片目のホーキンス

ジャック(JTW)

フラワーショップ『マリーゴールド』

 ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥


 店内に漂う花の香りが心地よく、陽光が優しく差し込む中、フラワーショップ『マリーゴールド』の扉が開く。花々の香りが漂う小さな店内の、重厚な木製のカウンター。

 心地の良い音楽が流れるその店のカウンターの向こう側には、ひときわ存在感のある初老の店主が立っている。

 

 彼の左目には黒い眼帯が掛けられ、その渋みのある風貌が彼の雰囲気を一層際立たせている。彼の左手には、傷ついた結婚指輪が嵌まっている。

 

 店主のホーキンスは、低く優しい声で客を迎え入れる。


「いらっしゃい。今日は、何をお探しで?」


 彼の経歴を知る者達は、彼を〝片目のホーキンス〟と呼ぶ。


 ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥


 オスカー・ホーキンスは、若い頃に戦争で愛妻を失った。市街地に予告なく行われた爆撃で、彼女は即死した。

 ホーキンス自身は助かったものの、降ってきた瓦礫によって左目を失明した。

 その傷跡は、彼の渋い風貌と共に、彼の人生に刻まれた証となっている。



 ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥

  

 ホーキンスは治療を受けた後、妻を奪った敵国に報復すべく軍に志願した。


 本来、片目を失った彼は軍人になる資格がなかったが、最新技術による義体化手術の被検体となることで、例外的に所属を許された。ホーキンスは失った片目を機械で補うことで、特殊な視野と視界を手に入れたのだ。


 ホーキンスは機械化された左目を駆使し、敵兵の居所をサーチし、的確に撃ち抜くことができた。その恐るべき精度と実力から、彼は戦場で恐れられる存在となった。彼の復讐心と軍人としての能力が、戦場での勝利に貢献したのである。


 そして彼は、〝片目のホーキンス〟という異名で呼ばれるようになった。


 ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥


 ホーキンスは、戦場にて数多の敵兵を倒し、復讐を遂行した。しかし、その行為が彼の心を癒すことはなかった。

 

 彼は涙を流しながら、ただ亡き妻にもう一度会いたいと願った。戦場での勝利も、復讐も、彼の心には空虚をもたらすだけだった。


 ある日、ホーキンスは自分の顎の下に拳銃を押し当て、自殺を図った。


 ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥


 しかし、戦友によって、ホーキンスの自死は止められた。その後、ホーキンスは戦線を離脱し、休養を取ることになった。

 彼は軍医によって睡眠導入薬を投与され、眠りについた。


 その夜、ホーキンスは亡き妻の夢を見た。妻は彼を抱きしめながら、「死なないで」と囁いたのだ。


 その言葉が彼に届いた瞬間、ホーキンスは目を覚ました。


 以降、彼は自殺を図ることはなくなった。


 ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥


 ホーキンスは軍を除隊し、亡き妻が昔願っていた花屋を開くことにした。彼は戦場での過去を背負いながらも、花々と共に新たな人生を歩み始めたのだ。


 花屋の仕事は、ホーキンスが想像していたよりもずっと重労働だった。水を変えたり、鉢を動かしたり、土を扱ったり、カビや植物を食べる虫と戦わなければならないこともある。綺麗な包装に花を包む練習もした。最初は、あまり上手くいかなかった。


 しかし、それでも、ホーキンスは戦場で戦っているときよりも、花屋で過ごす日々を幸せに感じた。愛する妻がかつて願っていた、生命力に溢れる花々と共に過ごす時間が、彼にとって心安らぐ時間だったのだ。


 ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥


 花々の甘い香りが漂う小さなフラワーショップ、『マリーゴールド』。扉を開けると、そこには片目のホーキンスが微笑みながら立っている。


 ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥

 

 彼の亡き妻の名は、マリー・ホーキンスと言った。

 マリーゴールドの花言葉は、変わらぬ愛だと、他ならぬ彼女が教えてくれたのだ。


 ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

片目のホーキンス ジャック(JTW) @JackTheWriter

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ