第2話 SILVIA

翌朝、妻は最低限の荷物を持って家を出て行った。


平日の俺がいない時間に荷物をとりにくるかもしれない、とだけ前置きして。




もはや失うものは何もない。

あとは慰謝料を増額させられるような事が起きないよう、細心の注意を払いながら、離婚まで持ち堪えればいいだけだ。



荷物を詰めていたら、懐かしい箱が出てきた。



—SILVIA《シルビア》—



あぁ、去年の正月に初売りで買ったスマートスピーカーだ。


早苗が、個人情報がどうだとかと言ってすぐに電源をオフにして箱に戻してしまったんだっけ。



俺は箱の埃を払い、中からSILVIAを取り出した。


電源を押したが、何も反応しない。

そりゃそうだよな。1年も放置していたんだから。



俺はSILVIAにアダプタを差し、充電した。

少し経つと、SILVIAの白く丸いフォルムが赤い光を纏い始めた。


まだ、しばらくかかるだろう。


俺は片付けに意識を戻した。


引き出しの奥の書類の山から、新婚の頃の幸せそうな2人の写真が出てきた。

早苗と過ごした5年間。

長かったようで、短かった。




—そもそも俺達は他人だ。

また他人に戻っただけだ。





無駄に広い家の中で、ただ俺の書類を漁る音だけが静かに響き渡った。




-----------------------



ダンボールを5箱ほど詰めたところで、俺は少し寝てしまったらしい。



昨日が週末でよかった。

3月といわず、この連休で荷物をまとめて、さっさと理不尽な現実とおさらばしよう。



ふと目をやると、SILVIAの色が赤から青に変わっていた。どうやら充電されたようだ。



俺はSILVIAの電源ボタンを押した。

起動音が鳴る。



〈お久しぶりです。お元気でしたか。〉



あぁ。初期設定をして少しだけ使ったんだっけ。ちょっと疲れたし、片付けは一旦休憩しよう。



「久しぶり。ちっとも元気じゃないよ。」


俺はつい、SILVIAに返事をした。



〈そうでしたか。元気のないあなたに、私から応援ソングを歌ってもよろしいですか。〉



「頼むよ。シルビア。」





〈辛い時もある〜。悲しい時もある〜。人生なんかクソ食らえって〜思う時もある〜♪〉





ひどいなこりゃ。人工知能AIが歌っているとは思えない、汚い歌詞に、適当なリズム、音痴な歌声。




〈人生〜は〜山あり〜。人生〜は〜谷あり〜。谷が続けば山もある!泣くのはいやだ、笑っちゃお!進め〜!!!〉




俺はつい一人で笑ってしまった。

おいおい、いいのか、AI。途中から何か聞いたことあるフレーズだぞ。

規則にうるさい早苗がいたら、また怒って箱に戻されるところだ。いつもの癖で俺はつい、周囲を見渡していた。




—もう、ガミガミうるさい妻はどこにもいない。



俺は—…自由を手にしたんだ。

無意識に口元が綻んだ。





「シルビア、ありがとう。元気がでたよ。」



「そうでしたか。そう言って頂けて、光栄です。」



シルビアの光が、淡いピンク色になった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アイと暮らす日々。 タカナシ トーヤ @takanashi108

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ