ヴィイ-存在しないBLゲーム?に引きずり込まれる-

ミド

作者との対面

 20XX年5月。とある同人即売イベントの会場入り口に私は立っていた。勿論「ヴィイ、ある侯爵家の悪夢」を買うためだ。サークル主は「荒屋敷 繋」、サークル名は「カルナカーネーション」。サークル主のアカウントでもイベント公式サイトでも、スペース番号は何度も確かめた。

 思えばあの夢を見なくなった後、数か月が経っていた。多分「プレイヤー」改め「読者」は作者にとって用が無くなったのだと理解したが、何しろ半年近く付き合わされた物語である。結末は知りたかった。

 そして丁度先月、「ヴィイ、ある侯爵家の悪夢」という一次創作小説がこのイベントで初頒布されることを知った。そのあらすじは、まさしく私が繰り返し見たあの二人の物語に違いなかった。

 そして私は会場へと歩き出す。「カルナカーネーション」は中央やや西側の島の入口から3番目の、スペースK-35。K-35、K-35。頭の中で何度か復唱し、目的の場所へまっすぐ進む。

 辿り着いたスペースでは、別の来場者が荒屋敷さんとお喋りをしていた。

「——で、この『ヴィイ』は人生で初めて下読みをしてもらった作品なんですけど、その依頼した相手が結構面白い人で……そもそもこれ、ロシアっぽい架空の国の貴族の屋敷を舞台にしてて、表紙の男の子がご主人様から暴力を振るわれる展開が多いんですよ。読んでくれたIさんが『なんてひどいの! もう、ボルシェビキを呼んでくるしかない!』って言って……」

 確かにそうだった。昨日のことのように思い出す。私はとりあえずストーリーには何も言わず、傍観しながら物語からの脱出方法を探す気でいたのだが、主役のパーヴェルが屋敷の地下牢から脱走して捕まり、拷問にかけられる羽目になった展開を見て思わずそう声に出して叫んでしまったのだ。

「実はちょうどその時期に、途中で筆が止まって挫折しかけたんですよ。その一言で『そうだ、主役の貴族を処刑しよう。』って閃いて、そこからも色々やりとりがあったんですけど、結果として自分一人で考えるより良い作品になったと思います」

 荒屋敷さんが来場者に語るとおり、私達の間には「色々」あった。

 この物語はそもそも、自分の実の弟パーヴェルが「ヴィイ」、即ち屋敷に憑りつき代々の当主の息子(ほぼイコール次代の当主の兄弟)として生まれてくると語り伝えられて来た悪霊の、現在の器だと言い張るフョードル・ニコラエヴィッチ・ポドコフ侯爵が、悪霊を封じようとする話である。ただ、先祖代々語り継がれる悪霊の封印方法が「武器や毒を用いて殺せば道連れにされるため、ヴィイ自らの意思による生の放棄に基づく死に至らしめなければならない」というものであり、その実践のために私から見れば余りにもヤバい行為の数々が行われるのであった。

 正直言って、危険な思い込みを抱えたどうかしている男、そもそもBLなのにラブの欠片も持ち合わせていないし、というのがフョードルの第一印象である。実際、彼の暴力は「愛情表現」ではなく、本当に憎いから痛めつけているのだと作中で当人が宣言していた。

 そこからツッコミを繰り返すうちに、私の主観では深夜に部屋に忍び込もうとするなどパーヴェルから兄への過剰な付き纏いじみた行動にも難があることが判明し、一方荒屋敷さんも言われっぱなしではなく「今回は健気受けって決めてるんで!」などあれこれ言いあった。

「ええーっ、処刑ですか」

「結末は読んでみてのお楽しみです」

 そう、最終的には主役の二人とは直接関係なく戦争による国民の疲弊と不満、そしてそれに対し何ら対策を講じない政府の態度が革命を呼び、物語の舞台セレブラ帝国は崩壊する。革命軍の兵士達がポドコフ家の屋敷にも押しかけ、逃げ遅れたフョードルは隠れる場所を求め以前パーヴェルを閉じ込めた地下室に駆け込んだ。しかし、そこには5年前に自害させ死体を燃やしたはずのパーヴェルの姿があった。恐怖のあまり地上へ逆戻りしたフョードルの目の前には、待ち構えていた兵士達が……という、墓穴を掘ったに近い末路だった。

「ありがとうございます、楽しんでくださいねー」

 私が思い返しているうちに、来場者は「ヴィイ」を購入して別のブースに向かった。いよいよだ。

 なんと声を掛ければいいのかわからないので、私はまず机の上を眺めた。本人もSNSに掲載していたとおり、「ヴィイ、ある侯爵家の悪夢」の表紙には寒々とした屋敷の地下室で悲嘆にくれるパーヴェルと険しい表情のフョードルが描かれている。その他の本、表紙を飾るのは暗い表情の少年が多い。

 そのスペースの隅に、「イリヤムロミさんを探しています」と書かれたミニホワイトボードが置かれている。私は躊躇った。名乗り出るべきか。名乗ったところで、何を話せばいいのだろう。

「あの、すみません……」

 私はそう言いながら「ヴィイ」を手に取った。

「あ、ども。うちのサークル、初めてですか? その本、ラベルに書いたとおり結構暴力シーンとかあるんですけど、それでも大丈夫なら800円です」

 思わず笑いが出た。「結構」どころか、最初は9割近く暴力だった。ラベルにもこうある。「『どうか僕の存在を拒まないでください、それ以外何も望みません』——フョードル様あにうえは全ての使用人に優しいお方、『悪霊ヴィイ』であるおとうとを除いては……」

「あはっ……だ、大丈夫です。これ、一冊よろしくお願いします」

「ありがとうございます」

 結局、やり取りはこれだけだった。私は名乗らずにスペースを後にしたけれど、荒屋敷さんは私の顔をまじまじと見ていたように思う。もしかして、気づいたのだろうか。


 まずは物語の結末を確かめたい。私は一旦イベント会場から出て、近くの休憩スペースに向かった。本文の最初のページ一行目から、私は目を丸くした。

「旅客機がボグダノグラードに着陸し、ニック・パドコフ氏は生まれて初めて曾祖父の故郷セレブラの地を踏んだ。彼の二人の息子、テディとポールも父の後に続いた。パドコフ氏は手元の地図と指差し会話帳つきガイドブックを確かめた。彼はセレブラについて、スパイもののドラマの悪役としてしか知らないと言ってもよいほどで、彼らの言語も碌に話せない。にも拘わらず、ここで片付けなければならない一仕事を抱えていた——」

 見覚えのないオープニングだ。私が何度も見ていた話は、確か、「ポドコフ侯爵家の代々の当主は」で始まり、兄である初代侯爵の繁栄を妬み、生前から富を簒奪しようと企んでは失敗しやがて兄に殺されるも、悪霊に堕ちてなお家を乗っ取ろうとする弟ヴィイの昔話が続く筈だった。

 もしかして、「私」がいなくなった後も物語の改稿は続いたのだろうか。一旦、真ん中あたりのページを開いてみた。

「パドコフ氏は再びあの気色悪い夢を見た。テレビドラマや映画で見るような、海の向こうの百年前の服装をした暴力的な男が少年を縛り付け、罵声を浴びせながら鞭打っている。この少年になんの非があるのだろう? 曾祖父は、かつて暮らしていたこの屋敷を『呪われていた』と語ったが、あれは作り話ではなく真実だとでもいうのだろうか」

 おそらく、荒屋敷さんが主役二人の物語から数十年後の現代の人々のエピソードを追加したのだと私は推測した。それにしてもあの陰湿屋敷、数十年後もまだあったんだ。ロシア帝国がモデルの国が舞台なら、共産党なりドイツ軍なりに丸ごと燃やされておくべきだったと思うよ……

 それはさておき、私は一旦本を閉じた。この様子では他にも変更した箇所が色々ありそうだ。二人が辿った結末はどうなっているのだろう。一度最初から、彼らに出会い直してみよう。


 私は改めて、最初のページを開いた。

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