第8話 チンパンジーのいない動物園について
どうやらハサミは左利き用だったようだ。僕は何か漠然とした違和感を感じた。
「ほら次」
そういうとジョンはまた大きめのホルモンをトングにもってぶら下げた。
僕はそれを左手で切る。
「はーい次」
僕はそれを左手で持ったハサミで切る。
「次これな」
僕は、違和感に気付いた。ジョンが左手でトングを持っている。
「お前って左利きだっけ」
「おうそうだよ、それがどうした」
「いや別に」
そういいながら僕はぶら下がったホルモンを切る。
「ジョン先輩食べれるやつどれですかー」
後輩のあかりがバーベキューコンロに近づきながら言った。やはり体形どおり食べることに目がないらしい。
「この網の端の方にある肉は全部食べられるぞ」
「やったー」
あかりは耳の下まで伸ばした左側の茶髪の髪を箸を持った左手でかき分け耳の上にかけた。そして網の端にある肉を丁寧に左手で持った箸でとり右手でもった焼肉のタレが入った紙皿へ移した。
「おい、あかり。お前も左利きだっけ」と僕は聞いた。
「先輩左利きっすよ。なんですかいまさら先輩は?」
「僕は右利きだけど」
「えー右利きですか!右利きって天才肌っていいますよね、親に直されなかったんですか?」
僕はその質問に答えず、周りを見渡した。折り畳み式チェアに座り談笑している部員を見てみると皆左手で箸をもったり、左手でビールを飲んだりしていた。
「あかり。そんなに右利きが珍しいか」
「あたりまえじゃないですか。私のお父さんは右利きで生まれたからおばあちゃんに厳しく指導されて左利きに直したんですよ。おばあちゃんはめっちゃ昔は厳しくてー」
あかりは僕に向けて話の続きをしていたが僕はそれを聞いている余裕がなかった。
部員の全員が左手を優位に使っている。
部員のなかで左利きがこんなに多ければ今までも気づいたはずだ。それもなんだあかりのエピソードは。まるで世の中のほとんどの人が左利きのような言い方だった。
僕はいてもたってもいられなくなり。その左利き用のハサミを置き川土手の上まで走った。土手の上から見る景色はやはり異様であり僕は目を疑った。
川のほとりを走る車はみな車道の右側を走っていた。そして橋の前の交差点では左側についた赤信号がともり、車を止めていた。
この世界は僕のいた世界ではない。漠然と僕は思った。
僕は7月20日木曜日(右利きの人が暮らしやすい世界)から7月18日火曜日(左利きの人が暮らしやすい世界)へ移ったようだ。しかしなぜ。どうやって。そもそも別世界なんていう非科学的な存在を僕は信じていなかった。
僕は軽いめまいがした。頭が混乱し整理がつかなかった。
チンパンジーの檻が消え、モナがしゃべり、僕は気絶をして別世界へ移った。
その事実が言葉にできても体で理解できなかった。
「先輩!なにしてんすかーー」
左利きのあかりがバーベキューコンロのあたりから僕に大声で声をかける。
しかし僕は返事をする余裕はなく。土手の上から階段を降り歩道を走りだした。
動物園に戻ればなにかわかるかもしれない・・・。僕は周りを見渡した。偶然トヨタクラウンの個人タクシーが通ったので、僕はタクシーを止めて乗り込む。
「すみません市立動物公園まで」僕は興奮した声で言った。
「お兄さんいいけどよぉ、動物園は5時までだよ。」
初老のタクシー運転手は僕にそういった。僕は漠然とした違和感を感じたがやはりそのトヨタクラウンも左ハンドルだった。
「いいんです向かってください」
そういいながら僕はスマートフォンの時計を確認すると16時24分であった。
初老のタクシーの運転手は返事をする代わりにアクセルを踏み、車を動かした。
僕はこの世界が(左利きの人が暮らしやすい世界)以外の特徴がないか車窓を眺めていたが特に変わったところはなさそうだった。
「お兄さんこんな時間に動物園に何しに行くの。関係者かい。」
「チンパンジーを見に行くんです」
僕は適当な方便を考えるのも面倒になり適当に事実を答えた。初老の運転手は少し驚いたような顔をしたように見えたがそれ以来僕らの間に会話はなかった。
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