後編

 案外早く彼の風邪は治り、きっと彼も同じ気持ちだったのだろう、今度は女の子たちとの予定が決まる前から「また下見に行きたいところがあるんだけど」と打診が来た。

 当然、僕は大歓迎。

 そうして毎週のように、二人で恵比寿や代官山、下北沢や吉祥寺をめぐった。

 デートの予習をしていると勉強が追いつかない僕のために、彼は個人授業もしてくれた。彼の教え方はわかりやすく、テストに出るポイントもよく当たったので、僕は成績まで上がってしまった。

 「イケメン風(未満)」でしかなかった僕が、彼のおかげで名実ともにイケメンになりつつある……なんて思ったとしてもしょうがないだろう。授業も昼休みも放課後も、何から何まで彼と一緒。女の子たちから「うちのクラスのイケメン二人」という目で見られるのがニヤけてしまう。僕たちがふざけて何かしていればすぐに誰か寄ってきて「なあに~?」と会話に加わろうとする。彼が「何でもないよー、ナイショ」とあしらえば更に盛り上がる。そして帰りには二人でコンビニで買い食いしながら「あれウケたよなー」とか「〇〇ってスカート短いのなー」とかちょっと本音で笑い合う。遠くに女の子が見えて、彼が手を振ればきゃあきゃあと黄色い声。僕もちゃっかり手を振ってみたらきゃははと笑われ、彼がふざけて僕に抱きついたらヤダー!と大笑い。

 女の子たちが去った後、彼はコーラを飲みながら「ちょっと、ごめん、ね」と僕に謝った。

 ウケ狙いのために僕に抱きついたこと?別に、気にしてないけど。

 「全然いいよ」と言うと、彼は「よかった」と、安心したみたいだった。

 喉が渇いたようで、めずらしく、僕のコーラまで飲んでしまった。


 そうした努力が実を結び、夏休み前。

 どこかから、風の噂で、僕に告白しようとしている女子がいる……と聞いた。しかもそれは何と、あの、うちのクラスの可愛いランキング1位の子だという。

 そんな、まさか。

 こんなことってあるだろうか。

 高校最初の夏休み、僕に彼女がいるなんて……しかも相手はクラスで一番可愛い子。控えめに言っても夢じゃないか?

 でも、彼に相談するのはちょっと気が引けた。だって、本来は彼とその子がくっつくはずだ。

 ……いや、彼の本命がその子とは限らないか。実は2位の子狙いかもしれないし。

 僕はもう、正直、1位だろうが2位だろうが女の子と付き合うというだけで舞い上がってしまっているけど、きっと彼はそんなんじゃなくてきちんと相手を見定めているに違いない。

 それで僕は、直接彼に確かめてみることにした。

「その、ぶっちゃけさ……お前の本命って〇〇(1位の子)だったりする?」

「えっ?そ、そんな、急にどうして?」

「いや、ちょっと確かめておきたくて」

「まさか、お前、告白……?」

「あ、いやいやいや、そうじゃないけど!」

「そうなの?……好き、なの?」

「す、好きとか、じゃないし、わかんないけど」

「あの……お、おれの本命は別のやつだから、遠慮とか、しないで」

「あ、そっか。わ、わかった」

 ちなみに誰?って聞きたかったけど、何となく、聞けなかった。


 そして、夏休みになった。

 なってしまった。

 あれ、こ、告白は……??

 待てど暮らせど何のイベントも起こらない。噂もパッタリ。まるで、何かの力でふいに立ち消えになってしまったみたいに。

 ま、まあ、僕なんかが噂にのぼったというだけでも光栄なことだろう。

 ああ、それに、夏休みは彼と同じ塾の夏期講習に申し込んだから、そっちの出会いだって期待できる。そして今度は私服デビューだから、彼が服を一緒に選んでくれるというのだ。何から何まで世話になって、まったく、どう恩返ししていいかわからない。

 そう言うと、彼は、高価なプレゼントとか、ダブルデートのセッティングとかでもなく、もしよかったらお前のうちに泊まらせてほしいと言った。

 そんなことなら朝飯前だ。夏休み、彼女と外泊するには……とか散々妄想していたので、「男友達がうちに泊まる」というイベントなど何でもない。たまに、スマホの調子が悪いとかで家電いえでんに電話が来ていて、親がその礼儀正しさを知っていたこともあったから、一も二もなく親の了承を得られた。


 兄に、そんなことをぼちぼち話した。高校初の夏休みに彼女と外泊なんて、さすがにそうトントン拍子にはいかないねと。

「でも、そのイケメンくんはどうなんだろう?さぞかしトントン拍子なのかな?お泊りとか?」

「そういえば、ずっと一緒にいるけどそういう予定は聞いてないな」

「ふうん……」

「お眼鏡にかなう子がいないのかな、それとも実は告白する勇気がなくて、されるのを待ってるとか?それってちょっと情けないかなあ、いやでも、彼はそういう雰囲気作りがすごくうまいから、お目当ての子を囲い込んでいる最中なのかもしれない。だって本当にイケメンだからさ、いつの間にか好きになっちゃうんだよ。どんなに奥手な子でも、彼が本気を出せば、夏休み中には落としてると思う。相手に告白させてね」


 彼が泊まりに来た後、兄は、「彼は本当にイケメンだね。お前の見立てはきっと正しいし、予想はその通りになると思う」と言った。


 そうか、昨日から既読なのに返事が来なくて、来週の買い物の約束がキャンセルされたのは、その子を落としてる最中で忙しいからか。

 だったら僕は大人しく我慢してなきゃいけないけど、でも、会えないとなると、何だか無性に会いたくてたまらなくなってきて、頭が彼のことでいっぱいになって、何も手につかなくなった。それから、もしかして忙しいとかじゃなく僕のことを嫌いになったんじゃ……と考えたら居ても立ってもいられなくなって、兄に言ったら「その気持ちを正直に伝えるといいと思う」とアドバイスされた。それと、「イケメンくん、トントン拍子だね」と。

「やめてよ、まだ決まったわけじゃないし、そうなったら本当に会ってもらえなくなる」

「いや、まあ、大丈夫だと思うよ」

「そんな、他人事だと思って。こっちは本当に必死だし、真剣なんだ」

「うん、うん」


 その後、どうしても会いたい、会って話したいとメッセージを送ると、今度はちゃんと返事が来て、会えることになった。それで僕は本当に舞い上がって、実際に会ったらもう頭がおかしくなりそうで、「これからもずっと一緒にいたい、休みの日でも会いたい」と伝えると、「まるで告白みたいだね」と微笑まれた。


 それでようやく僕は、夏休み中に落とされた本命の子は僕だったということに気がついた。



(End)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【BL】イケメンになって高校デビューしクラス人気No.2になったのに彼女は出来ないみたいです。 あとみく @atomik

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ