第8.5話 いつかは、それまでは。──エンズの手記──
※今話は番外編的なエピソードであるため、エンズの一人称視点です※
彼女の初めての闘いが終わった。結果としては<言祝ぐ息吹>は火力・精度ともに申し分なく、これから彼女が成長していくにつれて、その力を往時の竜達と同等のものにしていくだろう。生きるためなら敵を葬ることに躊躇いがないのも良い。きっとモーソが森の中でうまく教育したんだろうな。
僕はといえば、川に浸かっての回復の後は、こうして寝っ転がりながらいつものように手記を書いている訳だが、今回はいくつか誤算をあげないとダメだろう。
一つ、彼女の覚悟を見誤っていたこと。
先程も書いたとおり、彼女は生きるためであれば、他者を傷つけることを厭わない。決して争いや殺しを嫌わないということではないし、これまでの言動から見ても年相応──外見年齢相応?──の心優しさを持つ少女だ。だが、この世界で生きるのに不可欠な”生きるために殺す覚悟”を、彼女は確かに示してくれた。
二つ、彼女の優しさも見誤っていたこと。
僕が念押ししたにも関わらず、いざズタボロになった僕の姿を見るとひどくグラついてしまっていた。安心させるには僕の回復の様子を見せた方が手っ取り早いんだろうが、彼女は初めて<息吹>を使った影響か気絶するように眠ってしまったから、またの機会、ということにしておこう。
(付記:上記のことに関しては、後でネヴァンから「絶対大丈夫だって分かってたとしても、男の子のそういう姿見たら、女の子なら誰だって心配で泣きそうになるって、エンジィ!」とバシバシ背中を叩かれた。そうは言うが君だって女の子だろうに。僕に対してのスーラの場合は何か違うということだろうか?──それにしても、ネヴァンからエンジィなんてあだ名で呼ばれるのは、彼女が幼かった時以来だ)
三つ、後始末と時間のずれ込み。
これは正直予想できた部分ではある。思ったより<息吹>が周囲の木々や地面へ与えた影響が大きかったものだから、スーラを寝かした横でせっせと”不可界”の財宝で修復作業をする羽目になった。お陰で今夜は森の中で一泊だ。シュトラールの視線が痛いが、まあベルグ他に辿られる痕跡を残すよりはマシだから甘んじて受け入れよう。
川を明日の明け方に渡れば、あとはモザイクまでの道に特に障害もない。スーラが現時点でもある程度闘えることもわかったし、日々の食糧を得るための狩りも、時には任せて良いかも知れない。今の彼女には誰かに頼られる経験というのも必要だろう。
今こうして手記を書く横で眠る彼女を見てみると、助け出したときと比べると大分血色も良くなっている。目の隈も薄れて、褪せていた鱗の赤もずいぶん艶やかになった。少し見とれていまいそうになるくらいだ。
これから彼女は色々なことを経験する。そう定められている。この<トーソンリー>という箱庭にあって、彼女は食べて、寝て、暮らして……いつかは男の子と恋なんてするかもしれない。そうそう、いつかは(今後に支障の無い範囲で)互いの身の上話をしても良いかもな。なんせ昔に会った時はほんの赤ん坊だったんだから。森の中でどんな暮らしをしていたんだろう?
いずれにせよ、彼女の旅路が、その美しい笑顔で飾れる程に明るいものであればと願いたい。結末がどのようなものであっても。
どれだけの時間、彼女は彼女として生きられるだろうか。少しでも長いと良いな。
だって君とこうして会うために僕は六千年を生きたんだから。それぐらいの報いはあったって良いだろ?
竜の娘は月と踊る 石末結(いしずえ むすぶ) @descendant-stone
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。竜の娘は月と踊るの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます