第2話鍛冶屋見習いエヴァン

「いってきます。母さん、サラ」


「いってらっしゃい、エヴァン」


「いってらっしゃい、お兄ちゃん。早く帰ってきてね」


「ああ、いい子にしてるんだぞ、サラ」


「うん」


 俺はエヴァン。 貧民街のぼろ屋で暮らしている。 父親は早くに亡くなり、体が弱い母親と、幼い妹と三人暮らしだ。 同年代の子たちは学校に通っているが、俺は早くも働いている。


 学校に行きたいというのも本音だが、家族を養わなければならない。 仕事は鍛冶屋で下働きをしている。


 はずなんだが、どうもおかしい。 なにかひっかかることがある。 俺の頭の片隅によくわからない想いが過ぎることがある。 これがなんなのかわからないけれど、とても大切なことのような気がする。


 思い出そうとしても思い出せない。 レイヴァス……? 人の名前……? 駄目だ、思い出せない。 思い出そうとすると頭が痛くなる。


 気にはなるが、今は仕事に集中しないといけない。 早く稼げるようになって、母さんとサラを楽させないといけないから。




 仕事場に到着した。


「おはようございます、親方」


「……ああ、おはよう、エヴァン」


 鍛冶屋では親方と二人で働いている。 学校に通っておらず学がない俺を雇ってくれた恩人だ。 筋肉隆々の屈強な職人で、とても無口だ。


 からんからーんと、入り口の鐘が鳴る。 お客さんが入ってきた。 お客さんとのやり取りは俺の仕事だ。 親方は無口で、人とあまり喋りたがらないので任せてもらっている。


「この剣には火の魔石を、この剣には雷の魔石を、この剣には……」


 お客さんから注文が入る。 俺はそれを注意深く聞きながらメモを取る。 剣に魔石をはめ込み特殊な加工をすることで、属性効果を付与することができる。 魔物に弱点属性で攻撃すると大ダメージが与えられるらしい。


 防具も同様に魔石をはめ込むことで、属性攻撃を軽減できるらしい。 魔法使いや、賢者なら弱点属性を把握できる魔法を使うことができると聞いたことがあるが、俺には関係のないことだ。


 俺は魔法職でもないし、戦闘職でもない。 鍛冶屋でもなく、鍛冶屋見習いだ。 モンスターとの戦闘なんて俺とは無縁の世界だ。 早く一人前の職人になるのが俺の目標だ。


 でも、おかしいな。 何故かモンスターと戦闘したことがある気がするんだよな。 剣も魔法も使えない俺がそんなことあるわけないんだけど、とても懐かしい記憶のようだ。 といっても、俺はそんなに長く生きてるわけじゃないから気のせいか。


 装備に魔石をはめ込むための穴を加工する技術は、ドワーフの技術らしいが、親方は人間なのにそれができる。 ひげもじゃ顔なので、もしかしたらドワーフなのかもしれない。


 お客さんから前金をいただく。 商品が完成したら、代金と引き換えに渡すことになっている。


 お客さんから説明してもらった依頼の内容を親方に伝える。 親方は言葉少なに頷く。親方は早くも作業に取りかかる。寡黙だが、作業している時は集中していてかっこいい。 俺もよく見て技術を盗まなくては。


 接客以外で俺の仕事は雑用がある。 必要な資材の買い出しや、親方の食事の買い出しだ。


 親方は鍛冶は得意だが、料理はまったくしない。 俺は料理は出来るが、作業場に調理器具がない。 親方が余裕をもってお金を渡してくれているので、店で適当に見繕ってくる。




 仕事が一段落してきた。 一日の仕事が終わると、親方は俺の話に付き合ってくれる。 俺は一人前の鍛冶職人になるという夢があるが、他にも夢がある。 冒険者になるというものだ。


 何故かモンスターと戦いたい欲求が襲ってくるからだ。 そして、ドラゴンを大剣でぶった斬りたいと思っている。 そんな馬鹿げた話にも親方は笑わずに聞いてくれる。


 もちろん、冒険者になったからといって、鍛冶屋はやめない。 二足の草鞋というやつだ。


 俺の夢を親方に話すと、鍛冶屋を首になるかと思ったが、親方は俺の夢を応援してくれた。 錆びた大剣をくれたのだ。


 大剣をくれたのは俺がドラゴンを倒したいといったからだろうか。 巨大なモンスターを倒すには、強大な武器が必要だ。


 俺はそれを毎日街はずれの雑木林で振っている。切れはしないが、練習にはなるだろう。 俺はふと親方にあることを尋ねた。 いつも頭の片隅にあることだ。


「親方、レイヴァスって何か知ってます? よくわからないんですけど、いつも頭の片隅にあるんですよね。気になっちゃって」


 親方は顎髭を触りながら考え込んでいる。

 

「おお、そうだ」


 何か思いだしたようだ。


「レイヴァス様といえば、ブラッドヴェイン公爵のご令息じゃねえか。お前が言っているレイヴァスと一緒かわからねえが。もしそうだったら、失礼のないようにな。不敬を働くと打ち首だぞ。そういや、ブラッドヴェイン家が不思議な注文をしたことがあったな。剣に闇魔石を付与してくれだなんて。闇魔石なんて取り扱ったことないから、どうなることかと思ったが、上手くいってよかった、がはは。どこで闇魔石なんて手に入れたんだろうな」


 無口な親方が珍しく饒舌だ。 それほどブラッドヴェイン家というのは凄い家柄なのだろう。


 豪快でぶっきらぼうな親方が、様とかご令息なんて言うなんて。 親方が言うように、俺の頭に浮かんでくるレイヴァスというのが、ブラッドヴェイン公爵家のご令息なのかはわからない。


 でも、とても気になる。 親方のさっきの説明をどこかで聞いた気がする。 どこだろう? とても懐かしい。遠い遠い記憶のようだ。


「お疲れ様、エヴァン。今日はもう上がれ」


「はい。お疲れ様でした」


 給金を受け取って店を後にしようとすると親方に呼び止められた。


「エヴァン、無茶するなよ。お前にはいつまでもいてほしい。早死にするなよ」


「? はい、もちろんです」


 無茶? 何のことだろう? 俺は戦闘職でないし、命の危機なんて中々起きるものではない。 将来冒険者になるという夢はあるが、大分先のことだ。


 でも心配してくれるのはありがたい。 父親がいない俺にとっては親方が父親代わりだ。 軽々しく危ないことはしないでおこう。 親方のためにも。





 帰宅する前に市場で食材を買わないといけない。体が悪い母さんのために栄養があるものを。 サラは甘いものが好きなので、お土産も買って帰る。


「悪いね、エヴァン。仕事をしているのに鍛冶まで。私の体が良ければ」


「気にしないで、母さん。ゆっくり寝てて。金が貯まったら教会で僧侶様に診てもらおう」


 俺の方こそ申し訳なくなる。 もっと金があれば良い暮らしをさせて上げれるのに。 そのためには早く一人目にならないと。


「お兄ちゃん、おかえり。お土産は?」


 サラに焼き菓子を一つ渡す。


「今から晩御飯だ。一つだけだぞ。あんまり沢山食べるとお腹いっぱいになって食えなくなる。残りは明日にでも食え」


「え~」


「駄目だ」


「ちぇっ、わかったよ~だ」


 サラのためにも甘やかすわけにはいかない。 ここはしっかりと教えておかないと。


 料理が完成した。 パンとスープとサラダだ。毎日似たような献立だ。 もっとバリエーションを考えないとな。 スープにパンを浸して食べていると、母さんが心配そうな顔で俺を見ている。


「どうしたの? 母さん」


「ううん。エヴァン最近悩んでるんじゃない。考え込んでいる顔しているし……仕事上手くいってないの?」


 母さんを心配させてしまった。 家族の前であんまり考え込むのは良くないな。


「いや、仕事は上手くいってるよ。親方はいい人だし。でも……」


「でも、どうしたの?」


「最近、頭によくわからない言葉が浮かんでくるんだ。レイヴァス――」


「駄目よ、エヴァン。ブラッドヴェイン公爵様のご令息を呼び捨てにしては。どこで誰に聞かれているかわからない」


 レイヴァスといえば、ブラッドヴェイン家のご令息のことを指すのが常識なのか。

 俺の頭に過ぎってくるものと同じかはわからないが。


「心配しないで、母さん。最近、その言葉が何故か頭に浮かんでくるだけで、ブラッドヴェイン公爵様のご令息のことを言ってるんじゃないんだ。なんなんだろうね、ははは」


 俺の頭に浮かんでいるレイヴァスと、ブラッドヴェイン家のレイヴァス様が違っているとも言い切れない。だが、ここは母さんを心配させないためにも、違うと言っておいたほうが得策だろう。


「そうなの……そうだとしても、あまり人様の前で言わないほうがいいわ。誤解を受けるから」


「わかったよ、母さん」


 これからは気をつけないといけない。 だが、もしそういう事態になったとしても様を付ければ大丈夫だろう。


 それにしても本当に同一人物なのか気になるな。まあ、身分が違いすぎて会うこともないだろうが。

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