5.神殺
◆
鳥居を数多の村人が囲んでいた。
いずれもその肉体の一部が宝石と化している。中には全身が宝石と化した村人もいた。怪力や超速など、身体能力が強化されたものもいれば、念動力や発火能力などの超能力を神から与えられたものもいる。
いずれもが、与えられた力で人を攫い、人を攫った褒美で新たなる力を与えられた神にとっては優秀な猟犬達であった。
「鬱でござるよ……」
その村人たちを背に、屍山血川は悠々と歩いていた。
村人たちは皆、手首から血を流して倒れている。
生身であっても、宝石であっても関係はない。その手首には刻印のように深い傷が刻まれている。
「やっぱり弱いものいじめは
とぼとぼと屍山血川は歩いていく。
目的地は村の隅にある妖刀が封じられているという社であった。
場所を知っているわけではない、適当に村を歩いて偶然に辿り着いたらラッキー、それぐらいの感覚である。
「おお、ついているでござるな。断罪殿~」
故に、屍山血川が向かった先に何らかの社があったのは本当に偶然としか言いようがない。たまたま、引き当てた。それだけだ。
「貴様、何も――」
社の前に立っていたのは身長二メートルほどの巨漢の男だった。果たして番人か、あるいは神主か、もしかしたら無関係な村人かもしれない。いずれにせよ、屍山血川には関係がない。男が言葉を言い終わるのを待たずに、足払いで体勢を崩し、その手首をカッターナイフで抉り取り、その柄を男の頭部に当てて昏倒させた。流れるような動きである。屍山血川が就職して以降、申し訳程度にアムカを行うばかりで、自身の剣術どころか、刃を用いる機会すら訪れてはいない。
「
屍山血川は溜息をつくと社の扉を蹴り壊し、中に祀られていた妖刀を入手した。何らかの札でぐるぐる巻にされているが関係ない。アメリカの子供がクリスマスプレゼントを開ける勢いで封印をビリビリに破き、再び断罪の下へと向かった。
「こんだけ早くゲット出来るとは、いやほんと断罪殿ってばもってるでござるなぁ〜うふふ」
かくして屍山血川は神を封じた妖刀を得た。そして、その妖刀は神を殺すために殺戮刑事へと渡ることとなったのである。
◆
刃に触れれば空気さえ切りかねない――それ程に鋭い刀であった。妖刀というのは伊達では無いらしい。実際の重量以上に断罪の手にずっしりと重い感覚がある。
「神よ、この刀の銘を知っているか」
正眼の構えを取り、その切っ先を断罪は神に向けた。
「さあ?それよりもそれが君の望んだ力じゃないのかな?その刀を君に上げるから村民にならないかい?人間は所有権というものがあるらしいけど、その刀はこの村のもの、ひいては私のものだよ。私が良いと言って初めて君の手に移るのではないかい?」
「問題はない、所有者はすぐに死ぬ。そうだな……銘は神殺から始めるのが良いだろう」
使い果たしたはずの気力が体の奥底から再び湧き上がってくる。相手を殺せるという喜びが断罪に力を与えているのである。
「ゆくぞっ」
「どうぞ」
再び無数の剣が断罪を襲った。
戦場の兵士が皆、断罪だけを狙って突き、斬る。そのような攻撃の密度である。上。上。下。下。右。左。右。左。上下真中同時。上上上左右左右左左左左左右右左右右上下。
神との戦いを始めてどれほどの時間が経過したか、この戦いで初めて火花が散り、剣撃の音が鳴り響いた。
自身の首を切り落とさんと横に薙いだ神の剣を妖刀の刃が受け止めたのである。
「フハッ!」
思わず断罪が笑みをこぼしたのもしょうがないことだろう。神との戦いはただ一方的に断罪が斬られるだけ、とても戦いと呼べるものではなかった。それがとうとう断罪の手に神に届く武器が収まったのである。笑わずにはいられまい。
嵐のような神の斬撃を掻い潜り、断罪は神への距離を詰めていく。妖刀は手に馴染み、その剣技を披露する妨げにはならない。首――はない。心臓があるかもわからない。ならば、その顔を二つに裂けば良いのか。断罪が上段に妖刀を構え振り降ろさんとした――その時。
「なにっ!?」
妖刀が砕け散り、その破片は雨のように断罪の頭上から降り注いだ。断罪の視界が妖しげな輝きできらめく、それと同時に完全に虚を突かれた断罪の腹部を――神の剣が薙いでいた。
「ぐおっ……」
腹部が熱いのは痛みによるものか、それとも腹から漏れた血の熱のためか、臓物の熱のためか。断罪は自身の傷を見ない。敵前で傷を癒やしている余裕はない。
思わず倒れ込みそうになるのを、歯を食いしばって耐えた。その目線は神に。敵から目を逸らしたりはしない。
「断罪殿っ?」
流石に屍山血川も動揺しているようである。
神に通じる妖刀、それは断罪唯一の勝ち筋であった。それが失われてしまえば断罪に取りうる手段は無い。最早、俎板の鯉である。嬲られて死ぬか、あるいは心折れて神に忠誠を誓うか、もう一つの選択肢もあるが、いずれにせよ訪れる未来は最悪のものしかない。
「私は私の体に傷をつけた刀をそのままにはしたりはしないよ。五十年……長い時間がかかったけれど弱らせ続けておいてよかった。人間の力じゃ壊せそうにないし、捨ててうっかり拾われたら困るからね。ああ……しかし、あの時私の腕に触れたのが良くなかったね。それがなければ私を切った後に壊れたかもしれないのに」
このときばかりは変わらぬ神の声のその奥にある感情が感じ取れるようであった。最早、神を害するものはない。勝利を確信しての愉悦である。
「君も後ろの人間も大した奴だ。どうだい、やはりこの村に住んでくれないかな。楽しいよ。自然がいっぱいあるとキミたちは嬉しいんだろう?」
「
「何を言っている、屍山血川」
焦燥を隠せぬ屍山血川に対して、断罪の声は落ち着いていた。元々の自身の刀を抜き払い、その切っ先を神に突きつける。
「小生が今から神を殺すというのに……」
心底の呆れ顔を浮かべて、断罪は屍山血川を見た。窮地にてとうとう正気を失ったか、否。断罪は最後の最後まで、それだけは捨てることは出来ないだろう。狂っているから人を殺すのではない。正気で自分の欲求に向き合ってしまったから断罪は殺戮から逃げられないのだ。
「何を言っているのかな」
「何を、などと……味わえばわかる」
瞬間、断罪の刀が上から下に跳ね上がるように神の身体を縦に断ち切った。
「は……?」
「えっ……?」
「神というだけあって我々と違う位相にいるらしいが、妖刀で貴様の身体に触れたことで、その位相に我が刀を届かせる足運び、体捌き、腕の運びは理解できた。妖刀の力を小生の技巧で再現してやったまでよ」
殺人大好き殺戮刑事である。
老婆の速度に適応し、その神速の肉体を斬ってみせたように、神であろうとも何度も斬り結べば相手を殺す答えに辿り着く。
ただ今度ばかりは妖刀というヒントがなければ危うかったであろう――だが。
「人間、いや……神様失格と言ったところかッ!だが獲物としては合格だッ!死ねぇぇぇぇッ!!!!」
「わっ!私は神だぞおおおおおぐわああああああああああ」
今度もまた、殺すのは殺戮刑事で、殺されるのは犯罪者であった。
「断罪殿……」
瞳を潤ませながら、屍山血川は断罪の殺戮を見守る。
「そういう拙者の想像を超えて強くなっていくところ、本当に
屍山血川の頬は恋の色に染まり、胸は恋の熱を帯びていた。
「ぐわあああああああああああああああああああああああああああああ」
告白は悲鳴が掻き消した。
いつかこの思いが届けば良いな、屍山血川はそう思いながら小さな胸を弾ませるのであった。
「ぐわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
【おわり】
殺戮刑事断罪乱と因習村 春海水亭 @teasugar3g
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