死に遅れた天使

蠱毒 暦

断章 新たな旅立ち

長椅子に座り、デスク上にある気難しい資料と睨めっこをしていると、突然扉が開き同年代程の男が入ってきた。


「…アレイ君か。今日も仕事熱心だね。」

「主ほどではない…報告書はいつもの場所に置いておくぞ。」

「…サンキュー☆後でさ、追加のコーヒーを持って来てくれないかな…ブラックの奴。」

「了解した…がその前に報告をしたい。」

「……ごめんだけど、今結構忙しくて…リード君の一件の後始末に思いの外、苦戦していてね…後とかじゃ、駄目?」

「…緊急を要する事態だが。」

「はぁ…分かったよ。」


資料を一旦デスクに置いてから、アレイを見据える。


「…で、何かな?…ついに『零落園』の捕捉に成功したとか…地下の封印施設の物がなくなったとか…そんな感じ?」

「…違う。もし、その程度なら主に直接報告はしない。」

「信頼してくれるのはいいけどさ…それはちゃんと報告して欲しいな!!割と大事な部類だぜ?」


アレイは意にも介さないまま、続けてこう言った。


「『天使の化石』についてだ。」

「あ〜あれか。リード君の置き土産がどうかしたのかい?…あれって確か、化石に残された僅かな遺伝子を研究所の培養槽に放り込んで…それっきり放置してたんだけど。まだ時間かかるでしょ?」

「それが…っ、主!!伏せろ!!!」


急に後ろの窓ガラスが割れる音がして、咄嗟に体を屈ませた。


(これ……特殊な防弾ガラスで…結構高かったんだけどなぁ…っあれは。)


頭上に仄かに光る白い輪っかがあり、クリーム色の癖っ毛に茶色いぐるぐる目をした20歳程の女性が翼を生やし全裸で立っている…のがそこから見えた。


「主、命令を。」

「……。」


アレイは即座に拳銃を取り出し女性に向けて構えていた。私は長椅子から立ち上がり、アレイの方へと歩く。


「あ、主!?…何を!!」

「…落ち着きなよアレイ君。この女性をよく見てごらん?」


その姿を凝視した後、アレイは拳銃をホルスターに戻し、小さく呟いた。


「…寝ている。」

「事前に培養液に睡眠薬を大量に混ぜておいて良かったでしょ…アレイ君?」

「その件は…申し訳ありません。」


女性は立ったまま寝言を呟いていた。


「…むにゃ。パンケーキ…蜂蜜…ふふふ。」

「「……」」


2人は顔を見合わせる。


「…大体の事はこの状況を見て分かったよ。」

「……どう処理する?」

「処理って…そうだなぁ。とりあえず…一度、封印施設に連れて行って…」

「…その後は?」


苦笑いを浮かべながら、派手に割られたガラスを見る。


「窓の修理をする為に…業者を呼ぶのさ。」


そう言うと、アレイは盛大にため息をついた。


……



気がつくと、ベットの上にいた。白い服を着ていて…首には拘束具が嵌められて、長い鎖がベットに繋がれていた。


「ようこそ座天使ちゃん。会うのは初めてだけど…噂はよく聞いていたよ。」

「……!」


近づいてくる男のその魂に反応し、即座に体を起こし…そして、その男を殺すべく動く。


「…あぎゃん!?」


ベットに繋がれていた鎖が伸びきったのか、男の目の前で思いっきり転んだ。


「…私を殺そうとする気持ちは分かる…かつて人が神の奴隷であったように、天使は神の使い捨ての道具にすぎないから…でも、それが君の本心なのかな?」

「……。」

「ここは封印施設。作ったのはいいけど、人類にはまだ扱えない物とかを私達が回収して保管する場所さ。」

「…封印。」


私は起き上がり、さっきから背中にある違和感について男に問う。


「…私の翼はどこでしょうか?」

「ああ。翼はあったら厄介だからさっさと斬り落として性悪に送ったよ…傷跡は残ってないから安心してね☆」

「…帝国にいた、人々は…どうなったのか、分かりますか?」

「……。」


男は真面目な表情で言う。


「私はあの場にいなかったから…予想でしか言えないけど……ほぼ壊滅したと思うよ。これに関しては、元より私が仕組んだ事だから恨んでもいい。」

「……。」


俯く私に男はハンカチに渡した。


「とりあえず、涙拭きな…って、言えないな…私の立場的に。」

「…これが、涙…ですか?」

「知らなかったかい。涙はね…何かしらの感情が溢れた時に流れるんだ。それが喜びであれ、悲しみであれ…ね。」

「…知りませんでした。」


少しの間、私は涙を流した。


……



数週間後……建物の外に出る。


「…君はこれから先、天使ではなく…1人の人間として生きてもらう…能力もほぼ人並みだ。」

「……。」

「翼…制御装置がない今、君はもう神の道具ではない。そんな君に問おうか…これからどうしたい?」


私が…したい事。神々の命令通りに従い、人間を守る事以外は…


「まだ…よく分かりません。」

「…だろうね。だから君にはここに行ってもらう。」


男から地図を手渡される。


「…ここに何が。」

「行ってみたらのお楽しみだ。」

「…今まで、お世話になりました。」

「烏滸がましい言葉だと思うけど…幸せになれる事を願っているよ。」



——座天使プラネ 



男に礼をしてから私は荷物を持って、目的地へと向かう。

                  了







































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