第52話 エピローグ

「お~いっ、みんなぁ~っ、こっちだこっちぃ~っ」

 更地と化した荒野の真っ只中に、こちらに向かって大きく手を振る者がいた。

『っ!』

 見ると、それはよく見知った少年であり、自分たちと師を同じくする同輩だった。

「おまえっ、ヨハンかっ!」

 誰からともなく走り出した。上ばかり見ていて気づかなかったが、あらためて見る大地は、そこかしこに掘っ建て小屋のようなものが数軒、建っていた。

「おまえっ、ちょっと見ない間にデカくなってないかっ!」

「それはまあ、俺は成長期だからな。そういうみんなのほうは、ちょっとどころじゃなく強くなってないか?」

「それはもう、本当に大変だったからな……」

 笑顔から一変、泣き笑いのような顔になる。見渡す顔ぶれの中に、何人かがいなかった。本当に、色々あったのだろうと推測する。

「いやいやいやっ、そういうこっちはどういうことだよっ、城というか街全部なくなっちまってるじゃねぇかっ!」

「まあ、いろいろ大変だったからな……」

 ヨハンはヨハンで心の底から、そして身体全体を使って、しみじみ言った。

「でも、ヨハンがいるってことは、ハルトさんもいるのか?」

「いや、もう行っちゃったよ。今頃は北西の辺りだろうな」

「……もしかして、ルールカ様たちも一緒なのか?」

「そんな訳ないだろ。ルールカ様たちは、街の人たちを受け入れてくれる所を探しているよ」

 だが無償で受け入れてくるはずもなく、エキドナが魔石の一つを純化して、さらにその魔力を使ってすべての魔石を純化した石を、その対価の保証として当てた。アークデーモンが残した大きな魔石は一度ひっくり返した街並みを、もう一度ひっくり返すために使ってしまった。……残ったのは三○○ほどの魔石と、赤ん坊の頭ほどもある巨大な魔石が一つだけ。

「ライナスさんも、ベルガンさんも、元領主様も、みんな元気にしているよ」

 ベルガンは、もう一度大地をひっくり返した時に、しれっと帰ってきた。

〈万雷の散花〉が放たれる直前、魔物たちは危険を察知して逃げて行ったそうだ。

 その隙に街へと入り、そして大地はひっくり返された。

 その顔を見た時、エキドナは迷い出たといって腹を抱えて大笑いした。ルールカは人目を憚らず、小さな子供みたいに声をあげて、わんわん泣いた。――これには訳がある。エキドナがライナスに治療を施す余地はない。そういって治療しなかったのが原因だった。ルールカは治癒されたこともあり、すぐにエキドナに食ってかかった。ロレンもなにかいってくれと懇願したが、その当のロレンが『ライナスは放っておいても元気になるよ』そういったのを通訳するなり、ルールカは壊れてしまった。

〈闘気法〉その正しい運用方法は、力の限界を超えた力の行使であり、その肉体の破壊が伴う過酷な技法だった。ゆえに闘気法には最初から、その肉体の破壊を治癒するための技術がちゃんと備わっていた。むしろ、この自己治癒ができてようやく一人前とされた。

 だが魔物襲来のおり、ヨハンはまだこれを修めておらず、力の行使による肉体破壊のために力尽きてしまった。だがエキドナの部隊が駆けつけて、危機一髪のところを救われた。

〈百腕五十頭の巨人〉の元へ向かったのは、最初からエキドナ一人だったのだ。

「ま、そんなわけで、俺は今、ここに新しい国を作ろうとしてるってわけだよ」

「ん? 新しい国を作るのか? バルツシルト領じゃなくて?」

「だから、さっきいっただろ。元領主様だって」

 城と街がなくなって、その権威が失効した。だから今、この地は空白地帯となっている。

「それで、なんて名前の国にするんだ? 俺は〈リシアン〉がいいぞ」

「なんでガイナが決めるんだよ」

「いいじゃねぇか、リシアン。可愛らしい名前だろ」

「いや、いいか悪いかっていうより、なんかふつうに人の名前みたいなんだけど」

「そりゃそうだろ、だって俺の妹の名前だからな」

「そんなの知らないよ。なんでそこで知らない人の名前が出てくるんだよ」

「いや~、俺の妹、ずっと前に魔物に殺されちゃったから、せめて名前だけでも残してやりたいって、ずっと思ってたんだよな」

「なんでそこだけ真面目な話なんだよ……」

 ヨハン自身、姉だが同じ立場なので否定しにくい。

「いや、でも、そういう話なら、俺はハルトさんのほうがいいと思うけどな」

「なら、ハルトリシアンで」

「なんか微妙にありそうだな、そういう国……」

 でも二つの名前をくっつけただけだった。いつしか皆して勝手にわいわい騒ぎ始めた。だが悪い気はしなかった。久しぶりに賑やか気分になる。

 とはいえ、ヨハンとしては、ハルトの名前は、なんとなく嫌な気分がした。

(ハルトは、あの人の本当の名前じゃないからな)

 だからだろうか、

「……ロレン」

 その名が自然と口からこぼれた。

「ロレン? ロレンって誰だよ、ヨハン?」

「えっ? あ、うん、いや、ロレンさんは、ハルトに闘気法を教えた先生だよ」

「てことは、俺たちの先生の先生ってことか。それじゃあ、ロレンリシアンだな」

「「リシアンから離れろよ」」

 という声は、方々から一斉に上がった。

(ロレンリシア、ローレシア、これじゃあロレンが消えてるな。……なら、ロレーシアっ)

 なんとなく、妙にしっくりする気がした。

「うん、決めた。俺はここに新しい国ロレーシアを建国する。国の資源は俺たちだ。この国、この大陸、いや世界最強の軍事国家を作るんだっ」

「……俺たちって、俺たちもかよ」

「そうだよ。当然だろ。俺たちの国は戦力最強かもしれないけど、けっして他国を支配したりしない。魔物の被害に苦しんでいる国があれば、いって助けてやる国にするんだっ」

「それってつまり、ハルトさんが教えてくれたことを、国単位でやろうってことか」

「そうだ。誰からも恨まれることのない、嫌われることのない国……あ、いや、でも偉そうなバカな悪徳政治家なんかには嫌われてもいい、そういう国にするんだよっ」

「いいねぇ、最強ってところが気に入ったっ」

「でも金はどうするんだ? 今から傭兵でもして稼ぐのか?」

「いや、そこはあれだ。みんなの武器を出してもらう。俺たちに武器は必要ない。この体そのものを最強の武器に育て上げるんだっ」

 ハルトの、いや、ロレンの闘いの話を兵士たちから聞いてそう思った。〈百腕五十頭の巨人〉だかなんだか知らないが、ロレンの剣は武器の優劣を完全に超越していた。

「でも、いつの日か、俺は本物のミスリル鉱で作った剣を、この国の象徴にしてみせる」

 その思いは、いつの日か実を結び、やがて次の世代へと引き継がれていくことになる。

〈終〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふたつの魂が交わるとき 夏乃夜道 @yomiti222

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ