Section 13: 惑星クラン星域海戦開始

 装甲板はめくれ、外部構造に幾つもの損壊が見られる航宙艦【迅龍】。しかし、もともと強固かつ損傷に強く設計された船体が、未だに8割近い戦闘能力を残している。

 その宇宙空間を奔る迅龍のブリッジにミィナの声が響いた。


「お兄ちゃん……、超光速通信が来てる――、あのアンネリース艦隊から」

「え? アンネリース――って」


 ジオは困惑の表情で周囲の仲間たちを見る。ロバートはジオの目を見て頷いた。


「――とりあえず出てみよう」


 ロバートの言葉に頷いたジオはミィナに答えを返す。


「ミィナ……、通信を開いてくれ」

「了解」


 その言葉に反応するように、前方のメインモニターに一人の人物が映った。

 それは――、


「アンネリース……」


 仲間の誰かがそう呟く。そこに映った人物は歳の頃は20代後半に見える若い女性であった。

 彼女はジオと同様に左目に黒革の眼帯をつけており、その真紅の瞳に似合わない冷たい眼差しは多くを語りかけてくる。彼女の長い真紅の髪は夜の闇にも明るく映えるほどに鮮やかで、軽い風になびくたびに炎のように周囲の空気を揺らしている。

 物語の宇宙海賊船長がそのまま出てきたかのようなその服装は、機能的でありながらも美しさを兼ね備えており、赤と黒のロングコートは彼女の動きを妨げることなく彼女の身軽さを演出している。

 コートの下には、身体のラインを強調する黒い革のボディスーツを着用しており、服の随所には彼女の所属を象徴する【両手剣に巻き付く西洋龍骨Dragon bone wrapped around two-handed sword】の紋章が施されており、彼女がアンネリース海賊団の首領である事実を明確に示していた。


「――」

「……あ、あの」


 ジオが次の言葉を発しあぐねていると。その女性が口を開いて言葉を発した。


「――大きくなったなジオ……、それにミィナ」

「え?」


 その言葉にジオだけでなくミィナも呆然とする。その表情を見てその女性――【アンネリース】は小さくため息を付いてから、嬉しそうに笑ったのである。


「まあ――、私のことは覚えていないだろうな。最後に会ったのはお前がまだ生まれたばかりで……、不可侵協定が結ばれる前だったから」

「不可侵――協定?」

「その通りだ――。我らが首領レヴィア様が我々の前から姿を消して――、当然、我々は彼女を捜索した。その果てに見つけた時には、レヴィア様は一人の子を育て、お腹に二人目の娘がいた」


 アンネリースは目を瞑ってかつてを思い出す。


「我らは――、もはや彼女には海賊首領の資格も義務もないと判断し――、我等五人は、彼女に今後一切かかわらないと協定を結んだ。無論、ヴェロニアは不満たらたらであった……が」

「……その時?」

「そう、その時、一回だけお前に会っているのだ――、ジオ・フレアバード」


 その言葉に驚きの表情を浮かべるジオ。それを笑顔で見つめながらアンネリースは言葉を続けた。


「……私は見ていた。お前が成長してゆくのを――、そして、自分の手で……足で宇宙を目指す姿を――」

「アンタは……」

「ふ……ようこそ宇宙そらへ――、ここからがお前の本当の旅の始まりだ。そして――、その旅の始まりを祝して……、今回一度だけお前を救ってやろう」

「え?」


 困惑の表情を浮かべるジオに、歯を見せて笑ったアンネリースは宣言する。


「お前らはこのままこの星域を離れろ――、ヴェロニアのクソババアの相手は私がしてやる。そのまま自由にどこまでも飛ぶがいい”陽焔の鳳Flare bird”」

「アンタは……ティアナを確保しに来たんじゃ……」

「ははは……、アタシをあのクソババアと一緒にするなよ? レヴィア様の忘れ形見の旅の始まりを邪魔するほどアタシは愚かじゃないのさ」

「……」


 ブリッジのジオ達は驚きの表情でアンネリースを見る。


「さて……ティアナ。聞いてるか?」

【お久しぶりですアンネ……。貴方も大きくなりましたね】

「はは……、あん時のアタシはまだガキだったからな。もう立派な大人だ――」

【貴方は私を――】

「アタシにはお前は必要ないさ――、他の連中はわからんが」


 アンネリースは優しげに微笑んで呟く。


「……ゴメンな、ティアナ。レヴィア様がお前のことを後悔していることは知っていたが、その時は不可侵協定もあって、弱小に過ぎないアタシじゃお前を助けてやることが出来なかった」

【いいえ……、それは仕方がないことだと理解できます。でも、貴方はこうして助けに来てくれた】

「は……、レヴィア様の後悔を知っていながら見ぬふりをした三流悪党のアタシに感謝なんてするな。――このまま、宇宙の果てを目指すといい」

【アンネ――】


 そのティアナの言葉はかすかに震えており、それを聞いたアンネリースは笑顔で頷いた。


「迅龍一行――、我がアンネリース海賊団は、君たちの領域の航行を許可する。決してその進む先を邪魔しないと、このアンネリースの名において約束する」


 その言葉を聞いてロバートの表情が明るくなる。


「で――、後はアタシに任せて、このままジャンプポイントへと向かえ。そこから我が領域へと進むがいい」

「ありがたい! 感謝する」


 ロバートの答えに満足そうに頷くアンネリース。そして少し表情を固くしてから言った。


「――この先、旅をするなら……。アーチボルド海賊団にはくれぐれも気をつけろ。あいつはヴェロニアとつながっている疑いがある」

「忠告ありがとうアンネリース」

「――それと、エルヴィラは……」


 その言葉を発してすぐにアンネリースが口ごもる。ジオが困惑の表情で首を傾げると。


「――いや、いまの言葉は忘れてくれ。とりあえず危険なのはヴェロニアとアーチボルドだ」

「……わかった」


 ジオがそう答えると、アンネリースは笑顔を浮かべて小さく手を振った。


「じゃあなジオ――、ミィナ――、そしてティアナ。お前たちの旅の先に幸運が巡るのを祈っているぞ」

「アンネリースのおばちゃん。ありがとな――」


 ジオがそう答えると、アンネリースは初めて怒りの表情を作る。


「ジオ――、おばちゃんじゃなくおねえちゃんだ……、次あった時、絶対にしばくからな」


 そう言ってから超光速通信が切れた。ロバートはすぐさま次の命令を下す。


「このままジャンプポイントまで急ぐぞ。次は予定通り惑星グシオンだ」


 その言葉にブリッジの全員が頷いたのである。



◇◆◇



「ふう……おばちゃん――か」


 超光速通信を切ったあとアンネリースはそう呟いた。それに艦橋内のクルーたちが反応する。


「姉さんは若いっすよ!」

「お前ら――、別にアタシは気にしてないぞ?!」

「え? そうっすか?」


 ――ブリッジクルーの、その疑惑の表情に青筋を立てて怒り顔を作るアンネリース。


「お前ら……、なんか言いたげなその表情をやめろ。後でお前らもしばく」


 そして、すぐに真剣な表情に変わったアンネリースは、艦橋に響く美しい声で命令を下した。


「これよりアタシらは――、レヴィア様の忘れ形見……、そして親友を守るべく、ヴェロニアのクソババアと戦争を始める! 覚悟はできてるな?!」

「当然っすよ! 命尽きるまで姉さんとご一緒します!!」


 その言葉に満足そうに頷いたアンネリースは、座席から立ち上がり手を広げて宣言をした。


「全艦――、突撃陣形にて敵陣へ突撃開始! これより”惑星クラン星域海戦”を開始する!!」


 その言葉はアンネリースの全艦艇に響き渡り、その”長い戦争”の火蓋を切ったのである。

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Geo Fleet~星砕く拳聖と滅びの龍姫~ 武無由乃 @takenashiyuno00

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