あの日あなたに
菜月 夕
第1話
僕はその日恋をした。
もうアラサーも終わりに近い、くたびれかけたサラリーマンが高校生になったばかりの彼女に恋をする。そんな不遜な事はあってはならない。
近所の高校の入学式に門をくぐろうとした彼女は光り輝いていた。
煌めくリップと薄い桜色の頬。彼女は驚いた様に眼を開いて僕に向かって礼をして門をくぐっていった。
僕は息も止められてそれを眺めるだけだった。
彼女にもう一度逢いたい。でもこんな僕では。
ふらつくように何処へとも知れずに歩いているとそこへたどり着いた。
ここは?何か見覚えのある懐かしい風景だ。
あれ、あの駄菓子屋はもう十年以上も前に無くなったはずだ。
駄菓子屋の中にカレンダーが貼ってある。十二年前の日付だ。
僕は過去へ来てしまったのだろうか。
帰り道を探して店を出ると公園があってそこから鳴き声が聞こえる。
探すととても可愛い女の子がポツンとうずくまっていた。
「大丈夫だよ。僕が一緒に帰り道を探してあげる。お名前は?」
「あかり」
「あかりちゃんか。おうちの事をゆっくり思い出してごらん」
さいわい知った場所だ。あかりちゃんは手を差し出して僕とつないで家の近くまで歩いて手を振って家に入っていった。そして僕が振り向いてみるとそこはいつもの街角だった。
なんだったんだろう。
でもつないだ手のぬくもりが残っていた。
あかりちゃんか。あんな小さな女の子なら気軽に声をかけれるんだけど、女子高生なんて敷居が高すぎる。僕は想いを振り切って仕事場へ向かった。
出先の仕事は昼前には片付き、再び高校近くのバス停を通る。彼女だ。
彼女はひとり物寂しそうにバス停に佇んでいた。今日のバス時間はさっき行ったばかりで後一時間は無い。どうしたんだろう。
「バスはしばらく無いよ。こんなとこで後一時間もいたら風邪をひく。
送ってあげようか」僕は思わず声をかけてしまった。
しまったこれじゃ不審者かナンパだ。こんな叔父さんでは……。
でも彼女はニコッと笑って近くに止めてあった僕の車に乗り込んで来る。
あまりにも無防備すぎるよ。でも彼女は話し始めた。
「二回目ですね。こうして助けて送ってもらうのは」
そして僕はさっき逢った女の子とこの彼女が同一人物なのを知った。
そう、こうして私は彼女の傍に居る。それがどんなに細い可能性の糸だったことかも。
その幾つもの可能性を一つにするためにはあの日に行かねばならない。
私があの日に彼女に逢えるようにあの時間のすぐ前に行って仕事場の日程をあの学校の近くに入れておく。
私が彼女を見た後にあの路地に行くように誘導する。そしてあの子に逢うのだ。
あかりは隣に立っている彼の姿を愛しくみつめていた。
そう、今のこの時間は可能性の細い糸。私はあそこに行かなければ。
あの公園のそば。そこに私は居た。声をかける。
「あかりちゃん。独りでこんなところに居たらダメ。あの公園に行ったらもう少しでお迎え
に来てくれる人がいるから寂しいかも知れないけれど待っているのよ。
そしてその人をしっかり覚えておくのよ」
あの時、私はそう言われて公園の隅で待っていたけれど、それでも不安になって泣き出してしまっていた。
そんな私を自分も初めての時間旅行で迷っていたのに助けてくれた。
そして私はあの日の朝に行く。自分の部屋に新しいリップを置いておく。
最高の自分で入学式に向かったんだ。
この現在が彼が導いたものなのか私が創ったものなのかそれはどうでもいい。
私の隣にはこうしてあなたが居る。それだけでいい。
あの日あなたに 菜月 夕 @kaicho_oba
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