天女の涙
kou
天女の涙
風はそよそよと吹き、陽光が降り注ぐ。
少し小高い丘は現在は自然公園として整備されているが、長禄・寛正年間には城が築かれていたそうだが、今はその痕跡はない。
中学生の
地元の郷土史に詳しい学芸員の話を聞いた後は自由時間だ。
光希は両腕を、青い空に向かって伸ばしながら深呼吸した。
気分が晴れやかになる。
そんな気分をぶち壊す様に、一人の少女が声を掛けてくる。
「光希。どこ行くんや?」
関西弁の少女の名はクラスメイトの
「散歩」
「ならウチもつきおうたるわ。学芸員も言うとったやろ。ここは歩道を整備しちょるが整備していない山道もあるやで」
そう言って、彼女は光希の隣に並んで歩き出した。
「……そんなこと言って。目当ては僕のメモだろ」
光希の指摘に由貴は苦笑いを返した。
「しょうがないな」
二人は仲良く肩を並べて歩き出す。自然を満喫するように木々が立ち並ぶ道を歩いていると、ふと山の手に岩があるのが目に入った。それならばただの自然石だが岩の側には石碑の様なものが置かれている。
「何だろう?」
光希が近づいてみるとそこには文字が刻まれているようだった。
「何か書いとるな」
「天…舞降……女。鬼…化」
文字を読んでみるものの意味はよく分からなかった。
二人が思い悩んでいると、そこに年老いた声が響いた。
「天女岩じゃよ」
驚いて振り返るとそこにいたのは地元の人らしい老婆だ。白髪交じりの髪はすっかり灰色になっている。腰籠には山菜の入ったかごを背負っている。どうやらこの近くの山の幸を取りに来た様だ。
「天女?」
由貴が訊くと老婆は空を見上げて目を細めた。
「天部に住む女性のことで、今風に言えば天使かの。《天女の衣掛柳》というのを知っておるか?」
老婆の問に、二人は首を横に振った。
【天女の
日本各地に天女の羽衣伝説が残されているが、余呉湖の伝説は最も古いものとされる。
『近江国風土記』養老七年(723年)条の記載によると、琵琶湖の北・余呉湖に八人の天女が沐浴をしていた。
漁師である桐畑太夫は天女の一人に恋を抱き、柳の木に掛けてあった羽衣を一枚だけ隠し求愛し、天女は太夫の妻になった。
夫婦の間には男子が生まれ、陰陽丸と名付けられる。陰陽丸は利発な子供に成長し、菅山寺を参詣した
この陰陽丸こそが、後の
「伝承では天女様は羽衣を見つけて天に帰ったというが、この地にある伝承では、天女は地上に残られたというんじゃ。そして、その岩は悲しまれた天女の亡骸なんじゃよ」
そう言われて、二人はもう一度その岩を見た。言われてみれば人が顔を両手で覆って悲しんでいる姿に見えた。
「せやかて。何で石になんかなってんねん? 石像とかやったらまだしも」
確かに墓石にしてはおかしいと思ったのか、由貴が言った。すると老婆は悲しそうな顔で答えた。
「道真様が鬼なったからじゃ」
老婆の言葉に、二人は目を丸くし光希は歴史を思い出した。
「菅原道真は右大臣にまで出世したけど、嫉妬した
老婆は悲しそうに頷いた。
「天人の血を持つ者が、人を殺す様に母である天女は嘆き石と化したんじゃ。倒れてしまったのは先日の地震のせいかもしれんのう」
その言葉に、光希達は顔を見合わせた。そういえば数日前に大きな地震があったことを思い出したのだ。
それはこの辺りでも揺れたハズだ。
倒れた天女岩を光希は凝視する。
彼には思うものがあった。
すると光希が動いた。
それに追従するように由貴も動く。
「光希。何を考えとるか分かっとるで、ウチも手を貸したるわ」
「……重いよ」
光希は女性である由貴の身を按じた。
「翻子拳で鍛えとるウチを、そんじょそこらの女と一緒にせんといてえな」
そう言って、由貴は一人で岩に手をかけると力を込めた。
しかし、びくともしない。
石、砂の比重は水1に対して2.5程ある。見た目の大きさに反して重量は100kgを超えていた。
「僕もいるよ」
そう言いつつ、今度は二人で力を合わせて持ち上げようとしたのだが、やはり動かない。
それでも諦めきれずに二人が奮闘していると、岩は少しずつ動いて浮き上がる。何とか動かすことは出来たものの、このままでは到底持ち上がらないだろうと思われたが、二人が裂帛の気合を入れると、岩は地を支点にして持ち上が立ち上がった。
天女岩を元通りに正立させると、老婆は嬉しそうに笑って礼を述べる。
老婆の言葉に、光希と由貴は
その時、光希は天女岩の顔にあたる箇所から一雫が零れ落ちるのを見た気がした。
倒れた時に付着した露か何かだろうか。
そう思った時には、もう消えていたので気のせいだったのかも知れない。
天女の涙 kou @ms06fz0080
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