第3話レイヴァスとの邂逅

 晩御飯が終わった後の俺の習慣は、街はずれの雑木林で大剣で素振りをする。 体の小さい俺には大剣は大きすぎるし重すぎる。


 でも、諦めるわけにはいかない。 指先や腕が震えながらも、一回、また一回と剣を持ち上げ、振り下ろす。


 手のひらが血だらけになる。 筋肉痛がひどい。 今は少しずつしか振れないけれど、軽々と振れるようになれば最高だ。素振りをしながらドラゴンを豪快にぶった斬る妄想をする。


 思わず頬が緩んでしまう。こんなところ、他人には見せられない。この場所は周りが竹ばかりなので、人はまず入ってこない。俺が切り開いて人が入れるスペースを作った。 ここのことを俺は秘密基地と呼んでいる。


 一人でいられるから、快適だ。 ぼっちの特権だ。いや、待てよ。ぼっちって何だ? 独りぼっちのことか? それに一人でいられるのが快適? よくわからないな。


 俺にはサラと母さんという家族がいて、一緒にいて嫌どころか、常に一緒にいたいくらいだ。 親方と過ごす時間も嫌いじゃない。


 でも、遠い昔俺は一人でいるのが好きだった気がする。 それがいつなのかも、何故なのかもわからない。


 それに秘密基地? なんだ、それ? 当たり前のように使っているけれど、どこで覚えた言葉なんだろう。


 そんなことを考えていると、また頭にレイヴァスという言葉が浮かんできた。

 銀髪の人物のシルエットが頭に浮かぶ。


 顔はもやがかかって判然としない。 手には漆黒の長刀を手にしている。駄目だ……それ以上思い出そうとすると、頭が痛くなる。


 俺が指を動かしているイメージも浮かんでいる。手元に何か持って、それを指で動かす……? コントロールする……? イメージだ。


 コントロールという言葉から、コントローラーという言葉も浮かんできた。

 何だろう? それに頭に浮かんでいる物体はなんだろう? テレビ? 何だそれは? 映像が映し出されている。


 魔法使いが、魔法で空間に映像を映し出しているのを見たことがある。あの光景を見た時は心底驚いた。


 でもそれとも違う。 空間ではなく、箱形の物体に映像が映し出されている。

 とても色鮮やかだ。


 レイヴァス? テレビゲーム? ぼっち? 頭の中にフレーズが溢れてくる。

 俺はそれを振り払うように剣を振る。


「どういうことだ? どういうことだ?」


 俺は頭の中の考えを振り払うように、大剣を振る。中々消えてはくれないが。こんなこと他人に言ったら変人扱いされるだろう。 でも、とても大事なことのような気もする。俺がここに存在している理由のような気もする。


 それに精神を集中するために、この大剣を振っていると、余計にイメージが強くなっている気がする。


 大剣? ファンタジー? RPG? また別のフレーズが頭に浮かんでくる。

 大剣はわかるが、ファンタジー? おとぎ話のようなものだろうか? RPG? まったくわからないな。


 だが、何故だかわからないが、そのことを考えていると心がとても高揚した。力が溢れてくる気がする。 本来の自分の力を超えて、なんでも出来る気がする。


 それこそドラゴンをぶった斬ることなんてことも。能力が数字で可視化されている。面白い。


 俺が現在暮らしている世界では、あらゆることは数字で可視化されていない。 もちろん、店の商品は値段が決まっている。そうしないと、買い物ができないからだ。


 だが、俺の頭に浮かんでいる世界では、人々全ての能力が可視化されているわけではないようだ。特定の人々だけだ。


 目的をもって旅をする冒険者や勇者と呼ばれる者たち。その敵陣営にはモンスターや魔族と呼ばれるものがいる。


 モンスターはわかる。ドラゴンもモンスターの一類型だ。魔族もわかる。この世界にはいないが、おとぎ話で語り継がれている。人型だが、漆黒の角や尻尾が生えている。


「ふふ……」


 思わず想像して噴き出してしまった。人間に尻尾が生えている。見てみたいな。 俺が知らないだけで、本当はこの世界に生息しているのかもしれない。 想像以上に世界は広いのかもしれない。


 俺は大剣を地面に突き刺して妄想していた。退屈に見えていた世界は実はもっと可能性を秘めているんじゃないかと。


 遊戯に見えるテレビゲームも可能性を秘めているし、パソコンというフレーズも頭に浮かんできた。


 テレビという物体に似ている気もするし、違う気もする。 いつかそれが何なのか見てみたい。俺が勝手に頭の中で妄想しているだけで、実際にはないかもしれないが。


 そう考えていると、ぼっちという概念も理解できた。 テレビゲームやパソコンというものはわからないが、熱中しているものを他人に邪魔されたくないんだな。


 親方も一人でトンテンカンテンと鉄を打っている。カランコロンと店の鐘が鳴ると、少し顔を顰めてしまう。あれは熱中しているところを邪魔されたくないんだな。 職人の性というものか。一流の職人は孤高なんだな。 俺も覚えておかないと。


 妄想が楽しくなってきたが、そろそろ素振りに戻らないと。


「随分精が出るな。大剣か? その体でよく振れるものだ」


 背後に気配を感じる。いつの間に。全身に鳥肌が立ち、冷汗が噴き出す。


 人がいるからではない。その人物が問題なのだ。恐怖心はあるが、振り返る。

 全身が雷に打たれたような衝撃が走る。


 美しい銀髪を靡かせる美しい少年。 触れれば折れそうなほどの細い体。

 その手に握られているのは、妖しい光を放つ漆黒の長刀。


 死者と見紛うほどの、異常な白い肌。 見間違うわけがない。


「レイヴァス……」


 俺の前世の記憶は呼び起こされていた。予期しない邂逅によって。

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何の変哲もないモブキャラに転生しましたけど、何故かラスボスと裏ボスが堕ちるはずの闇堕ちフラグをぶっ壊してました~世界を滅ぼすほどの極悪人になるはずの奴らが世界を救うほどの善人になっちゃいました~ 新条優里 @yuri1112

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