ep9.宴の後に……
■後神暦 2652年 / 春の月 / 黄昏の日 pm 11:00
――ワスレナグサ 東屋
「ぶっはぁぁぁあぁっ!! つ、疲れた~」
「カカカ、よく頑張った、さすがワエのお前様じゃ」
ド緊張の婚儀を終えて、一息ついたオレたちを待っていたのは、ほぼ半日ぶっ通しの宴だった。
中々にハードな時間だったけれど、それも落ち着き、こうしていつもの東屋に二人で抜け出してきた。
「でも……皆に祝ってもらってさ、嬉しい事だよな」
「そうじゃな、まさか、こんな日が来るとは思ってもいなかった」
「オレもだよ」
世間に落胆された出来損ないの聖女の末裔、
世界に否定された
自分の境遇をレンと同列には見れないけれど、漠然と家族を持つことを諦めていた節がある。そんなオレも、こうして心から愛する人に出会えたんだ、人生って分からないものだよな。
こうして二人で並んで座っていると、しみじみと思う。
「……なぁレン、幸せになろうな」
「うむ、今も幸せじゃが、もっと幸せになろう」
お互いに手を重ねると、自然と笑みがこぼれてくる。
「楽しい思い出をいっぱい残してさ、たまに喧嘩なんかもするかもしれないけど、仲直りして、もっとレンが愛しくなると思う」
「ああ、どんなことも、お前様とのものならば、振り返ればきっとワエの生きる糧になる」
「じゃあ、糧をたくさん作る為に長生きしないとな!」
「カカカ、そうじゃな、期待しているぞ!」
寿命の差は、どうしたってオレたちについて回るけれど、自分なりに答えは出している。いつかオレの命が尽きても、思い出の中でレンを支えられるように。
「ま~た自分が死んだ後の事を考えておるじゃろ?」
「分かっちゃう?」
「夫婦じゃからな! 心遣いは嬉しく思うが、心配ないぞ。
身体はいつか朽ちよう、ワエもいずれそうなる、早いか遅いかの違いだ。
しかし心は朽ちぬ、ワエはそれを知った、お前様のお陰だ」
「そっか……」
「これからも、ワエらは心を育むんじゃ、大きく、大きく。
共に歩んでいくんじゃ、喜びながら、怒りながら、泣きながら。
しかし、最後は笑うんじゃ、きっと」
「うん、オレもそうなると思う」
「それにな、お前様が逝ってしまってもワエは孤独にはならん。
この東屋のすぐ横に、お前様がひっくり返るくらい立派な墓を建ててやるぞ。
綺麗に磨いて、ワエが作った花器に折々の花を挿して彩ろう。
そこでワエは毎晩、晩酌をするんじゃ」
「いいな、それ。オレも寂しくなさそうだ」
「じゃろう? だからもっと目先を楽しむことも大切じゃ」
宴席から持ち出した酒瓶を傾け、二人のお気に入りの盃へ酒を注ぐレン。
差し出された盃を受け取り、オレも一気に飲み干す。
「うむ! 酒を呑み、二人で笑う、気取ったことはいらん。
お前様と過ごす、その時々の出来事がワエには何より愛おしく思うぞ」
「だな、オレもレンとの一緒なら、どんなことも楽しいよ」
盃を煽り、唇を親指でぬぐったレンは、少しだけ真剣な面持ちへ変わった。
「……本音を言うとな、お前様が死んでしまったら、ワエはきっと大泣きすると思う。
「そう……だよな、ごめん」
「謝るな、後ろ向きなことを言いたいワケじゃないんじゃ。
それに、ワエはお前様が思い出で支えてくれると言った言葉を信じておる」
ざあ、と夜風が吹き抜けた。なびく髪を長い耳へかけてレンは続ける。
「ワエにたくさんの思い出をくれ、いつも傍にいてくれ。
苦楽を共にし、お前様がやがて老いたときはワエが支えてやる。
だから、ワエが一人になったその時は、お前様がワエを支えてくれ」
「もちろん、任せてくれよ」
森の奥にひっそりと佇む、鬼のお宿『ワスレナグサ』。
偽物の聖女の末裔と蔑まれ、国から逃げてこの宿の従業員になった。
あの頃は、こんな巡り合わせで、こんなに幸せになれるなんて思っていなかった。
まったく、この世界の神様は悪戯好きで、とてもお節介だ。
「命の永さに違いがあろうとも、ワエの覚悟は決まっておる」
ああ、オレもだよ。
「愛しておるぞ、アレクシス」
――オレも愛しているよ、レンカク。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『聖女の末裔は鬼のお宿の従業員 ~孤独を持て余した神はお節介~』をお読み頂き、ありがとうございます!
アレクシスとレンカクの物語は一旦の区切りとなりましたが、別視点の話を挟んで本当に物語が結びとなります。
一つは、これまで何度も挟んでいた「レンカクside」。
もう一つは、レンカクの母親、スイカクの話。
スイカクはティスタニア(メルミーツェ)と何を話したのか?
そもそもメルミーツェって何者?
などを語らせてください。
ですので、もう少しだけ、お付合い頂ければ幸いです。
聖女の末裔は鬼のお宿の従業員 ~孤独を持て余した神はお節介~ きんくま @kinkuma03
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