第64話 気持ちを晴らす言葉


 エミリアの表情は暗いもので、落ち込んでいるのは明らかだった。あまり踏み込んではいけないと思ったが、放ってはおけなかった。


「どうしてバレると駄目なんだ?」


「私、将来は騎士になりたいの。……でもお父さんとお母さんがね、私が騎士になるのは駄目なんだって」


 段々とエミリアの声は小さくなった。悲しいと言わんばかりの様子に胸が痛くなる。


「騎士はね、男の子がなるものなんだって。女の子だから私は騎士になれないって言われたの」


「エミリア……」


 目にいっぱいの涙が溜まっているのがわかった。そっとエミリアの肩に手を伸ばし、少しでも安心させようとする。「女だからと言われても気にするな」そう励まそうとすれば、ギデオン様が私の隣にしゃがみ込んでエミリアを見つめた。


「エミリア。アーヴィング騎士団の入団条件に、男性というものはない。女性であっても、意欲がある者であれば大歓迎だ」


 ギデオン様はハッキリと言い切ると、さらに話を続けた。


「ただ、ご両親の気持ちもわかるよ。今は男の子より女の子の方が筋肉が付いていなかったり体つきが小さかったりする。そういう面では間違いなく不利だ。だからこそ、女の子が騎士になるまではたくさん鍛錬をして、努力を重ねないといけない。決して楽ではない道だ」


 真剣な声色に、エミリアは顔を上げてギデオン様をじっと見つめていた。


「苦しくて辛い道……ご両親はきっと、エミリアにそういう思いをしてほしくなくて、反対しているのかもしれないな」


 ギデオン様の言っていることは間違いなく正しい。なにせ現騎士団長のお言葉でもあるから。


(女は男よりも不利……何度も聞いた言葉だな)


 喧嘩をしてきた相手には男だっていた。こちらが女だからと下に見て挑発してくる奴や、相手にすらしないで馬鹿にする奴。もちろん対等に見てくれる奴もいたけれど……見えない壁があるような気はしていた。


(だからなんだって話だ。馬鹿にされても、筋通して仲間を守るためにだったら躊躇いなく喧嘩したな。……騎士になることだって同じだと思うんだが)


 エミリアの様子を見ながら前世の自分を重ねていた。なんだか似ている部分がある気がして、まるっきり他人事とは思えなかったのだ。ギデオン様の話に区切りがつくと、エミリアはポツリと言葉をこぼした。


「……あとね、女のくせに騎士にはなれないって……近所の子に言われたの」


(〝女のくせに〟だと? いいじゃねぇか女だって騎士目指したって……!)


 思わず言い返しそうになって呑み込む。今怒ったところで意味がないし、エミリアを怖がらせてしまうと判断したからだ。


(そういえば……〝女のくせに〟って言葉、大嫌いだったな)


 昔を思い出しながら、今度こそ私が声をかける番かと口を開いた。しかし、ギデオン様が返答する方が先だった。


「それは違うなエミリア。我がアーヴィング騎士団にも、他の騎士団にも女性騎士はいる。応募条件に男性であることは含まれていないんだ。私が騎士に求めるのは、アーヴィング領を守りたいという強い気持ちと、それに見合う強さを身につけるために鍛錬ができる忍耐力だ。そこに女性も男性も関係ない。さっき伝えた通り、エミリアが辛い道でも臆せず挑み、騎士になりたいと強く望むのなら私は応援するし、歓迎するよ」


「……本当?」


「あぁ、本当だ」


 ギデオン様の力強い頷きに、エミリアの表情は段々と晴れていった。


(そこに女性も男性も関係ない……か)


 騎士を目指したわけでも、その言葉を投げかけられた人物でもなかったけれど、私の気持ちも晴れていった。まさか前世抱いていた心のもやを、今になって解消できるとは思わなかった。


(……いいな。凄く良い。ギデオン様の考えが好きだな)


 いつの間にか私は、エミリアではなくギデオン様をじっと見てしまっていた。


「それなら私頑張る……! 騎士になりたいもん‼」


「応援するよ、エミリア」


「私も。頑張れ、エミリア」


 ギデオン様に続いてエミリアに笑いかけると、彼女は満面の笑みで頷いてくれた。


「公爵様もアンジェリカお姉さんも私の話を聞いてくれてありがとう」


 小さな女の子のお礼に対して「気にしなくていいよ」と二人で返したところで、話に区切りがついた。私とギデオン様は立ち上がったが、エミリアはなぜかじいっとギデオン様を見続けていた。その視線はどこか期待を含んだもので、先程の感謝のものとは違う気がした。


(何か他に話したいことがあるのか? ……そういう雰囲気でもなさそうに見えるんだが)


疑問を抱いていると、エミリアは意気揚々とギデオン様に尋ねた。


「公爵様はこの後何番目に出るの? やっぱり最後?」


「すまないエミリア、なんの話だろうか」


 私はもちろん、ギデオン様でさえも何の話かわかっていないようだった。


「模擬戦だよ! 今日は公爵様の模擬戦が見れるんだよね?」


「……どうしてそう思ったんだ?」


「さっき向こうから来るときにね、皆が話してたの。今日は公爵様がいらっしゃる日で、最高の模擬戦が見られる日だって。私もすっごく楽しみにしてたんだ!」


 なるほどと私が納得する横で、ギデオン様は困惑の表情を浮かべているのだった。


▽▼▽▼


いつも『ガン飛ばされたので睨み返したら、相手は公爵様でした。これはまずい。』を読んでくださる皆様、誠にありがとうございます。


 皆様の温かな応援のおかげで、本作ビーズログ文庫様より、書籍化が決定いたしました!!

 イラストは沖田ちゃとら先生に、とても素敵なものを描いていただいております。

 これもひとえに、本作を読み続けてくださった皆様のおかげです。温かな応援をいただき心より感謝申し上げます。


 発売日は12月13日(金)になります。また詳しい情報がビーズログ文庫様より発表され次第、私の方でも報告させていただこうと思います。


 ここまでお読みいただきありがとうございました。

 更新頻度が不定期になってしまい、大変申し訳ございません。なるべく高頻度で更新できるよう精進いたしますので、これからもどうぞよろしくお願い致します。

 

                                      咲宮

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