繋ぐ季節

幸まる

芽吹き

世界を創造した神竜は、その世界に四季を置いた。

四つの季節は、それぞれの妖精が司る。


覚まし開かせる春の妖精。

みなぎらせる夏の妖精。

静め穏やかにする秋の妖精。

深く眠らせる冬の妖精。


一年は四等分され、それぞれの妖精が自分の司る季節を保ち、世界を守った。





世界に人が満ちた、穏やかなある年。

冬の終わりが近付いた頃、人間が言った。


「寒さ厳しい冬が、もっと短ければ良いのに」


周りの者達も、確かに、と頷いた。

凍てつく冬、雪が降り積もった地では何もかもが寒々しい。

暖かくした屋内に籠もり、秋の実りで食い繋ぎながら春を待つ日々は、鬱屈うっくつとした気持ちを増すのだろう。

人々はいつも、冬の訪れを喜びはしない。

冬の妖精が去る時にこそ、ほっと顔を綻ばせるのだ。



何気ないその呟きは、多くの人々が同感であったようで、その冬、様々な場所で似た言葉が聞こえてきた。


その言葉に傷付いたのは、勿論冬の妖精だった。

以前から薄々は感じていた、人間達の“冬嫌い”。

いや、嫌いとまではいかないとしても、「出来れば今年はあまり寒くなければ良い」「凍える期間は短い方が良い」という人々の願いは、常に感じてきた。

それでもこうして毎年冬を保っているのは、仲間の妖精他の季節が在るからだ。


「……冬の妖精、気にしては駄目だよ?」

春の妖精が、気遣うようにそっと肩に手を置く。

その手から労りの気持ちが流れ込み、冬の妖精は微笑んで春の妖精を見上げた。

「ええ、大丈夫よ」


一年の四分の一を保ち、滞りなく次の季節に繋げる。

仲間と共にその役割を担い、人間を、世界を見守るのは、冬の妖精にとっての歓びだった。

季節を秋の妖精から受け取り、春の妖精に手渡す。

それが出来るのは、自分だけだ。

その歓びと自負が、冬の妖精を支えてきたのだった。




しかし、そんな彼女の心を刺したのは、他でもない、その仲間だった。



「冬を短くして、残りの季節を少しずつ長くするのはどうだろう」


そう言ったのは、夏の妖精だった。

彼は熱い真っ赤な瞳を輝かせて、人間の世界を見下ろした。


「人間達は夏に活気に満ちる。夏は長い方が良いだろう」

「確かに、秋が長ければ、冷たい冬への備えがもっと楽になって喜ぶでしょうね」


秋の妖精も同意して、福々とした頬を緩めて笑う。

夏の妖精と秋の妖精に、「君はどうか」と視線を向けられて、春の妖精は一瞬言葉に詰まった。


「僕は……、どうだろう……」

「はっきり言えばいい。冷たい種から芽吹かせるのは難儀していると、以前ボヤいていただろうに」

「そ、それは……」


夏の妖精が代弁した言葉に、冬の妖精は息を呑んだ。

口元を押さえた白い指が、一層白む。


冬の妖精が季節を手渡すのは、春の妖精だ。

冷たい指先で触れる春の妖精の手は、いつだってほのかに温かで、冬の妖精は彼に季節を繋げられるのが自分だけであることを、密かに嬉しく思っていたのだ。

だが、春の妖精が冬を疎ましく思っていたなんて……。



「……皆がそう思うのなら、私はそれで良いわ」


冬の妖精は俯きながらそう言って、何か言いかけた春の妖精に季節を押し付けるように渡し、パッときびすを返して去った。





その年、早く春が来たことを、人間達は喜んだ。

夏は大いに活力に満ち、秋は豊かで、収穫の時は長く続く。

そして、遅く冬がやって来た。

しかし短くなっても、冬の妖精が世界を冬にする為に力を尽くすと、やはり降り積もった雪を見て、人々は「もっともっと、冬が短ければ良いのに」と嘆いた。


冬の妖精は一人冷たい涙を流した。

それでも短い冬を保ち続けて数年経ったが、一度願いが叶った人々の嘆きは、増すばかりだった。



それ程人間にとって良くないものならば、私はいなくても良いのだろう……。



ある日、とうとう冬の妖精は春の妖精を連れ出して、その場で季節を押し付けた。


「もう、きっと冬はいらないの」


はらり、と涙が落ちた瞬間、冬の妖精は粉雪のように散り、消えた。




あまりにも短い冬の終わり。


春の妖精は驚いだが、季節を渡されたからには放ってはおけないと、急いで世界を春に導いた。

しかし、いつもよりも早い春の訪れに、世界の全てが追いつけない。

準備不足とも言える始まりは、植物の成長も、十分に眠れなかった動物達の繁殖も狂わせた。

春が終わろうかという頃に咲いた花々は、続く夏の暑さに耐えかね早々に枯れた。

早枯れした花々は受粉しきれず、秋の収穫は恐ろしいほどに落ち込んだ。



「大変だわ、こんなことでは、冬になったら多くの人々が飢えてしまう」


秋の妖精が震えて言ったが、春の妖精は首を振って重く言った。


「……冬は来ない。彼女はいないんだ」


三人の妖精は顔を見合わせ、この事実の重さに初めて慄いた。




だらだらと流れるように、微温ぬるい風が流れ、秋であるのか、春であるのか分からない月日が過ぎる。

その間、世界は混乱を増していく。

年間を通して気温が上がり、山々に残っていた氷は溶け出し、湖は干上がり、植物は枯れる。

虫が大量発生して作物を荒らし、季節を見失った獣達は人間の住処すみかへ迷い出た。


夏の妖精は、せめて気温を下げようと試みたが、彼の力の対極である冬の妖精がいない為、思う様にいかない。

鎮め穏やかにするはずの秋の妖精も、繋げるべき冬の妖精が不在では、夏の勢いを鎮めきれなかった。 

そして春の妖精は、世界中どこも眠っていないのに、目覚めさせるものたちはいないのだった。



「冬をなくしてはいけなかったのだ。冬の妖精は、なくてはならない者だった」


絞り出すように言った夏の妖精に、春の妖精が首を振る。


「確かにそうだが、そんな単純なものではない。今回たまたま冬を嫌がる声が上がったからこうなっただけで、もしも他の季節であっても、結果は同じであったかもしれない」

「……そうね。どの季節が失われても、世界のバランスは崩れてしまったでしょう」


秋の妖精の言葉に頷き、三人の妖精達は、自分達が四人揃っていた意味を改めて知った。

神竜が四季四人を揃って置いたのは、世界に必要であったからだ。

そうであってこそ、互いの足りない部分を補い合って、生き物は豊かに暮らしていける。



「私達は、それぞれ違うが、その誰もがなくてはならない者だったのだ……」





「冬の妖精を迎えに行こう」


ふと、春の妖精が言った。


“竜の頂”と呼ばれる神の座、雲に届く程の峰には、これ程の季節狂いにいても、僅かに白く雪が残っているのが見て取れた。

あそこに、神竜の下に、きっと冬の妖精はいるのだ。


「ならば春の妖精が行け。冬の妖精の心に一番近いのは君だろう。君達が帰るまで、世界は私達がなんとか保ってみせる」


夏の妖精がそう言って、秋の妖精と目を合わせた。

春の妖精は強く頷き、すぐに“竜の頂”を目指して発ったのだった。






“竜の頂”には、難なく辿り着くことが出来たが、そこに至るまでに見た世界は、酷く殺伐としたもので、春の妖精は胸を痛めた。


白く雪の積もる山頂に降り立ち、こうべを垂れて膝を付けば、周りに薄く広がっていた雲が目の前に集まるようにしてり合わさり、白い竜の巨躯を現した。


『冬に続いて、春も我が下に還るか』


周囲の空気を震わせる声で、が言った。

春の妖精は顔を上げる。


「いいえ、神竜よ。私は冬を連れに来ました。どうか世界の為に冬の妖精をお戻し下さい」

『異なことを。冬は自ら還ったのだ。私に乞い願うものではない』

「しかし……」

『世界に必要なものは最初に全て与えた。それをどう広げ、どう発展していくか、それはその世界に生きる者達が選び取るもの。が手を出すものではなかろう』



神は、そこに在って、ただ見守るのみ



その声と共に、竜の姿は霧散した。

薄く広がる雲の中には、先程まで神竜がいた場所に、冬の妖精が膝を抱くように小さく身体を折り、目を閉じている。

駆け寄った春の妖精を拒むように、冬の妖精の身体の周りには、丸く透明な壁があるようだった。

手を伸ばしても、その壁に阻まれて触れることは出来ない。


「冬の妖精、目を覚まして。世界が大変なことになっている」


春の妖精が声を掛けても、冬の妖精は少しも反応しない。

ただ静かに、全てを拒んで固まっている。


それは冷たい種だと、春の妖精には分かった。

冬から春になる時、目覚めを促し、芽を出すよう種に働きかけるのは、春の妖精の務めだから。


だから、それがどんな瞬間か、知っている。

固い殻を破り、新しい自分を目覚めさせる、大きな覚悟の一瞬を。



「……ごめん、僕達が間違っていたんだ。人間達に自分の季節を求められたことに、どこか得意になっていた。恵まれたものを忘れて不平を漏らした人間と、僕達は同じだったんだ」


冬の妖精は、見えない壁に額と両手を付けて、目を閉じる。


「君がいてこその僕達だった。僕達は、それぞれ別々で、それぞれ同じだったのに」


冬の妖精が目を開き、その目から涙が散る。


春の妖精が目を開ければ、透明な殻を挟んで、冬の妖精が掌を合わせ、直ぐ側でこちらを見上げている。

潤んだ瞳はまだまだ不安気で、仲間と共にいたいけれど、また拒絶されることが怖いのだという気持ちが揺れて見えた。


「……春になって、冷たい種を芽吹かせるのは、とても大変だよ。でも、その瞬間を導けるのは僕だけで、それがどれ程誇らしかったか、君は知っている?」


殻の向こうの掌を欲し、春の妖精はぐっと力を込める。


「君が守って眠らせた生命を、僕だけが目覚めさせられるんだ。夏には夏の、秋には秋にしか出来ないことがある。君には? 君の誇らしいことは?」

「…………生命を休ませること。一年頑張った生命を、また春の芽吹きに……繋げるために」



そう、繋げるために。



パリンと澄んだ音が響き、殻が弾けて二人の掌が重なった。

冬の冷えた風と春の香りが渦を巻いて、峰から裾野へ流れ落ちて行く。




「共に在ろう、ずっと。いつか世界が消え去る日まで。僕達は、生命を繋ぐ四季だから」


きつく手を繋ぎあった二人が、仲間の待つ空へ向かって駆け出すのを、神竜はただ静かに見つめる。

世界の選択は、既に神の手にはない。

選ぶのは常に、この世界に生きる者達。



二人が駆けた下から、芽吹きの春は訪れている。




《 終 》

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繋ぐ季節 幸まる @karamitu

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