、彼女の背中を押す夏芽のもとにカフェオレが届く。一口飲み、碧は自分の気持ちを落ち着かせる。
「……ありがとう、夏芽。怖いけど、頑張るよ……!」
今は、夏芽がそばにいてくれる。その心強さが励みになり、碧は年度末に行われることになった夕馬の送別会の日に、告白しようと決断する――
☆☆☆
年度末を迎え、夕馬の送別会の日がやってきた。
「つたないところもあったり、迷惑かけたり……多々あったと思います。そんな中の3年間、僕を育ててくださり、ありがとうございました! 新しい所でもしっかり、自分の役目を果たしてきます。大変お世話になりました!」
夕馬が挨拶を終えると、碧と夏芽をはじめ、社員たちから温かい拍手が送られた。送別会が終わり解散になると、夏芽が碧の背中をぽんっと軽く叩く。
「行っといで……!」
小声だったが、何が言いたいのかはすぐに理解できた。碧は立ち上がり、帰ろうとする夕馬に声をかける。
「ゆ、夕馬先輩っ!」
「ん? 笹木さん? どうしたんだ?」
「お時間……大丈夫ですか?」
「うん、いいよー。外出よっか」
2人揃って外に出て、少し歩いたところで。
「先輩、その……私っ、夕馬先輩のことが好きです。今日で最後なのに……いや、最後だから伝えたくて。先輩は私のことどう思っていたか、知りたいです」
この告白に夕馬は一瞬驚いていたが、冷静な表情で語ったのは。
「実はさっきの挨拶では言わなかったんだけど、実は俺――1年ぐらい付き合ってた彼女と結婚することにしたんだ。2月の中ぐらいに転勤の話を受けた時、彼女は『仕事を辞めて付いて行くから、何も心配することないよ』って言ってくれた。一緒に住まいを探してくれた彼女のこの優しさに何も勝るものなんてないよなって思ったから、籍を入れることにしたんだ」
まさかの事実に、碧は受け入れがたい様子である。
「そう、だったんですね……。私、何も知らずに一緒に通勤しちゃって……ご迷惑じゃなかったですか?」
「ううん、そんなことないよ。後輩が困ってるのを助けるのも、仕事のうちだから。……最後に――これからやってくる新入社員のサポート……しっかりやってね、笹木さん。」
「……はいっ……」
夕馬と別れた後、碧は夏芽と合流し、再び夏芽の住むアパートの一室で1泊することになった。その道中で、碧はポロポロと涙を流していた。
「碧、どうした? 告白はしたんでしょ? この様子だと――」
「うん、それがね……」
夕馬に言われたことを全て話す。
「……そんなことあるのかい。碧、辛いのは分かるけどさ、隣で泣かれるとこっちも泣きそうやぁ。はよ中に入ろうかー」
足早に部屋の中に入り、碧は涙をハンカチで拭った。それでもあふれてくる。そんな彼女の背中をさすりながら、夏芽は外の様子を見ていた。
「……碧。気晴らしに外見てみ。桜、綺麗に咲いてるよー」
「……うんっ」
碧が窓越しに見たのは、満開が近づく桜の数々だった。これらを見るともうすぐ、碧も夏芽も先輩になるんだと思わせてくる。だが、碧にとってはそれだけじゃない。
(いずれ散っていくこの桜の花のように、私の初恋は散ってしまったんだな――)
涙がにじむその目で見て、碧はこの春、自分の初恋が終わったことをやっと受け入れたのだった。
―完―
――――――
【作者より】
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
恋愛中編作品『シスコン男に恋はできる?』も合わせてよろしくお願いします!
この春、恋は花散る はづき @hazuki_com
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