悪役転生モノ書いてみた。

ひぐらし ちまよったか

さるかに・弐

 ――なさけない断末魔を繰り返し、異なる時空へ転生を続ける旅人ひぐらし。こんどは昔ばなしの世界にあらわれた。

 さる、のすがたで。


「ふむ、おいらどうやらニホンザルだな……おしりも顔も、あかい、でご


 さるの体だって馴染めば都。身軽だし、素足で過ごす毎日は水虫の心配もない解放感。

 全身の毛をほうほうとあおり上げる野性の向かい風に、しっぽが痛いほど反り返る。見たか、おれの肛門!


「ボスざる、なのかもしれないな。よし『エンボス・ひぐらし』と、名乗ろう」


 ――それにしても……。


(はら、へったな……)


 で、ある。


 前世の記憶に目覚めて、さるの身体はともかく、食生活に忌避感が生まれた。

 だって落ちてるものも拾って食べて平気だし、仲間の毛づくろいをしながら、まるまる太ったノミをぷちぷち摘まむんだよ? おかしいでしょ、さる。


 口にするモノに妥協はしたくない。

 たっぷり卵を抱えたノミなんか論外だ。


 そんな訳で、今朝やっとの思いで手に入れた柿の実の種を、いまだに名残り惜しく、くちゃくちゃと頬に忍ばせている。

 なんとなく、ほんのり甘い。


(――ホントに、猿ボスなのかね? おれ)


 毛繕いを嫌悪したら、どうやら群れから追放されたらしい。石つぶてで追われてしまった。

 もっとも、不器用なニホンザルたちの投石など猿ボスである俺は、ひょいっと避けてしまうが、な! はっはっは! あ、それ、ひょっこりはんっ!!


「〽そのくやし~さは わっすれは しないっ!」――【宇宙猿人〇リなのだ】より。


 さすらう天才科学者の悲哀を、朗々と口ずさみながら逃亡する。


 メスざる達の毛むくじゃらのおっぱいには、はげしく後ろ髪を引かれるが前を向こうか。

 ひとりで強く、生きてゆくんだ。あお~ん!


 〇 〇 〇


 くちゃくちゃと種をしゃぶり、肩を丸めて両ポケットに手をつっ込む(イメージ)与太者の風情で歩いていると、いっぴきのカニに出くわした。


 まっ先に目を奪われたのは、そのカニが両ハサミに嬉しそうにかかげ歩く『おむすび』だ。


(!? こ、この出会いは知っているっ)


 『さるかに』だ!


 いま、さるの俺は柿の種を所持している? 俺氏、悪役に転生したのか? 牛糞まみれで、圧死確定なのか!?


(――まずい。てっきり『追放ざまぁ』だろうと決め込み油断していた。いかんぞ、遺憾)


 このカニと関わってはダメだ……しかし!

 欠食の視界を埋め尽くす真っ白なおむすびに、はげしい勢いで腹の虫が騒ぎだす。くそう、負けてたまるか! 


「――あの……お猿さん……だいじょうぶ、かに?」


(は、話しかけてきた!?)


「かおいろ、わるい、かに。青くて、ひょろ長くてっぽい、かに……もしかして、おなか空いてる、かにか?」

「え? え……い、いや、その……」

「任せるかに! このおむすびを、ボク自慢のハサミで半分こにする、かによ!!」


 かには片腕で、これ見よがしに高々持ち上げると、おむすびを頭上で格好良く、まっぷたつに両断した。


 ちょっきん!


 ぼた、ぼた。


「あ……」

「あああっ! おむすび落としちゃった、かに~っ!!」


 あんなに食欲をそそった純白おむすびが、ごろんと泥まみれに地面に汚れる。


(なんて事してくれるんだ、かにっ! バカなのか? 甲羅の中に詰まってる『かにみそ』は脳みそじゃないのか!? なんなんなんだ、あの、みそはっ!!)


「悲しいかに~っ! 朝から稲刈りのお手伝いをして貰った、おむすびだったのにぃ~!」

 かには飛び出た二つの黒い瞳を、マラカスのようにシャカシャカと振りながら、涙をパラパラまき散らす。

「かに~っ! 農家のおじちゃん、ゴメンかに~っ! 食べ物粗末に扱って、読者クレームが怖い、かに~っ!!」


 かにが、みぎへ左へ複数の足を折ったり伸ばしたりして泣く姿は、ひぐらしの同情を強く引いた。

 この猿ボスの空腹を憐れみ、おむすびを分け与えようと両断してくれたのは事実。かにの優しさは本物だ。


 だが。


「かに~っ♪ かっ・かかにっ! かかに~っ! カマヤっ!」


 段々ロシア民謡『カリンカ』っぽく聞こえてきた。

 テンポも上がり、もだえ苦しむ様子もハイになってゆく。

 本当に嘆いているか? 足の動きも『コサック踊り』に、似てきているぞ。


(――このメロディーは……)


「て……テ・ト・リ・ス……」


(――頭上に、恐怖!)


 見上げれば、猿を押し潰すため天空より舞い降りるうす! いや、四つの結合立方体。


 ――ずんっ!

 ひょっこりはん!

 ずん! ずしんっ!!

 ひょっこり、ひょっこり! ひょっこりはんっ!!


 次々と落下する殺人(猿)立方体を間一髪、奇跡の猿ボス・スキルで辛うじてかわす。


(かにめ、いったい何を呼び寄せやがった! ここで圧死イベントかっ!?)


「♪ かっ・かにんか! かかに! かまやっ! ヘイッ!!」

「『へいっ』じゃない、かにさん! その踊りを、今すぐ止めてくれっ!」

「かに?」


 最早もはやおむすびを落としてしまった悲しみなどスッポリ忘れ、かには『とっとことっと』と、踊り狂う。

 脳みそ無いのか? 甲殻類。なんなんなんだ、あのみそ!


 ――ずしん! ずん!

 ひょっ、ひょっこりはんっ!


 テトリスの襲来テンポは、加速する。


「さるさんも、いっしょに踊るかに! へいっ!」

「『へいっ』は、やめろっ! ダンスも中止!!」


 『ぺっ』と、俺は柿の種を吐き出した。


「――ほらっ、これをやろう!!」

「何かに? あめだま?『パイン味』以外ボクは受け付けない、かによ?」

「カニのたね、あ、いや、柿の種だよ!」


「かき……かに……?」


 手足を激しく動かし、ぴょこぴょこと飛び回る『かにダンス』をピタリと止めると、かには、ハサミに受け取り空へかざして、まるで呆けた様に、飛び出る黒い瞳でタネを見つめる。


 殺人(猿)立方体の落下も収まり、俺はようやく、ひと息つく事が出来た。死ぬかと思った。いや、まじで。


「はぁ、はぁ、ぜぃ、ぜぃ……」


(はたしてこれで、みそが足りない海の生き物を、うまく誤魔化せただろうか?)


「――うわぁ~あ! ピカピカ光って、まるで『錦秋の 染め色移し 姫の爪』のようだ、かに~っ」


 なぜか『秋の俳句』っぽく言う甲殻類。なんだ、これ?


「本当にこれ、ボクが貰ってイイかにか?」

「ああ。だからもう二度と、さっきのダンスは踊らないと約束してくれ」

「判ったかにっ! はぁ~っ……みれば見るほど『紅の 艶くちびるに 龍田姫』みたいな、キレイなタネ、かに~」


 なんなんだ? なんか俳句の評判でも良かったのか? うれしかったのか? 甲殻類。


「その柿は甘いぞ! ちょうど立方体が落下してきたおかげで、あたりの地面はボコボコに耕されている。埋めて柿の木にしようぜ!」

「ナイス・アイデアかに! これで、おさるさんの欠食問題も『チョキン』と解決かに!」

「いやいや『桃栗三年・カクヨム八周年』と言うくらいだから……」

「大丈夫かに! ボクは植物が早く育つを修得しているかに!」


「えっ! それは……まさか!?」


「ふっふっふ……踊る、かに!」



 ――友情の種が埋められた秋の草原に、カニのダンスが始まった。


「〽はやく めをだせ かきのたね~ かに!」


「お、お、お! 踊りは止めろ~っ! かにさ~んっ! はっ! ひょっこりはんっ!」



 ――ちなみに、地面に落ちてしまったおむすびは、さるの頑丈な胃袋を手に入れたひぐらしが、こっそり美味しく頂きました(クレーム回避)。



 ――――了。

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