オブリガートを奏でて

フィステリアタナカ

オブリガートを奏でて

「太郎が辞めないなら、俺辞めるから」


 僕は「DI-telディー‐テル」ワンマンライブのリハーサル後、ヴォーカルの亜津司あつしにそう言われた。最初は何を言っているのかわからなかったが、他のメンバーからも僕が抜けるように仕向けた言葉が出てくる。


「ヴォーカルはバンドの顔だからな――」

「最近、アレンジについても余計な事を言ってきてウザイし」

「オレ達ロッカーなのに、お前いい子ちゃん過ぎるだよ」


(そうなのか――もう、居場所は無いのか)


「何で辞めないきゃいけないんだ。せっかく人気が出て勢いに乗ってきたっていうのに」


 何故、僕が邪険に扱われるのか。理由が知りたい。


「音楽性の違いかな」


 ◆


 二年前。僕は「ドラムを探しているんだ」と亜津司に言われ、この「DI-tel」のドラマーとして加入することになった。当時はワンタムセットで叩いていたが、バンドの楽曲に合わせ、ツインペダル、チャイナシンバルと買い足したことを覚えている。スリータムのセットで演奏することが多くなり、そのセットでもいろいろなパターンが叩けるように練習を増やした。その他にスタジオ練習のスケジュール調整、メンバーの意向に合わせたライブハウスとのやり取りなど、バンドにとって必要な事務的なことも引き受けていた。


「そうか――」

「今日のライブで脱退を伝えるから、そこで言うことを考えておいてくれ」


 正直、体が重くて頭が回らない。二週間立て続けにライブをこなしたから体が悲鳴をあげている。でも根性で乗り切るしかない。


 ◆


愚民ぐみんども! 今日は何しに来たんだい! 俺は歌わないぞ!」


 ライブの冒頭、亜津司から観衆をあおるいつものセリフが飛び出る。ライブ中、気になるミスもあったが、顔に出さずただただ演奏に集中した。


「みんな! 今日は大事な話があるんだ聞いてくれ! いい話と悪い話、どっちを先に聞きたい!」


(ん? 二つ? 脱退する話だけでなくもう一つあるのか)


「いい話からかな――俺達、DI-telはデビューが決まったぜ!」


 呆然とした。そんな話を聞いたのは初めてだったから。そして亜津司は続ける、


「悪い話は――今日をもって太郎が脱退することになった」


 ファンからは「辞めないでー!」「太郎っち!」と悲鳴が上がる。


「じゃあ、太郎から一言」


 亜津司からマイクが渡される。デビューの話、ファンの悲鳴。感情がぐちゃぐちゃになっていたが、バンドの今後を考え、否定的な言葉を抑えるので精一杯だった。


「今までありがとう。みんなに幸あれ」


 わずか十数文字の短い言葉で別れの挨拶をした。


「じゃあ、最後の曲――」


 体がキツイ。いつものようにアンコールの声もあがる。僕はファンの為に、歯を食いしばって必死になり演奏をした。


「愚民どもー! もう来るんじゃないぞー!」


 ◆


 ライブが終わる。楽屋に戻ると糸が切れたようにぶっ倒れてしまった。体が動かん。まぶたも重い。


「大丈夫なんですかね?」

「放っておけ。体力が無いのが悪いんだ。それより打ち上げに来る女は、カワイイヤツ集めたか?」


(終わったな。こいつらも、僕も)


 きっとこの調子だと女でトラブルを起こす。でも心配してもしょうがないか、もうメンバーじゃないからな。


 倒れている間、撤収作業をしている声が聞こえる。元メンバーの心無い声も聞きながら、時間だけが過ぎていった。


 ◆


「太郎っち! 大丈夫?」


 女性の声がした。声のした方に顔を向けると見覚えのある金髪ギャルがいた。


心愛ここあちゃん……)


 彼女は地方を回った時に出会ったベーシスト。その日のライブの対バンで、彼女のバンドがトップバッターだった。ドラマーが来れなくなり、その話を聞いた僕は急遽サポートドラマーとして参加したのだ。


「何かできることない?」

「チャイナとスネア小太鼓とツインペダルを取ってきてもらえる? あとハイタムも」

「わかった」


 動けない代わりに彼女が持ち込んだ楽器を回収してくれる。ケースがどこにあるのかも伝えて、片付けてもらった。


「一応。終わりました」

「ありがとう――」

「動けます?」

「たぶん」


 体を起こし、椅子の所まで行く。


「何か飲み物買ってきます?」

「ペットボトルがあったでしょ? そこに水道水でいいから」

「えーー! 遠慮しなくていいですよ。スポドリ買ってきましょうか?」

「ごめん。お願いしてもいい?」


 ◇◆◇◆


「えっ。桜来れないの?」


 私はウキウキしていた。今日は大好きなバンド「DI-tel」と対バンできるからだ。ただ、ドラムの子が来れなくなってメンバーのみんな動揺していた。ドラムはバンドの指揮者。みんなドラムに合わせて演奏するから、せっかくの対バンなのに今日のライブでの演奏はできないだろう。


「どうする?」

「ノルマが残って、お金出さなきゃいけないのに。桜ふざけんな!」


 メンバーにどうしようか相談していると、ライブハウスの係りの人に声をかけられた。


「リハーサルお願いします!」


 呆然とした。ドラムがいないという事実に、時間が止まっているように思えた。



「僕、叩こうか?」



 まさか「DI-tel」のドラマー、太郎さんからそんな申し出があるなんて思ってもみなかった。するとヴォーカルの子の、


「お願いします!」


 という声が聞こえた。


 ◆


「何曲やるの?」

「三曲です」

「じゃあリハのとき、だいたいでいいからテンポ教えて」


 リハーサルのとき、テンポの話と曲の構成について話をしていた。手数を増やし、間を埋めるフィルインの場所も目で合図をした。


(この次です)


――――わかった


(次はAメロに戻ります)


――――Aメロね


 びっくりした。思ったよりも意志が伝わったからだ。私は大きくベースを縦に振り、


(ハーフテンポ!)


――――マジ? ここで?


 ◆


「ありがとうございます。助けてもらって」

「はは、まだ本番じゃないでしょ。逆リハでよかったよ」

「はい!」


 リハーサルが終わり、会場がオープン。本番の時には観客が驚いていた。


「今日は桜が来れなくて、助っ人を頼みました! 太郎っちです!」


(おいおい。太郎っちって……ファンの人が怒るよ)


 私達の出番は無事に終了。本当に良い経験ができて嬉しい。


 ◇


「太郎。お前ふざけているだろ。遊びでやっているんじゃねぇんだよ。気を引きたいからって、頭おかしいんか? 俺らの演奏でミスしたら、ただじゃおかないからな」


 私達のライブの後、太郎さんはヴォーカルの亜津司さんにそう言われていた。私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 ◇◆◇◆


「辞めちゃうんですね。知りませんでした」


 心愛ここあちゃんは遠い所からよく観に来てくれるファンの一人だ。彼女もバンドをやっているので、上手くなるためにベースの演奏を見て、参考にしようとしているのであろう。


「うん。そっちのバンド活動は順調?」

「えーっと。みんな進路が違って解散しました」

「そうなんだ。心愛ちゃんはどうするの?」

「音楽の専門学校に行こうと思っています」

「そうか。ちなみにどこ?」

「まだ決まっていません。これから決めて出願します」


 笑いそうになった。確かにこの時期でも間に合うのだろうけれど、もう少し早めに決めないといけないだろう。


「そうだ。これ」


 彼女はバックから、綺麗にラッピングされた箱を取り出した。


「ああ、ヴァレンタインか」

「そうですよ~」


 彼女の手から箱を受け取る。


「開けていい?」

「はい!」


「すみません。閉めますので、出ていってくれますか?」


 ライブハウスの人にそう言われた。なので、心愛ちゃんに言う。


「外に出ようか」


 持ち込んだ楽器をキャリーに乗せて運ぶ。心愛ちゃんと一緒にライブハウスをあとにした。


「せっかくだからご飯でも食べに行かない?」

「えっ。打ち上げはいいんですか?」

「もう辞めたし、薄情者のところにいてもイヤだからね」

「それなら、行きたいです!」


 こうして彼女と一緒にご飯を食べることになった。


 ◆


「何を食べるか決まった?」

「うーん。決めました」

「じゃあ、注文するね」


 彼女と食事をしながら楽しい時間を過ごした。


「心愛ちゃんは卒業して上京するんでしょ? 学費以外の家賃とか生活費は大丈夫なの?」

「ううう。それを言われると大丈夫じゃないです」

「そうか。結構厳しいよ」

「わかっています」


 話をしていくうちに、彼女は本気で音楽をやりたい。そのことを僕はひしひしと感じていく。


「脱退して、これからどうするんですか?」

「まだ何も決まっていない。実は今日メンバーに言われてね。脱退したんだ」

「えーー!」

「とりあえずサポートドラマーになって音楽を続けていこうと考えている」

「そうでしたか」

「うん」


 彼女の食事をしている手が止まり、顔を上げ僕を見た。


「無理なお願いかもしれませんが」


 彼女の目は真剣だ。


「一緒にバンドを組みませんか?」


(うーんと、彼女はベーシスト。組めるっちゃ組めるけど)


「理由を聞かせてもらってもいい?」

「メンバーを探さなきゃいけないんです。あの日、サポートでドラムを叩いてくれて、太郎っちと組めばもっと曲を良くしていけると思って――って図々しいですよね」


 何か面白そうだな。彼女は指弾きもピックでも弾いていて、音作りもそこそこ良かったからだ。


「うーん。とりあえず、スタジオで合わせてみてから決めてもいいかな」

「はい!」


 彼女は嬉しそうだった。まるで、もうバンドを組むことが決まったような、そんな感じに見えた。


「あのー」

「どうしたの?」

「持っているお金が少なくて……」

「ここは僕が誘ったから、僕の奢りで」

「はい。それとー」

「ん?」

「泊まるところ決まっていないんで、太郎っちの所に泊まりに行ってもいいですか?」


(そう来たか)


 僕はテーブルを見つめ、笑ってしまった。まだ彼女は高校生。いくらなんでも男の家に泊まるなんて、普通に危険だと思ってしまったから。


「おいおい」

「わかってます。でも太郎っちなら、安心できる。大丈夫じゃないかって」


 お金を大切にしたい気持ちはわかる。ただ、彼女は胸も大きいし女性としてもとても魅力的で、手を出さない自信が無かったから、どうしようかと悩んだ。


「うーん」

「ダメですか?」


(そんな目をされたら、イエスと言うしかないだろ)


 子犬の悲しむような彼女の目をみて、「いいよ」とOKを出してしまう。


「ホントですか! やったー!」


「お客様。他のお客様のご迷惑になりますので静かにください」


 僕らは店の人に怒られてしまった。


 ◆


「どうぞ、狭いけれど」

「お邪魔します」


 心愛ちゃんが僕の家にきた。緊張しているのがわかる。彼女は部屋を見渡して、


「ギターあるんですね」

「うん。曲作りに使っているんだ」

「そうなんですか」

「出来が良かったのを一曲だけバンドに提供したんだ」

「何て言う曲ですか?」

「fits in with you」

「えーー! 代表曲じゃないですか!」

「そう、今日のアンコールでやった曲」

「信じられない。太郎っちを辞めさせるなんて」

「最後の最後にその曲が演奏ができたから、たぶん彼らなりの僕への感謝の気持ちの表し方だったんじゃないかな」


 悲しい気持ちがバレないように、無理矢理笑顔を作った。


「シャワーはそっちね」

「エッチですね。早速シャワーを浴びろだなんて」

「そんな風に言ったつもりはないんだけどなぁ」

「ふふふ。冗談ですよ」

「まったくぅ。先にシャワーを浴びてきてもいい。体に結構きている」

「そうですよね。後でマッサージしてあげますね」


 シャワーを浴び、髪を乾かしてから、ベッドの上に。バンドを解雇されたこと、心愛ちゃんといること、いろいろな思いが交錯していきながら、僕は眠りに落ちた。


 ◆


 朝。目が覚めると、バンドを辞めざるを得なかったことを思い出した。ぽっかりと心に穴が空いたようだ。そして、いつもより何だか温かいなと感じていると、心愛ちゃんが隣で眠っていた。僕は驚く。


(いやね。その恰好嬉しいんだけれどさ。無防備過ぎない?)


 心愛ちゃんはシャツを着ていた。ノーブラだ。胸の形がよくわかり、もう襲いたくなる。我慢。


「――ん。おはようございます」

「おはよう、心愛ちゃん。何で潜っているの? それにその恰好」

「ははぁ。さては嬉しいんでしょ?」

「そりゃまあ」

「どこで寝ればいいか聞きたかったのに、眠っていたから、寒いしイイかなって。あっ、このシャツ勝手に借りました」


(この子はホントにもう)


 僕は起きて、洗面所に行く。顔を洗いながら冷静になれと自分に言い聞かさていた。


「太郎っち!」

「心愛ちゃん、何?」

「今日スタジオ入りませんか?」

「ベースはどうするの?」

「スタジオで借りることできますよね?」

「場所によっては、ベースを借りることができるね」

「じゃあ、そのスタジオに行きましょう!」


 ◆


 彼女とスタジオに入り、演奏をする。結論から言うと良かった。普段使っているベースじゃないのに、たくさん練習してきたのだろう。演奏は安定していて、音作りも頑張っていた。


「ベースいいね」


 彼女は不安と喜びが入り混ざった表情をしていた。


「……一緒に組むことは――」

「うん。一緒にやろう」

「やったー!」


 スタジオを出てから休憩スペースで、今後のことを話し合う。


「ヴォーカルとギターだよね。鍵盤もいるといいんだけれど、欲張りか」

「先にヴォーカルを探すのがいいと思います」

「そうだね」

「もしギターも弾ける人ならスリーピースでやっても――」

「スリーピースだとベースの音の重要度がかなり増すよ。ギターがソロをやっている時に、ベースの音次第でサウンドが薄く感じるからね」


 バンドサウンドで、どのパートも大事だが、僕はベースが一番重要だと考えている。メロディーも取れるし、ドラムと合わせグルーブ心地よいノリの下地を作るからだ。


「そうなんですか」

「ベースアンプも買うことを考えないといけないかも」

「えーー! アンプを買うお金無いですよ!」

「でしょ。それにオブリガートの問題もある」

「オブリガート?」

「曲でヴォーカルの歌うメロディーを活かす為のメロディーだよ。たとえばヴォーカルが歌ったメロディーの後と次の歌い出しの間に、ギターがメロディーを入れる感じ。歌の裏メロなんかもそう」

「そのギターが弾くオブリガートってベースでもできませんか?」


 ああ、普通にそういうアレンジの曲あるな。そうなると音作り、グルーブと両立させたオブリガート。彼女の負担が大きいかもしれない。


「私、頑張ります。いいベーシストになって、みんなを驚かせます!」


 彼女のその言葉に未来を感じた。彼女がいるバンドはきっと大きな成長を遂げるだろう。根拠は無いけれど、そう僕の勘が言っている。


「わかった。じゃあ、アンプシミュレーターにイコライザー、ひずみとワウも買ってもらおう」

「えーー。アン直がいいです!」

「アンプ直接ならアンプを買おう」


 彼女は肩を落としうなれ、ガックリとしている。そして気を取り直し、顔を上げて、


「これから楽しみです!」


 と笑顔で僕に言った。


 バンドを解雇されて、ぽっかりと空いた穴。彼女と出会い、まるで歌っていない所を埋めるような、彼女の存在。彼女のオブリガート。それが僕の心を埋めてくれる。これからどんなことが待っているのであろう。タバコの匂いが混ざる休憩スペースで、僕は彼女の笑顔を見て、心が満たされていくのがわかった。

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