第???話:ワタシ達の冒険はまだまだ続く!…………え?

 そして、ついにその時がきた。


「上陸ゥゥゥーーーッ!!!」


 いかだが砂浜に触れた瞬間、ワタシはビその勢いのままいかだから飛び降りて、ダイナミックに着地! 遥か上空からワタシと共に落下する籠手の重さに砂が盛大に舞い上がることなんて一切気にせず、足元に広がる白い砂の久しぶりの感触を楽しむ。


 太陽の熱を吸収した砂の感触は、日頃の死と隣り合わせだった航海に疲れ切った足元に心地よく暖かい。足の裏に触れる砂の粒子は、まるで小さな温泉のようにワタシを癒してくれている。


 あまりにも久しぶりすぎて、ワタシは砂の柔らかさに驚く。足が沈み込んで、砂の中に埋もれる感覚。一歩歩く度に、砂の粒が足の指の間を通り抜け、滑り落ちる感触は、まるで細かい絹糸が足を撫でているみたいだ。


 魔王もすぐにワタシの後を追いかけて、小さな身体で砂浜を駆け回る。なんだ、案外もふもふの小動物的な可愛らしいムーヴもかますじゃあないか。どうやら、陸地を発見してテンション上がっていたのはワタシだけじゃなかったらしい。ブンブン振っている尻尾で丸わかりだ。


 じいさんはというと、砂浜の上ではしゃぎ回るワタシと魔王の様子を見ながら、慎重にいかだから降りていた。じいさんは相変わらずじいさんらしい無愛想な感じだけど、その髭に埋もれた表情のどこかに、安堵のようなものが混じっていたのをワタシの鋭い眼光は見逃さなかった。


「ワタシ達、ついにやったんだな」


 ワタシはじいさんに駆け寄りながら感極まる。ワタシの赤い瞳には感極まって涙が光り、胸の中に込み上げる感情を抑えることができなかった。社畜時代に完全に感情を失っていたと思っていたワタシだけど、泣く、なんてまだできたんだな。こんなふうに感動しただけ泣くなんて、なんて女子ってやつは泣き虫なんだ、と思っていた時期がワタシにもありました。これは、男女関係ない、嬉しいときは涙が出るほど嬉しいんだ!


 だけど、そんな感動的なシーンに思いっきり水を差すようにじいさんが口を開いた。


「いや、待つのじゃ、ガルニート、ここは……」


 だけど、じいさんが何かを言い終える前に、ワタシの足元にいた魔王が翼を広げて、ワタシの肩に乗る。黒い毛玉に頬をくすぐられながら魔王を見てみると、彼は何かを警戒するようにじっと砂浜の奥、暗い森の方をじっと見つめていた。


「この島、何か様子がおかしいぞ」


「ウソでしょ……?」


 魔王が呟く。その声にはかすかな警戒が感じられた。じいさんもその感覚に気づき、真剣な表情で周囲を見回す。……え、ガチで?


「何かがある……注意しなければ」


「え、急なシリアス展開に戸惑ってるんだけど」


 もっと、こう、新天地を発見した喜びをじっくりと、いつまでも堪能したかったんだけど。完全に、白い砂浜も青い海も過去のものになっちゃったけど。


「これは火山島ではないな」


「どゆこと?」


「そもそも島ですらない。この陸地は大陸に繋がっている」


「じゃあ、じいさんが目測を見誤ったとか?」


「いや、それはないはずじゃ。自分が創ったものをそうそう忘れるものか」


 島ではなく、大陸。それも、世界を創造した時には存在していなかった、じいさんにすらわからない未知の大陸。


 それが何を意味するのか、今の時点ではここにいる誰にもわからない。いや、もしかしたら、ワタシ達が新大陸を発見した可能性もなくはない。だから何だって話だけどさ。


 だけど、見えないものを見ようとしないで見て見ぬふりしていても、どうしても、次第にその土地の不穏な雰囲気に気づき始める。森の奥からは微かに低い唸り声が聞こえ、風が吹くときには寒気が背筋に走る。木々の間にがさりとちらつく影や、見知らぬ動物の視線がワタシ達の方をじっと見つめているような気がする。なんだなんだ?


「せっかく見つけた陸地が不穏な件」


 こうなるともう、この陸地の異様な気配に気づきながらも、決意を新たにするほかあるまいよ。まあ、ワタシはもはや何も失うものはない。


 それにだ。


 一番初め、訳もわからず、何も持っていないレベル0状態での異世界転生とは違って、今はじいさんと魔王という(生き延びるならば)頼もしすぎる仲間もいるし、サバイバル的な知識はあるし、レベルは2に上がっていて、ちょっとは魔法も使えるんだ。だから。


「何が待ち受けているかわからないけどさ、ワタシ達3人ならきっとどんなことも乗り越えられるって」


 ワタシの言葉にじいさんと魔王はゆっくりと頷いた。


 ワタシ達は手を取り合い、未知の冒険へと足を踏み出す。いや、その前に、いかだを近くの木に括り付けておく。いかだにはワタシ達の貴重な物資が載っているんだ、海に流されでもしたら大変だからな。


「というか、すごいシームレスに新たなサバイバルへと移行するじゃん」


 背後には広大な海が広がり、前方には神秘的で不穏な陸地が待ち受けている。太陽が徐々に沈み、空が黄金色に染まる中、ワタシ達の少し不格好でちぐはぐな影は長く伸びていく。


 新たな冒険の可能性と未知の危険が、ワタシのすぐ目の前で交錯している。新しい世界へ踏み入れるときって本来ならばこんな感じなんだろうか。


 こうして、静かな波の音と冷たい風の囁きを背に、ワタシ達最弱パーティは躊躇いながらも、ようやく一歩を踏み出したのだった。


 ワタシ達が歩いた後には、白い砂浜に3つの異なる足跡が残った。その足跡はいつか消えてしまうかもしれないけど、それでも、ワタシ達の冒険のはじまりの明確な証であり、新たな冒険のはじまりを告げるものでもあった。


「どう考えても普通の物語じゃないだろ、これ」


 思わず苦笑いを浮かべながらそうは言いつつも、それでも今は、白い砂浜の感触を楽しもうと思う。今までだってそうだったし、これからもきっとそうだろう。


「我は案外嫌いじゃないがの」


「ま、まあ、好き嫌いのへったくれもないけどな」


 伏線はまだほとんど回収されてないし、この世界のことも全然知らない。ワタシは自分の正体すらまだわからないんだ。それでも、ワタシ達は生き延びて生き延びて、そして、生き延びていくしかない。


「吾輩の冒険はまだまだこれからだ!」


「それ、本来なら魔王と対峙するやつが言うんだけどな」


 この物語は、ここで一旦誰の目にも留まらずに終わるのだろう。


 ワタシ達のこれからを知る者はきっといない。いや、もしかしたら、ワンチャン、チート能力とか手に入れてめちゃくちゃ伝説の勇者になるかもしれんか? いや、ここまで何もなかったんだ、期待しないでおこう。


 だけどさ、ワタシ達の冒険の日々はこれからも続いていく。


 新たな物語が待つこの地で、ワタシ達のうっすいサバイバル術が試される日々が続くのであった。


「よっしゃ、こうなったら、ワタシはチートスキルなしでも、冴えないおっさんでも異世界少女転生して大丈夫だと証明してやるで!」



           ――Fin……?

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チートスキルなしでも大丈夫!? 冴えないおっさんの異世界少女転生記 かみひとえ @paperone

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