第14話 気魄一閃(きはくいっせん)
黒鉄法律事務所―――
黒鉄「・・・なるほどね。従業員が新社長の挨拶をボイコットということか。澤井さん、海藤印刷に労働組合はあったかな?私の知る限りでは無かったはずだが。」
澤井「ございません。会社に対して組合からの通知等は一切ありませんでした。」
黒鉄「だよねぇ。まぁ、かと言って組合を作ったって届出をする義務はないからなぁ。秘密裡に作っていたとしても不思議ではないけれど・・・。うーん、どうにも組合活動では無さそうなんだよなぁ。」
澤井「私もそう思います。」
麟「先生、これは正当な労働三権の行使という考え方はできますか?」
黒鉄「うーん、団体行動権とかそういうレベルのものじゃないと思うんだよなぁ。団体行動権として認められるためにはいくつか条件があるんだけど、まず会社と話し合いもせず、通知もなく、いきなり行動というのは正当な活動としては認められにくいだろう。これは単なる従業員の反抗ということじゃないかな。」
麟「私もそう考えます。反抗に加担した従業員への処罰はどのレベルまで許されますか?」
黒鉄「今回の社長挨拶への参加は業務命令として義務付けていたの?」
澤井「命令とまでは通知していません。13時30分から始まるので外せない業務がある場合を除き、ご参加くださいという文章で通知しています。」
黒鉄「それだと少し弱いかな。海藤さんはどうしても処罰したい?」
麟「いいえ、なんとなく不参加を決めた従業員を処罰しようとは思っていません。ただ、もしもこの反抗が誰かの扇動によって起こったのなら、その扇動した本人だけはなんとしても処罰対象にはしたいです。」
黒鉄「それならば就業規則上の服務規程違反でいけそうだね。それで扇動した人はわかっているの?」
澤井「はっきり調査したわけではありませんが、工場長からは林だと聞きました。」
黒鉄「たまに連絡してくる、あの林さん?」
澤井「その林です。」
黒鉄「あぁ、少ししか話したことはないけれど、彼は頭がキレそうだよね。何も考えず行動するタイプじゃないから、何か思惑があるんだろうね。」
麟「どのような思惑が考えられますか?」
黒鉄「どれも推測の域を出ないから、参考外と考えてね。1番は銀行と繋がっているか、買収元企業と繋がっているかだろうね。スムーズに買収を進めたい場合は海藤さんの心を折ってしまうのが手っ取り早いから。次は…そうだなぁ、自分の立場を固めることかな。これだけの従業員が自分の考えに賛同しているんだぞっていうアピール。影響力だね。事実、無視できないものになってるよね。」
麟「確かに…。先生、仮に銀行と繋がっているとしたら、何を調べたらわかりますか?」
黒鉄「林さんが扇動した主犯だとしたら、繋がっているのは帝国銀行の成田さんだろう?さすがに調べてわかるような証拠は出てこないよ。従業員一人一人に聞いていくしかないよね。」
麟「そう…ですよね…」
黒鉄「まぁ、まだ何もハッキリとはしていないのだし、従業員と話し合うしかない。本格的に組合が組織され、ストライキなどに繋がると問題が大きくなるけれど、譲れないものは譲らない。従業員の大多数は日和見主義的なところがあるから、海藤さんが強気に自分の考えや意思をわかりやすく話せば、きっと従業員はついてくると思うよ。」
麟「わかりました。私、やってみます!」
黒鉄「うん、いいね。澤井さん、頼むよ。」
澤井「はい。心得ました。」
黒鉄「何かあれば遠慮なく連絡してください。」
麟「はい!先生、ありがとうございます。」
黒鉄と話し終えてからも麟はずっと扇動した者がいるのか、いたとすればそれは本当に林なのか、林だとするならば動機は何か…を考え続けていた。
澤井「仮に林君が糸を引いていたなら、黒鉄先生がおっしゃる通り証拠を残すようなヘマはしないでしょう。」
麟「そうですね。調べるだけ調べて、あとは聞き取りしていくしかなさそうですね。ところで林さんってどんな方なのですか?」
澤井「紹介の時にお話しした通り、ウチにはもったいないくらいの経歴の持ち主です。有名大学を卒業して、商社勤務の後にウチに来ています。先代と『なんでウチなんだろう?』と言いながら、断る理由もないので採用しましたが…」
麟「エリートってやつですね。それでなぜウチだったんですか?」
澤井「本人の話によれば奥さんの実家がこちらだそうで、先のことを考えるとこの辺で仕事をするのが最適だと思ったそうです。何がなんでもウチが良い!と言って入ってきたわけではありません。」
麟「なるほど…。面白い方ですね。ところで澤井さん、二人のときは敬語じゃなくて大丈夫ですよ。」
澤井「いえ、普段からならしておかないと、他の従業員の前でつい言葉遣いを間違えてしまいそうなので…」
麟「そんなものですか?」
澤井「そんなもの…です。」
海藤印刷に戻ると麟は林に声をかける。
麟「林さん、今少し良いですか?」
林「社長、おかえりなさい。」
麟「ただいま戻りました。林さん、報告は社長室で聞きたいのですが、今良いですか?」
林「問題ありません。」
麟「若林さんも一緒にお願いできますか?」
林「そちらも大丈夫でしょう。私から声をかけておきます。」
麟「では、15分後に社長室で。」
林「かしこまりました。」
林の態度はいつも通りであり、微塵も不審感を与えることは無かった。先に社長室に入ると机の上には従業員との話し合いについての通知文書が置いたあった。
「仕事が早い!」
麟は思わずつぶやいた。
麟「澤井さん、林さんと若林さんが来たら撮影の打ち合わせをしましょう。この文書によると話し合いは明後日なので、それまでに撮影と編集を済ませてしまいたいと思います。」
澤井「承知しました。その段取りでいきましょう。」
コンコンコン───
どうぞと声をかけると、ドアが開き、林と若林が入ってきた。
麟「林さん、通知文書ありがとう。助かりました。」
林「いえいえ、大したことではありません。」
麟「仕事が早くてビックリしました。」
林「こんなものですよ。」
麟「若林さんも急に呼び立てて、ごめんなさいね。」
若林「い、いえ、私は全然。大丈夫です。」
麟「さ、かけてかけて。」
麟は二人をソファへ誘導し、座るように促した。
澤井「話し合いが明後日とのことだから、先ほど社長から撮影と編集をそれまでに間に合わせたいと言われてね。」
若林「そ・・・そうですね。急ぎましょう。」
麟「若林さん、間に合いそうですか?」
若林「だ・・・大丈夫です!間に合わせます。」
麟「素敵!カッコイイ!」
林「でしたら、今日と明日はこちらに機材を持ち込んで、集中してもらいましょうか。」
麟「普段のお仕事に支障は?」
林「まだ新入社員なので、期限が迫った仕事もないですし、今なら問題ありません。」
麟「では、そうしてください。」
林「承知しました。部署へは私から伝達しておきます。」
澤井「さて、打ち合わせが長くなりそうだから、飲み物を頼んでおこう。社長、何が良いですか?」
麟「私はお茶をください。」
澤井「林くんと若林さんは?」
林「いやいや、専務にそんな雑用はさせられませんって。」
澤井「それこそいやいやだよ。実際、撮影の話になれば私は疎いからね。これくらいはさせてよ。」
若林「わ・・・私がやります。」
澤井「君は今回のキーマンなんだから、社長としっかり打ち合わせて。二人とも気を遣わずに何が良い?」
林「では、私もお茶をお願いします。」
若林「私も同じものを・・・すみません。」
澤井「了解。じゃあお茶4つだね。では声かけてくるよ。」
澤井はそう言うと社長室を退室した。
麟「さて、じゃあ撮影の打ち合わせをしましょう。必要な機材などで、まだ揃っていない物はどのくらいありますか?」
若林「そうですね。林さんに言われてリストにしたので、こちらをご覧ください。」
麟「林さん、さすがです。」
林「いえいえ。」
リストを見ながら麟は目を大きくする。
麟「メイク関連の道具ってこんなに必要!?」
若林「せっかくなのでキレイに撮りたいなって思いました。」
麟「えーと、映画ではないので最低限で良いですよ?」
若林「そうですか、では・・・」
リストの7割が削除された。
麟「あと必要なのはレフ板か照明器具かのどちらか・・・」
若林「そうですね、少し暗いので明るさは欲しいです。」
林「でしたら工場含めて探してみましょう。」
林は照明器具の手配に退室した。
麟「ところで若林さん、林さんってどんな人?」
麟は聞き取り第一号に若林を選んだ。
凛とした麟(りん)〜三代目社長、君主論にハマる〜 魔術師 @magician--
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