チンパンジーのいない動物園について

第7話 チンパンジーのいない動物園について

「おい、起きろ!おい 何寝てんだよもったいない。バーベキューはこれからだぞ」


その声とともに遠のいていた意識が戻った。目の前には太陽の光に照らされいつもより輝いたピアスを身に着けたジョンがいた。太陽光を浴びても気持ち悪くなかった。いつの間にか二日酔いが消えていた。

それは朝見た夢を思い出せない感覚にどこか似ていた。

まだ頭がはっきりしない。周りを見渡すと川の土手で僕は横になっていた。

その川のほとりで軽音楽サークルの部員たちが7人程度焼肉をしている。肉が焼けるいい匂いがする。


「こんな炎天下の中、よく寝れるな。早くしないと肉がなくなるぜ?」


そういってジョンは銀色の缶のビールを僕に手渡す。僕は立ち上がった。

軽音楽サークルの7人前後の男女が片手に缶ビールを持ちホームセンターで売ってそうな屋外用の折り畳みチェアに座り談笑していた。


おかしい。


僕はさっきまでチンパンジーの檻の前にいたはずだ。気絶して誰かに運ばれたのかもしれないが、体調の悪いやつをバーベキューをしている川土手へ運ぶなど不自然すぎる。僕はサークルの部員の誰かが、チンパンジーの檻の前を通りかかり倒れた僕を川土手まで運んだというありそうもない可能性を考えた。

しかし一昨日このサークルでバーベキューをしていたはずだ。いくら飲み会好きが集まったこのサークルでもこんな頻度でバーベキューはしないはずだ。


「おい、ジョン。誰が僕をここまで運んだか教えてくれないか。気絶してからのことを覚えてないんだ。」

「何言ってんだお前。自分でビールを一気飲みしたんだろ?そのあと、「ちょっと休憩させて」とか言ってそこらへんで寝てただけじゃねぇか。それを気絶だなんて大げさすぎるわ」とジョンが笑いながら言うと、周りの部員たちも笑い声をあげた。


「いやさっきまで僕は動物園にいて・・・」

「何寝ぼけたこと言ってんだよ肉食うぞ」


僕は納得がいかなかった。動物園に行ったことが夢でないことは記憶の鮮明さから明らかであった。僕はとっさにズボンのポケットから財布を取り出した。財布の中には動物園のチケットの半券が入っており、7月20日と今日の日付がハンコで押されたあとがついていた。

「ほらジョンみてくれよ、動物園の半券もある。今日の日付も押してある。」

ジョンは半笑いで僕の半券の日付を一応確認する。

「おい、これ去年のじゃねぇか?今日の日付じゃないぜ。いいかげんにしろよ冗談はいいからもっと飲もうぜ」

今日の日付じゃない?

僕はとっさにスマートフォンを確認する。画面には7月18日木曜日16時06分と表示されている。この安物のスマートフォンはついに正しい日付を伝えるという昭和の機械でもできそうなこともできなくなったのかと思ったが、ジョンの発言から僕が日付の認識を間違っている可能性を考えた。しかし動物園の半券と僕の日付の認識は整合していた。


「ジョン、お前おとといもサークルメンバーでバーベキューしてなかったか?」

「いやしてねぇよ。」


ジョンはもう僕の発言にツッコみもせず、めんどくさそうに答えた。寝ぼけた僕に相手をせずバーベキューを楽しみたいという気持ちが顔に顕著に出ていた。

日付は一昨日に戻り、一昨日していたバーベキューをしている。

2日前にタイムスリップした可能性を少し考えたが、非現実的すぎて考えるのをやめた。ジョンはバーベキューコンロの前に行き、火が強すぎるところから豚肉を網の端へ救出する作業に取り掛かっていた。


「おいちょっとこのホルモンでかすぎて焼けねぇから切ってくんね」


とジョンが誰にというわけでもなく言った。僕以外はみなビールを飲みながら談笑をしており、手が空いているのは僕だけだった。

僕は頭が混乱しとてもじゃないけどホルモンを切るという作業をする気が起きなかったが、作業をしながら気持ちを落ち着けるのもいいかと思い、テーブルの上のハサミをもった。

「ありがとう、これ切ってくれ」

そういうとジョンはトングで大き目のホルモンの端を器用につかみ上にあげた。僕はホルモンの真ん中を目掛けハサミの口を開けて、切る動作をした。

しかし切れない。

僕は切れ味の悪いハサミに苛立ちつつも、もう一度切ろうとするが切れない。


「先輩それ右で持ってるから切れるわけないじゃないですか。ハサミには左利き用と右利き用があるんですよ」


後輩の中でもお調子者のあかりが、ふくよかな体に似合わない高い声で言った。

僕は左手にハサミを持ち替えるとホルモンはスパッと切れて、下半分が網の上に落ちた。

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