第9話 チンパンジーのいない動物園について
動物園へ向かうタクシーは、見慣れた道を行くが、右車線を通る左ハンドルのタクシーには慣れなかった。
タクシーは駐車場ではなく動物園の入口の門の前のロータリーへ路駐した。
僕は軽く礼を言いお金を払いタクシーを降車した。
門の左には券売機があったので500円を払い入場券を購入し、門の下にいる受付の女性へ渡した。
女性は動物園のスタッフ特有の冒険家のような制服を着ていた。
「お客様。動物園は、あと20分で閉園となりますがよろしいですか」
「大丈夫です。確認したいことがあるだけなので。」
僕がそういうと、女性スタッフは職業的な笑みを僕に向けたが目もとは困惑した感情を隠せていなかった。
僕はチンパンジーの檻へと走り出した。
動物園の出口へと向かうカップルは、走りゆく僕を見て小声でなにかを囁きあっていたが、そんなことにかまっている時間は僕にはなかった。
ヒヒ山の展示を過ぎ、2頭の象の檻を曲がると、チンパンジーの檻が見えた。
僕はそのままチンパンジーの檻の前まで走った。
その檻には動物はおらず、長方形の鉄格子で通路側の面だけ鉄格子がなかった。
僕が二日酔いで気絶し、モナが僕に話しかけたときの状態と一緒であった。
「お客様。そろそろ閉園の時間となっております。」
振り返ると、動物園の職員によくある冒険家のような制服を着た女性が立っていた。彼女の肌は白く、全体的に華奢で、制服が少し不自然に見える。冒険とは無縁な人間のように思えた。
「すいません。この檻に動物はいないんですか?」
僕の質問に、彼女は少し間を置いて答えた。
「まず、私はこの不完全な檻の担当の者です。柏崎といいます。」
「不完全な檻の担当?」
僕はその言葉に違和感を覚えたが、彼女は淡々と続けた。
「キリンや象の担当者がいるように、私は不完全な檻の担当者です。この檻についての振る舞いについては私が最も詳しいです。」
「でも……動物がいないなら、世話をすることなんて――」
「キリンや象のようにこの不完全な檻にも世話は必要とされています。」
彼女の言葉はどこか機械的だった。その無機質な響きが、逆に僕の胸をざわつかせる。
「……一つだけ聞いてもいいですか?」
「私が答えられることであれば。」
「チンパンジーは、どこに行ったんですか?」
柏崎は少しも驚く様子もなく、まるで当たり前のことを言うかのように答えた。
「チンパンジーは、この世界のいたるところにいます。そして増え続けています。そしてもちろん私も、チンパンジーを目指している人の一人です。」
私は混乱する頭の整理がつかないまま。動物園をあとにした。閉園時間に合わせたダイヤで出発する路線バスに乗り僕は家へ帰った。
努力すればチンパンジーになれる星 チャンキチ @tatsu1012
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