第65話 今度は私の番


 エミリアから期待の眼差しを受けるギデオン様は、困った様子で向かい側にいる領民を見た。


(ギデオン様自身はそんなつもりなかったんだろうな。……でも、騎士団長が訓練場に来たらそう思ってもおかしくないよな)


 今回はあくまでも私に領内を案内してくれる、そのうちの一つとして〝見学〟をしに来たにすぎなかった。


(ギデオン様のことだ。私を放って自分が模擬戦に出ることが気になってるんだろうな)


 個人的にはそんなことは気にせず、模擬戦に行ってくれて構わないと伝えたい。ただ、そう伝えていいのか迷っていた。案内として時間を過ごしている以上、その役目を放棄しろというのは失礼な話だから。


(それに、今からギデオン様が模擬戦に参加することを騎士団側は知らないはず。……飛び入り参加みたいになっちまうよな。…………ん?)


 沈黙が流れる中、私は似たような状況を経験していることを思い出した。そしてすぐさま頭を回転させると、最善の言葉を見つけた。


「ギデオン様。覚えていらっしゃいますか? 遠乗りに行った時、私が馬の競争に出たことを」

「もちろんです」

「私も是非、ギデオン様の模擬戦が見たいです。……それを望んでいる人が多いかと」

「アンジェリカ嬢……」

「今度は、私がギデオン様の戦いを見る番ですね」


 それでおあいこにしませんか、とまでは口に出さなかった。ギデオン様なら意図を汲み取ってくれる気がしたから。


「……アンジェリカ嬢、すみません。一瞬だけ席を空けてもよいですか?」

「もちろんです。ギデオン様の勇姿を特等席で見られるだなんて、これ以上ない幸せですから」

「!」


 私の気持ちが伝わったのか、ようやくギデオン様は暗い表情をやめて口元を緩めた。


「アーヴィング騎士団長の名に恥じぬ模擬戦をします」

「頑張ってください!」


 ギデオン様の騎士らしい言葉に胸が震える。やはり彼はカッコいい。私は鼓動が速くなるのを感じながら、瞬きせずにしっかりと目を見て応援の言葉を伝えた。それに応えるように、ギデオン様は力強く頷いてくれたのだった。


 この後の模擬戦に出ると改めてエミリアに伝えると、彼女は大きくバンザイと両手を空につき上げた。


「やったぁ! 皆にも伝えないと!!」

「いいのか、エミリア。向こうへ行っても」

「大丈夫だよ公爵様! 後でちゃんと、お父さんとお母さんに騎士をやりたいって伝えるから……!」

(それなら大丈夫そうだな。頑張れ、エミリア)


 エミリアを送り出すと、ギデオン様もすぐに移動することになった。


「何か不便なことがありましたら、後ろに控えている者に伝えてください」

「ありがとうございます」


 アーヴィング騎士団から護衛騎士が四名ほどつく形となった。ギデオン様を見送ると、用意してもらった椅子に着席した。


(今から模擬戦が始まるんだよな……! すげぇ楽しみだ!)


 正直、ギデオン様の騎士姿を見たいと思っていたので、今日見られることになったのは嬉しい以外の何物でもなかった。


(……考えて見たら、ギデオン様が戦う姿を見るのは初めてなんだよな)


 今までは一緒に外出をしただけだった。隣にいることは多くても、あくまでも貴族同士で穏やかな時間を過ごしただけ。また違う姿を見られるのだと思うと心躍った。


 騎士の制服は間違いなく似合うだろう。果たしてどのような剣術が見られるのかと、楽しく想像していると、甲高い声が響いた。


「どういうことかしら!」


 反射的に振り返ってしまった。ただ、私に近い距離にいるような声ではなかったのでひとまず息を吐いた。


(領民の揉め事じゃないだろうな。口調がどこかの令嬢のもんだった。……ということは、もしかして、アーヴィング家の使用人の方か、騎士の方が対応してるんじゃないか?)


 甲高い声の持ち主と今の状況を考えた。ギデオン様がここを離れて時間がかかっているので、私の方が令嬢に近いはずだ。状況をなんとなく察すると、私は念のため護衛騎士の一人に確認した。


「この声に聞き覚えはありますか?」

「いいえ……」


 もしかしたらアーヴィング家関連の貴族かと思ったのだが違うようだ。となると、今声を発しているのは、関係のない貴族ということになる。


(貴族と対等なのは貴族。……昔クリスタ姉様が言ってたな)


 淑女教育で身分について教えられた時の話を思い出していると、甲高い声はさらなる苛立ちを含んだものへ変化していた。


「貴方、誰に向かって口を聞いているのかわかっているのかしら?」

(この声…………聞いたことあるな。……まだ模擬戦が始まってないし、今行けば開始に間に合う)


 どうしようか悩んでいたのだが、声の主に心当たりのある私は動くことにした。


「知り合いみたいなんです。少し見に行っても?」


 護衛騎士も同行することで許可をもらえたので、急ぎ足で声のする方へ向かった。廊下を曲がると、想像通りの光景が広がっていた。


(やっぱり貴女か、テイラー嬢)

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ガン飛ばされたので睨み返したら、相手は公爵様でした。これはまずい。 咲宮 @sakimiya

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