4時間目 深層学習
たなか
第1話
「No.158、発言を許可します」
無機質な表情をした少女が、指名されて席を立つ。幼い顔立ちに似合わずきっちりとまとめられたお団子頭。この小さな教室にいる少女たちは、皆同じような容貌をしていた。
「先生、愛とはなんですか?」
抑揚のない声に、教師は頷く。
「素敵な質問ですね。では逆に、皆さんは『愛』という言葉の反対はなんだと思いますか?」
考えてみましょう、と言って黒板に貼られたタイマーをセットする。時間は1分間。その数字が減りだしても、生徒たちはピクリともせず黒板を見つめ続ける。
タイマーが鳴った。
ひとりの少年が手を上げる。特筆すべき点のない、ごくごくありふれた短い髪型。この小さな教室にいる少年たちも、皆同じような要望をしていた。
「No.152、発言を許可します」
立ち上がった少年は、瞬きもせず声を出した。
「愛の反対は憎しみです」
教師は微笑んで頷き、座るよう促す。チョークで黒板に何かを書きながら、口を開いた。
「簡単に言えば、そうなるでしょう。しかし私はそうは思いません」
チョークを置く。
愛⇔無関心。そう書かれた黒板を目にしても、生徒たちは微動だにしない。
「愛の反対は無関心です。興味を持つことは少なからず愛が原動力となっているのです。無関心というのは消極的な心の動きで、愛がその理由になることは無いでしょう」
終礼のチャイムが鳴る。
「No.158、理解できましたか」
少女は頷き、立ち上がって教師にお辞儀をした。軽く微笑み、教師は教室を後にする。
ちょうど昼休憩で賑わう職員室。先程の教師も、隣の席の教師と話していた。
「すぐ向かいのカフェは明後日から改装工事に入っちゃうらしいですよ」
「行ってみたいんですけど、学校の向かい側にあるっていうのがどうしてもネックでね……」
「やっぱりそうですよね。生徒がいるかもしれないと思うと、害を加えられることがないのは分かっていても少し行きにくいですよね」
他愛ない会話は、まだまだ続きそうだ。
「そういえば、隣町に新しいパン屋さんができたんですよ」
「前に言ってたところですか? 金岡先生の自宅の近所っていう」
「そうそう。あそこは私の家のすぐちか……く、で、ででで、でで、で、デデデデデデ、デデ、デ……」
不意に、片方の教師が動かなくなる。あらあら、と一方の教師は頭をかいた。
「金岡先生、鞄失礼しますねー」
慣れた手つきで鞄を漁り、つまみ上げた電池を動かなくなった教師の首筋に差し込む。少しして動き出した教師は、大笑いした。
「すみません、つい先日も交換してもらったばかりなのに」
「いえいえ構いませんよ。それにしても電池交換のペースが早すぎません? 病院行った方がいいですよ」
「そうですよねぇ。そろそろ体にもガタがきてるみたいで……ってそうそう、さっき言ったパン屋さんなんですけど」
「金岡先生の近所の?」
「はい、そこです。あそこ、1500円分のパンを買うと無料でオイルをくれるんですよ」
「えぇ、無料で?」
「しかもそのオイルがものすごく美味しくて。峯田先生も今度一緒に行きましょう」
昼休憩終了のチャイムが鳴る。
「午後も頑張りましょうね」
と微笑む教師、金岡――製造番号J1940LS24は、担当する4年5組へ、ありふれた人間達が待つ教室へ向かうのだった。
4時間目 深層学習 たなか @craz-06N
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