幕間 着替え室の事件簿
「九郎ちゃんておっぱい大きいよね」
ヤンキ新代店の事務所の片隅にある更衣室で、環名が呟く。その視線は丁度黒羽根のコートを脱いでいた九郎の胸に注がれていた。今日は十字架のペンダントをしており、胸の張りが生み出す大きな袋の上に完全に乗ってしまっている。
「環名も充分だと思うがね。それに形も美しい。ボクのように常軌を逸したサイズだと、何かと苦労するものだよ。スタイルも悪く見えるし」
「九郎ちゃんは身長が高いから、辛うじてバランスが取れてるのか。幾つだっけ?」
「194」
「わお。そりゃモデル体型な訳だ。胸のサイズは?」
「Qの70」
「バケモンじゃん……」
「ボクの肉体は奇跡の賜物だからね」
九郎は自信満々に自分の身体を撫でて、その豪華な手触りに満悦した様子で目を細める。
「はい、そこまで!」
凛とした声が会話に割り込む。二人が後ろを振り返ると、そこには売り物の木刀を持って、コスプレの眼鏡と学ランに身を包んだマコトが立っていた。
「自分は、風紀委員長の〈
「久しぶりだね」
「ゲッ……厄介なのに見つかったな」
「そこの爆乳さん、お名前は?」
誠くんは毅然とした態度で問い詰める。彼に目を付けられて、無事だった者は一人として存在しない。
「明石家九郎。電網探偵さ」
「脱ぎなさい。身体検査を実施するであります!」
険しい顔で命じる誠くんに従い、九郎はセーターを脱ぎ始める。レース付きの黒く巨大なブラジャーに包まれた、青い血管と黒子の浮く迫力満点の乳房に、誠くんは生唾を飲んだ。
「しゃ、写真を撮らせてもらうでありますよ。これは上への報告に使いますので」
汗ばんでほかほかしている誠くんに対し、九郎は余裕の表情で身体を好きに撮らせている。
彼は前面を撮り終えると、少し名残惜しそうにしながらも背中へと周った。九郎の腕から背中にかけては、カラスの羽をイメージしたタトゥーによって飾られている。引き締まって程よく筋肉の浮き出た身体と相まって、彼女の身体は一つの芸術作品だ。
誠くんはキャラ作りも忘れて一心不乱に写真を撮り終えると、息を荒くさせてカメラをしまう。
「ま、今回はよしとしましょう。次回からは、こう甘くはいかないでありますから」
少し良い人感を匂わせて去ろうとしたその時。視界の端で、不意に九郎がジーンズを脱ぎ始める。
「???……??????」
誠くんの理解が追いつかないうちに、九郎は下着だけの姿になってしまった。それも下はガーターベルト付きの、極めてアダルトなデザインだったのである。
「えっ……生地……薄……見……」
脳の言語野が破壊されてしまった誠くんは、途切れ途切れに単語を吐くのが精一杯のようだ。
「撮らないのかね?」
「ぴ……九郎氏のえっちすけっちわんたっちー!」
誠くんは少し時代を感じさせる小学生のような捨て台詞を残して、部屋の外へ逃げ出した。
「あっ、店長! これはそのっ!」
扉の外から愉快な悲鳴が響く。
「店長、誤解でありますっ! やだ〜!」
何処かへ連れて行かれたのか、声は遠くなっていった。どうやら無事に、制裁が下ったようだ。
その時入れ違いに、何も知らない啓介が事務所へと入ってくる。
「こんにちは――」
過激な下着姿で堂々と立つ九郎と目が合った。その視線が一瞬、上下へと泳ぐ。
「……啓介くんのえっち」
九郎が悪戯っぽく笑うと、啓介の顔が見る見る真っ赤に染まっていく。
「す、すみませんでしたー!!」
ばたばたと部屋から飛び出していく啓介を、九郎は涼しい顔で見送って服を着始める。その胆力が環名には信じられなかった。
「……見られて恥ずかしくないの?」
「肉体なんてものは、神が割り振った只の記号だ。ボクの本質は、この魂に綴った精神にこそあるのだよ。恥ずかしいものなど、何も曝け出してはいないさ」
バケモンじゃん、とは思っても言えない環名だった。
電網探偵―明石家九郎の事件簿 鯨鮫工房 @Jinbei_Sha
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