占い屋「夜凪」

 友人二人とスラバで新作ドリンクを楽しみ、同じのを追加で二つ買ってから別れた結月ゆづき

 予想外の美味しさに少し表情を緩ませながら、あまり制服の学生には似合わない、少し古い景観の小ビルへと足を運んでいた。

 

「失礼します」


 心なしか急な階段を上り、二階の少し雀荘を通り過ぎて三階へ。

 そして『夜凪』というちょっと怪しい看板の付いた扉を開け、欠片の緊張もない声で挨拶しながら進んでいく。

 

 少しくらい暗いが落ち着きのある、訪れた者に不快感を与えない色合いな無人の受付。

 進んだ先にあるのは中央のテーブルとソファ、奥の責任者が不敵に構えていそうなデスク。

 そしてごく普通の応接間ながら、真ん中のテーブルの中央で異様に存在感を放つ水晶玉。


 相変わらず適当な店内だと結月ゆづきが思っていると、唐突に迫る鋭い気配。

 結月ゆづきはそれを感じ取ったと同時に手に持つ袋を放り投げ、魔力を帯びた右拳を背後へと振り向き、もふりと柔らかい感触に見舞われてしまう。

 

「うーさぁー!」


 殴られて、獣っぽくない鳴き声を発しながら空へと舞うウサギ。

 その直後、その一匹が弾かれたのを口火に数匹のウサギ四方から同時に飛び出してくる。

 それぞれが剣、盾、肉球、チェーンソーを持ちながら結月ゆづきへと迫る。

 獰猛な獣たちを前に、結月ゆづきは何ら動じることもなく青い鏡を一つ空に出現させると、四匹のウサギを瞬く間に撃ち落とした。


「三十点。一手目から実にくそ対応、だから今月のバイト代は三割削減よ」


 ふう、と小さく息を吸う結月ゆづき

 そんな少女にきつい口調で告げながら、黒髪の美女は落ちてくる袋と一匹のウサギをキャッチし、一番座り心地の良さそうな一人用の椅子へと深々と着席し、どさりとデスクに足をのっけてしまう。


「……法律違反ですよ、美兎みとさん。最低賃金は千と百六十──」

「黙らっしゃい。ここは私の店。よって国であり私こそが正義。故に口答えは認めない、罰として半額ね」


 柄長い髪を下ろした、皺の付いたスーツ姿の黒髪の女性。 

 彼女の名前は美兎まりな。この占い屋『夜凪』の店長であり、旧い魔法少女の生き残り。

 そして結月ゆづきの現雇い主でもある彼女は目の前で起きた一瞬の、非現実的な戦闘に何ら動揺することもなく、膝の上に置いたウサギを撫でつつ袋からカップを取り出し、遠慮の欠片もなくストローに口を付けた。


「……ふん、オレンジ味。悪くないけどパンチがない。やっぱりアルコールが足りないわ」

「勝手に飲まないでください。私のだったらどうするんですか?」

「残念、どうせ経費で落とすんだから私の物よ。嫌だったら来る前にでも飲んできなさいな」


 結月ゆづきは不安げに頬を膨らませながら、部屋にあるポッドを使い慣れた手つきでお茶を淹れる。

 急須にお湯を入れ、少し待ってから深緑の渋い湯飲みへと注いでいき、だらりと姿勢を崩したまりなの側へと優しく置いた。


「……くうたまんない! やっぱ日本茶こそ至高! 三十手前のくたびれた五臓六腑に染み渡るわぁ!」

「毎度思うんですけど、転がっているお酒の缶を未成年が掃除するのってどうなんですか。というか店内でそのまま飲むのってどうなんですか」

「にしては慣れてるじゃない。健気に使われている女って感じが最高よ、私好みのスタッフって感じ」

「それはどうも。貴女に拾われるずっと前から、もっと臭い吸い殻やつの掃除を心得ていますから」


 気怠そうに座る女の小言を流しつつ、さくさくと部屋の掃除を進めていく結月ゆづき

 部屋の清掃、受付等での客の対応、店の主たるまりなのご機嫌取り。

 これが結月ゆづきのバイト内容。占い屋『夜凪』における唯一の学生スタッフに任された仕事だった。


「それで今日の客入りは?」

「嫌味? 知ってるでしょ? ここ、完全予約制なんだから」

「そうですね。今日も昨日も明日も零。今週の売り上げは三千五百円、二件のみです」


 モップで床を掃く結月ゆづきがすっかすかの予約を嫌味ったらしく口にすると、まりなは膝に乗せていたウサギをぶん投げ、苦々しげに顔を歪める。

 弧を描き壁へとぶつかろうとしていたウサギは結月ゆづきの出した鏡に受け止められ、地面に下ろされると助けてくれた少女へ一礼してからゴミ拾いを始めていく。

 結月ゆづきはそんなウサギのひょこひょことした動きに目を細めながら、てきぱきと掃除を進めていった。


「いい加減ちゃんと集客しましょうよ。これじゃ近いうちに潰れますよ?」

「んーそうね。じゃああんた、宣伝用に動画でも作る? 美少女JKが働くよく当たる占い屋、中々売れそうじゃない?」

「いいかもしれませんね。学生バイトに顔出しさせる悪徳女店主の占い屋、きっと人気出ますよ」


 淡々としながらも、呆れ混じりに結月ゆづきが口にした皮肉。

 それを聞いたまりなは「可愛くないガキ」と呟きながら新たなウサギを出すと、白い体を揺らしながら冷蔵庫にまで跳ね進み、器用に中からカステラの入ったタッパーを取り出して戻ってきた。


「別にいいのよ。そこらの三流と違ってちゃんと当たる、知る人ぞ知る占い屋。その謎の美人店主って響きが私という輝きをより高めてくれるの。分かる?」

「まあ、それでバイト代払えるならいいですけど。実質無職なのにどこからお金出してるんです?」

「……ガキが知る必要はないわ。反則ながら正規の手段だから安心なさいな」


 片方の手で結月ゆづきに手を払う動作をし、もう一方の手でタッパーを開け、小分けされたカステラを指で摘まんで口へ放り込むまりな。

 そんな様子に結月ゆづきは呆れながら、食器棚から皿とフォークを取り出しテーブルに座ると、ぴょんぴょんと跳ねてきたウサギがタッパーを持ってきてくれたのでカステラを二きれ皿に取り、ウサギの頭を優しく撫でた。

 

「それで? 進展はあったの? 最近著しく増加している澱みの発生の原因ってのは」

「……ないですよ。昨日も三体消した程度で、それ以上の情報なんてないです」


 まりなが尋ねてきた問いに対し、結月ゆづきは不満気に顔を逸らしてしまう。

 それは一月ほど前から発生数が上昇している澱みについて。

 日を追うごとに増えている澱みの発生に対処すべく、東京の魔法少女の大部分は統括会オイルを筆頭に精力的に活動しており、結月ゆづきも単身で調査を進めていた。


「少し気になるのは消した際の手応えが違うときがあることですね。砂糖だと思ったら塩だったみたいな感じです」

「立派な考察材料じゃない。私らと違って力押しで解決出来ない小娘なんだから、そういう細かな発見は大事にしなさいな」


 悩む結月ゆづきへにやつきながら、湯飲みを手に取りずずずと茶を啜るまりな。

 そんな結月ゆづきは恨めしげに視線を向けるが、無視するように目を瞑ってお茶の風味を堪能していた。


「……大人げないですよ。美兎みとさんが手伝ってくれればすぐ解決するのに」

「嫌よ。有象無象がどうなろうともう私には関係ないこと。どうせ終わる世界でやってられるかって話よ」


 世界は終わると、やけの混じっていそうな具合に吐き捨てながらカステラを頬張るまりな。

 

 その事実はこの場の二人、そして残り一人の魔法少女以外は知るよしもないこと。

 二年前の戦い。その時代の魔法少女を相手取っても蹂躙出来るであろう、旧い時代の魔法少女が戦い負けた誰も知らぬ戦い。

 統括会オイルが原因不明の魔力事故と結論づけ、唯一の物証である黒い箱の押収と共に捜査を打ち切ったでこの時代の魔法少女の一切が真相へ辿り着く機会を失った決戦。


 放置すれば世界が滅び、少なくとも命の大半数は失われるであろう災害。

 結月ゆづきの憧れで、大好きだった師の──ラブリィベルこと鈴野姫すずのひめに託された未来のために挑まなくてはならない試練であった。


「ほんと感謝しなさいよね。あのヤニカスに重い責務を託された悲劇の小娘を、こうしてこの私が拾って鍛えてあげてるんだから」

「……じゃあせめて占いで示してくださいよ。向かうべき場所というやつを、師匠自らが」


 カステラを食べながら、不満気に、口を細めて言葉を投げる結月ゆづき

 だがまりなは両手を上げ、少女を何も分かっていないとばかりに鼻で笑い、やれやれとばかりに首を振ってしまう。


「残念、占いなんて所詮は統計と話術よ。気休めにしかならないわ」

「夢がないですね、魔法少女なのに。本物の占いはないんですか?」

「まあいないこともないわよ。実際私の知り合いにそういう類のがいたわ。もう死んだけど」

「………ほんとに嫌な人ですね。お姉さんとは大違い」

「嫌なやつで結構。あんなツンデレで半端なお人好しと一緒にされてたまるもんですか」


 けっ、とまりなは誰かの姿を思い出したのか忌々しそうに顔をしかめ、再びお茶を口を付ける。

 それを最後に、しばらく訪れる静寂な時間。

 結月ゆづきはやることもないと課題を広げて勤しみ、まりなはデスクのパソコンをいじりながら適当に時間を潰す。

 そうしてしばらく経ち、窓から見える空はすっかり黒に染まり、時計の短針は七に触れた瞬間じりりとけたたましい音が部屋中に響いた。


「はい仕事終わり。これから大人の時間だからとっとと失せなさい」

「……どうせだらしなくお酒飲むだけなのに」

「そうよ、悪い? なるほど、


 課題も早々に終わり、部屋の軽い整理とウサギを愛でていた結月ゆづきは帰りの支度を始める。

 そんな少女に一拍遅れながら、雑誌を顔に乗せて寝落ちしていたまりなが目を覚まし、鬱陶しげに手を帰れと手を払おうとしたが、何かに気付いてその手を止めた。


「……まだいるじゃん。ねえ、今更だけどあんた分かってる?」

「何がです?」

「外のあれよ、あれ。根暗なくせに友達でも出来たわけ?」

「違いますし友達は他にいます。私はお姉さんを見習って前向きに生きているので、美兎みとさんみたいに寂しくて嫌な大人じゃないです」

「はあ? あいつこそ寂しい大人の典型……ああいや、あいつには生涯お付きの畜生がいたわね。ちっ」


 まりなは何かを、具体的には勝ち誇ったようにダブルピースしている狐を脳裏に思い出して舌を打つ。

 ちなみに浅くも含めた友達数で言えば旧世代で最も少ないのはまりなであり、畜生などと罵った狐女が一番多いのだがそれはまあ別の話だろう。


「どうにも魔法少女お客様じゃあなさそうね。可愛らしく手帳とカメラなんて携えちゃって、お約束どおりに電柱の影から待ち伏せちゃって。……もしかして、他の占い屋の偵察かしら!」

「ないですね。私と同じ学校の生徒ってだけです。新聞部で、少し好奇心の強い人。昨日澱みから助けたからかは分かりませんが、私に目を付けられちゃって」

「……つまんな。一銭も生まなさそうなガキのお遊びなんて微塵の価値もないわ」


 窓を背にしながら、まるで見ているかのように断言しながら立ち上がるまりな。

 そんな浮かれた女を結月ゆづきがばっさりと否定すると、すぐさま興味をなくしてふてぶてと椅子へ腰掛け直した。

 

「ま、あんたの客なら適当に、そして早々に処理しなさいよね。興味本位のカタギの追跡って意外と面倒なもんよ」

「……経験あるんですか?」

「昔の話よ。まだ魔法少女わたしらをゴシップにしようとしていたカスがいた時代。……魔法少女を取り巻く何もかもが血生臭かった、ガキ共が知らなくていい時代よ」


 今がどうなっているのかは知らないけどと。

 まりなはどうでもよさそうに口にしてから、再び雑誌で目を隠してそれ以上語ることはなく、結月ゆづきもそれを深く聞こうとせず、小さくため息を吐いてから立ち上がる。


 旧い時代の話。お姉さんこと鈴野姫すずのひめが、正真正銘現役の魔法少女として活動していた過去の話。

 それがどんなものであったのか。鈴野姫すずのひめ──ラブリィベルはどのような活躍をしていたのか。

 当然結月ゆづきも知りたいのだが、何度それを聞いても答えてはもらえることはなく。今回も雰囲気的に例に漏れないと、何となく理解しているからだ。


「時間ですのでそろそろ帰ります。美兎みとさん、お酒はほどほどにしてくださいね」

「うっさいわよ。あの馬鹿ほどじゃないけど、魔法少女がアルコールに負けたりしないっつーの」

「……どうして昔の魔法少女ってこうなんでしょうね。不健全な人ばっかりです」


 ヤニカス、ストーカー、そしてアルカス。

 知っている旧世代達の醜態に呆れつつ、結月ゆづきは軽く一礼してから占い屋を後にする。

 

「……はあっ」


 階段を降り、建物を出て駅までの道を歩く。

 結構な時間を辛抱強く、定番らしくあんパン片手に電柱の裏でこちらの様子を窺いながら、後に続くよう動き出した制服の少女。

 この分だと家まで付いてきそうだし、鏡界ホール経由で帰宅すれば良かったと。

 結月ゆづきは思わずため息を吐きながら、されど気付いて対処するのも面倒だと気にすることなく帰路についた。

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無職少女ラブリィベル わさび醤油 @sa98

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