光の言の葉

加賀倉 創作(かがくら そうさく)

光の言の葉

 遠い星の誰かがこう言った。


「ああ、またしても、あの星は、あれを使ってよくないことを考えている。なんと愚かなことか」


 その誰かは、遠くの星から何かを感じ取り、手元のスイッチを押した。すると、その遠い星から地球へ向けて、何かが大量に射出された。


 

***

 


 とある星の、とある時代。


 巨大軍事国家キャレモンと、科学の国バイロンは、核兵器の開発競争に明け暮れていた。


 キャレモンの国家元首レイ最高議長は、有事の際、迅速な報復を可能にするため、世界各地に秘密裏に配備している戦略核ミサイルの発射命令権限を、前線に近い陸・海・空軍大臣に、それぞれ国一つを滅ぼすのに十分な量で分割委譲ぶんかついじょうした。


 そんな中、キャレモンのすぐそばの海に浮かぶ、小さな島国ミューシャムで、革命が起こった。


 ミューシャムからキャレモンの資本は追い出され、キャレモンとバイロンの国交は断絶した。


 そしてミューシャムは、キャレモンと対立していたバイロンに近づいた。バイロンの王ジョセフ二世は、持たざる国への支援と核戦力強化の考えのもと、ミューシャムに核ミサイルを配備した。



 __数年後__

 


 キャレモンは、ミューシャムの港に、バイロンとその同盟国の貨物船が頻繁に出入りしているとの情報を得た。


 そして噂によると、貨物の中身は核ミサイルらしかった。


 ミューシャムはキャレモンから目と鼻の先、キャレモンの首都シュワルツから東へ百五十キロメートルのところにある。


 一方で、キャレモンの保有するミサイル発射場は、バイロンの主要都市に一番近いところでも、三百キロメートル以上離れている。


 もし、至近距離のミューシャムから核による先制攻撃を受けてしまえば、報復の間も無くキャレモンは完全破壊されかねない。


 そこで、真相を確かめるべく、キャレモン空軍はミューシャム上空の偵察飛行を強化した。


 偵察の結果、数千人のバイロン人がミューシャムに入国していると判明した。


 だが、本当に核ミサイルが配備されようとしているかはわからない。


 そんなあまりに露骨な手段を、バイロンは取るだろうか、と半信半疑になりながら、キャレモンは警戒を続けた。



 

 

 ある日の政府高官の集まる会議で、空軍大臣が、血相を変えて、息を切らしながら部屋へ入ってきた。


「これを見てください!」

 

 彼の手には、偵察機が撮影した一枚の写真。そこには一番望んでいなかったものが写っていた。


 キャレモン東部を射程内とするMRBM(準中距離弾道ミサイル)。


 数時間後には、キャレモンの西端にも届くであろうIRBM(中距離弾道ミサイル)も見つかった。


 そして緊急対策会議が始まった。


 レイ最高議長はこう言った。

 「この核戦争の危機に際して、外交交渉のみにとどめる案と、何もしないという選択肢はありえない。そして、ミューシャムに歩み寄ることも見当違いだ。今相手にするべきはバイロン。案にあがったミューシャムへの軍事侵攻には賛成できない、それは最終手段だろう。あとはミューシャム近海の海上封鎖とミューシャムへの空爆。奇襲攻撃も候補に上がっているようだが……」


 場は、海上封鎖派とミューシャム空爆派で分かれた。


 海上封鎖派の声はこのようだった。

 

「平和的手段が尽きるまでは、空爆してはいけない。最悪のケースは、文字通り、最後にくるべきだ」

 と、平和大臣。

 

「概ね平和大臣に賛成だ。海上封鎖をして動向を見守り、反応によっては……バイロンと戦う必要もある」

 と、国防長官。

 

「事前警告なしの攻撃は、先の戦争を彷彿ほうふつとさせるわ。同じてつを踏めば、歴史に汚名を刻むことになる」

 議長の娘である司法長官はそう言った。


 一方で、ミューシャム空爆派はこう主張した。

 

「一回の空爆では足りん。大規模な空爆が、複数回必要だ。我が陸軍はミューシャムへの全面的な侵攻も辞さない」

 と、ジェムストン陸軍大臣。

 

「おや、ハト派の陸軍大臣がそんな意見を述べるとは意外だが、私も賛成だ。発見したミサイルを一刻も早く無力化するために、空爆が必要だ」

 と、副議長。

 

「お二人のおっしゃる通りかと。議長閣下、封鎖は弱腰とみなされますぞ」

 と、空軍大臣。


 

 議論が紛糾ふんきゅうする中、バイロンのウッド外相が、議長官邸を訪問した。ウッド外相は、ミューシャムの核ミサイル問題について話すために来たのではなかった。訪問はミューシャムのミサイル発見以前から予定されており、儀礼的なものだった。


 キャレモン側からは、ミサイル発見の話には触れない。


 途中、バイロンとミューシャムの関係に触れる場面があった。


「バイロンのミューシャムへの支援は、防御のための兵器支援という、重要な意義があります」

 と、ウッド外相は悪びれもせず言った。その発言は裏を返せば、兵器支援ではないと言っているようにも聞こえるが、彼の言うことは紛れもなく嘘であり、キャレモンと目の鼻の先、ミューシャムにそれは配備されている。


 ウッド外相は、何食わぬ顔で議長官邸を出て、バイロンへ戻った。


 と、思われた。


 ここで、事件が起こった。


 ウッド外相が行方不明になったのである。


 バイロンはもちろん、これをキャレモンの仕業に違いないとして、国際社会に訴えかけた。


 さらにこれに乗じて、キャレモンによるミューシャムの核ミサイル基地発見を、捏造であり、全くの出鱈目でたらめだと抗議し、バイロンを国際社会から孤立させるためにキャレモンが陰謀を働いたのだと主張した。


 立場は逆転し、世界から見た悪者は、ミューシャムに核ミサイルを配備して核戦争に片足を踏み入れたバイロンから、外相を人質にとるという蛮行ばんこうを働いた、キャレモンになった。


 そして、ウッド外相の所在は、すぐに判明した。


 政府高官の会議室で、議長の席の、直通電話が鳴り響く。


 レイ議長が受話器を取ると、妙な物言いが聞こえてきた。


「ごきげんよう議長閣下。今起こっている騒ぎの原因は、俺だ。外相は誘拐した」

 

 声の主はなんと、キャレモンのジェムストン陸軍大臣。彼がウッド外相を誘拐したのだった。


「一体どういうことだね、ジェムストン君!」


「世界を終わらせるのさ」

 それは興奮した異常者の声というよりは、悲哀ひあいに満ちた、弱々しい声だった。


 彼は、破滅主義者だった。彼の息子は、先の戦争の帰還兵で、片腕を失った上、重い精神障害を患っていた。故郷のために命を賭したにもかかわらず、壊れていく息子を見た彼は、次第にこの世界の存在自体を憎むようになった。息子が苦しまなければならない世界など無くなってしまえばいい、と思っていた彼は、密かに核戦争による世界の破滅を望んでいたのだった。


「何を考えている! まさか……馬鹿な真似はするんじゃないぞ!」


「残念だが、そのまさかだよ。俺は今、廃人同然の息子と、誘拐した外相とを連れて、核ミサイル発射場に立てこもっている。議長、あなたが俺に譲ってくれた、核だよ」


「……」

 最悪の事態に、議長は返す言葉もなかった。

 

「おやおや、黙りこくってしまったかい。議長、そこにかつての俺の仲間はいるか? いるならスピーカーに切り替えてくれ」

 かつての仲間。責任者たちはそう呼ばれた。もう彼は、引き返す気はないのだ。


 議長は言われるがまま、部下にそうさせる。彼はマイク越しに、議長たちに向けてこう言い放った。


「つい先日、議長から私へ、核ミサイルの発射の権限委譲が行われただろう? あれは俺が裏で、そうなるように根回ししたんだ! バイロンの、我が国に対する核攻撃の意思が顕在化けんざいかした今、舞台は整った。さぁ、俺を止めに来ないと、世界が終わるぞ。戦争好きな、愚かな政府め!」


 ジェムストンは、人命を湯水のごとく浪費する、息子を傷つける、戦争というものが、大嫌いだった。


 彼は戦争が嫌いだったが故に、不毛ふもうな争いを避ける判断が取れうる、将校の道を選んだ。


 確かに争いや戦死傷者を減らすことはできたが、ゼロにはできなかった。


 結局彼は今、世界から争いをなくすために、世界もろとも滅ぼそうとしている。


 とはいえ、彼はすぐに世界の終焉しゅうえんのボタンを押せるわけではない。


 彼は、怖いのだ。


「押すぞ……俺はこのボタンを、押してやる……………ん? なんだ?この音は!」


 近くで、何かが墜落したような音。


 彼はスイッチを置き、音のした方へ走り、窓から外を見る。


 地面に、薄いレンガのような物体が突き刺さっていた。


「一体なんなんだ……あれは」


 彼はすぐ建物の外へ出て、謎の物体の方へ向かった。


 目前にしてみると、それは二階建ての建物ほどの高さで、白い石板のような物体。アルビノの動物のように真っ白だった。


「こんなもの、どこからやって来たんだ?」

 

 彼は立ち尽くす。そして恐る恐る、その白い石板に触れてみた。


「なんだ? 光ったぞ? それにこれは……絵か?」


 石板の中央には、縦に細く青白い光で線が引かれ、その両側に、同じく青白い光で不思議な絵が描かれている。

 

 左は何か人型のものが、雲のような、捉え所のない意味不明のものに向かってひざまづく絵。

 

 右には、人と雲が、取っ組み合いをしているかのような絵。

 

 左右の絵は交互にまぶしく点滅している。

 

「これは、どちらか選べと言っているのか?」

 

 そして、よく目を凝らして石板を見てみると、上の方には、たくさんの点が、何かの規則に基づいて並んでおり、これまた光っている。

 

 左右それぞれの絵の下にも、同じように短い点の羅列られつが一文ずつ。

 

 それらは言語の類には違いないが、よく意味はわからない。

 

「何が書かれている? 何か、解読のヒントは?」

 ジェムストンは、石板を隈なく調べ始めた。

 

 石板の裏に回ってみると、一面に、点がびっしりと描かれていた。

 

「きっとこれは、文字の一覧表か何かに違いない……あ! わかったぞ。絵からして、宇宙の彼方の知的生命が、我々に対して服従するか、戦争をするかを選べと、手紙を送って来たんだろう。でも、詳細はわからない。この星の危機かもしれない。言語学者か誰かににしっかり解読してもらうべきだ」

 

 彼はすっかりその石板のとりこになり、スイッチのことなど、忘れていた。


 


 その頃、ジェムストンが見たものと同じような石板が、世界中の至る所に降り立った。その数は数万を超した。


 世界中の言語学者が協力して、表の解読を急いだ。


 解読は一朝一夕いっちょういっせきで、とはいかかなかったが、石板は昼夜ちゅうや問わず、電源もなく、ひとりでに発光し続けたので、言語学者たちは寝る間も惜しんで解読に明け暮れた。

 


 __石板の出現から三ヶ月後__



 ついに、解読に成功した。石板の表面にある文章の意味は、以下のようだった。

 


 この石板を受け取った星のものたちよ、直ちにしなさい。

 石板に記した左右の絵の下には、それぞれコウフクするか、しないかの回答を表す文が点で書いてある。

 選んだ回答の文を、そっくりそのまま、巨大な光で宇宙に示せ。

 我々からは、お前たちの星がよく見える。

 が、あまり中の方までは見えない。

 だから、お前たちの星の高高度こうこうどに、光で、回答を示すんだ。

 お前たちの方法で、こちらから見るに十分な強さの光を生み出すと、お前たちの星によくない影響があるのを、我々は知っている。

 だが安心しろ、大量の石板が、お前たちを守ってくれる。

 猶予ゆうよは、この石板がそちらに届いてから、お前の星が太陽の周りを一周するまで。

 期限までに回答がなければ、とっておきの方法で、お前たちを終わらせる。

 大事なことなので、最後にもう一度書く、「コウフクしなさい」


 

「『コウフク』と何度か出てくるが、なぜそこだけカタカナに訳したんだ?」

 と、言語学者Aが言った。

 

「どういう意味かはわからないが、表の通り訳したら、こうなったんだよ」

 と、言語学者B。 

 

「そうか。まぁいい、とにかく今は、この文章通りに、光を使って降伏の意思を示さねばならない。でも、そんなこと、どうやって……」

 

「よく読め、石板の送り主は、光を生み出すとお前たちの星によくない影響があるが、石板が守ってくれると言っている。つまりは……」



 

 

 光を生み出す方法として、核爆発が選ばれた。


 核を使えば、爆発の影響、放射線の影響、電磁パルスの影響などが想定される。


 だが文章を信じるならば、これら悪影響なしに、核爆発が可能だ、ということになる。


 人類はその言葉を信じて、早速どれくらいの核爆発が必要か、計算した。


「世界各国の核弾頭かくだんとう保有数は、キャレモンが五千二百四十四、バイロンが五千八百八十九、ミューシャムが二百二十五、ストラスローが二百九十、ヴィヴィドレッドが四百十、アスカルが百六十四、ザンビオンが百七十、ザーマが九十、ヒットシアが三十……合計は一万二千五百十二! あとは文章を表すのにどれくらいの爆発が必要かが問題だが、肝心の点の数は幾つだ?」


「えっと……一万二千五百十二! 偶然でしょうか? 全く同じです!」

 

 計算の結果、石板の送り主に服従を表す文章を返すのに必要な光の数は、なんと全世界が保有する核弾頭の数と一致した。つまりは、メッセージを送るのに、全て核兵器を吐き出せというのだ。


 そこから、核弾頭を積むミサイルと、ミサイルの発射場を大量に作り始めた。


 

 __石板出現から一年後__


 

 石板に書かれていた期限の最終日きっかりに、全ての準備が整った。


 緊張の中、全てのミサイルが、世界中の発射場から打ち上げられた。


 「生き残りたい」という、皆の思いをのせて、真っ直ぐに進んでいくミサイル。


 それはもう、人を殺すための、世界を破壊する道具ではない。


 ミサイルは目標の高高度に到達した。


 そして、一斉に、ぜた。


 次の瞬間、世界中の石板から、真上に青白い光線が放たれた。


 光線は、空の果てまで届いたかと思うと、今度は空全体をおおううように広がり始め、シールドのように拡散した。


 石板が守ってくれるというのは、このことを言っていたのだった。


 星は、穏やかな沈黙に包まれた。


 それから数時間経って、一日経って、一週間が経っても、宇宙から何かがやってくるということはなかった。


 どうやら我々の「コウフク」の意思は伝わったようだった。


 気づけばこの一年間、キャレモン人バイロン人もミューシャム人も、人間は皆手を取り合い、協力していた。


 

***



 遠くの星の誰かがこう言った。


「よかった。我々の思いは伝わったようだ。もう、あれはなくなっただろう。幸福コウフクになってくれよ」


 その誰かは、人類が期限に何日遅れようが、攻撃する気など最初からなかったのだ。


 幸福の光を示すために、持てる核をありったけ使わせるというのは、一見、人類を無力化する手段に見える。


 しかし、これは人類が、未来永劫、核を撃ち合うことがないようにするための計らいだったのだ。


 〈完〉

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光の言の葉 加賀倉 創作(かがくら そうさく) @sousakukagakura

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