第2話 ヤーパンの混迷

“人は注目されないと、悪さをしてでも注目を集めようとする。それに失敗すると、今度は自分の無能さを見せつけるようになる”

(アルフレッド・アドラー[出典不明])







「ふむ、少子高齢化……ですか」

「そうじゃ。この国は、ここ100年は平和が続いておる。じゃが、そのせいか老人が増え、何故か毎年産まれる子供が減っておるのじゃ」


 クシダが宰相に就任して早数日。クシダは早速、ヤーパン王国の問題解決に着手すべく、国王の執務室にて王と対談していた。


「そのせいか、我が国の産業も停滞……いや、減退しつつある。各地で採れた作物や特産品も、運ぶ人間が減ったせいか上手く回っておらんようじゃ。そればかりか、老いて働けぬ老人達が路頭に迷う始末じゃ……」

「なるほど、人手不足に物流問題もあるわけですか……日本でも似たような事がありましたね」

「ほう、そうなのか? それで、お主はどうやって解決したのじゃ?」

「私は、“異次元の少子化対策”や“就労環境の見直し”などでこれを解決しました!」


 ヤーパン王国は、日本のように少子高齢化に悩まされており、人手不足や物流問題などにも直面しているらしい。だが、自分はこれらの問題に対して真摯に対応してきた自負がある。

 もっとも自負と実績は違うので、実際はこれらの問題の火に油を注いだ形となったり、解決に至らなかったのだが、クシダ自身にその認識は無かった。


 そんなクシダは自信満々に、自身の政策について王に語る。


「い、いじ……なんじゃって?」

「異次元の少子化対策です。子供が減っているのは、環境が悪いからでしょう? ならば、子供を産んだり育てたりし易い環境にすれば良いのです」

「ぐ、具体的には?」

「子供を持つ家庭に、補助金を支払います」

「補助金じゃと!?」

「それから、この世界には病院が無さそうですね……医者や魔導士?でしたか。人の治療に当たる人間を一箇所に集めた施設を作ります。そして国民は、この施設を格安で利用できるようにします」

「そ、それがこれらの問題にどう関係するのじゃ?」

「分かりませんか? 治療に当たる人間が一箇所にいた方が、質の高い医療が提供できるのです。この国は途上国以下……ごほん、この国では赤子の死亡率も高いと見えます。死ぬ赤子の数が減れば、少子化も改善されるでしょう?」

「な、なるほど」

「子供や母親などは、ここの利用や治療費を無償にしても良いかもしれませんね。それから、質の高い医療が提供できれば、高齢者も健康を維持できる。健康なら働けるでしょう? これで路頭に迷う老人も減り、彼らが労働力となり人手不足問題も解決するでしょう!」

「そうか、それは素晴らしい! ……じゃが」


 王はクシダの考えた政策に賛同しつつ、不安そうな顔を浮かべる。


「補助金も、その病院とやらも金がかかる。その資金は、いったいどうやって捻出するのじゃ?」

「ん? 何を言っているんですか? そんなもの税を増やせば良いだけでしょうに」

「ぜ、税を増やすじゃと!? 無理じゃ! そんな事したら、民や貴族連中の反発は必至じゃぞ!? ただでさえ、今も貴族からは多額の税を徴収し、民衆も税を納める年代の若者が減っているというのに」

「その増やした税で、補助金や病院を作るのです! さらに、子供を預かる施設なども作って、母親も働かせましょう! そうすれば、女性も老人も働く事ができ、結果として税が増えます! 労働力が増えれば、貴族達も荘園や事業の売り上げが上がるのですよ?」

「ぜ、税を増やして国民に還元するのは分かったが、それなら税を減らす方が早いのでは?」

「いいや、民はお金を持たない方が良いのです。民からは税を取れるだけ取らないと、奴らは遊び呆けて産業は育ちません! 絶対に増税、断固として増税です!」


 このクシダ……財務省出身であり、その鬼気迫る増税意識に思わず王もドン引きしてしまう。


「う、うむ……そうか。で、では話を変えよう! 実は、問題は国内だけでは無いのじゃ」

「と、言いますと?」

「実は、この国の西には樹海が広がっておるのじゃが、その先に“プー・キンペー帝国という国があっての」

「樹海……帝国……」

「我らヤーパン王国と、プー・キンペー帝国は昔から仲が悪くての。昔から我が国の領土を巡って、ちょっかいをかけてくるのじゃ」

「なるほど……中国みたいな国ということか」

「少子高齢化もあって、我が国の兵力は年々低下しておる。ここ100年は平和じゃったが、奴らがいつ樹海を超えてくるかわからん状況じゃ」

「なるほど、ますます日本と似たような状況ですね」


 クシダは仮想敵国の存在を知らされる。この国の問題は、日本同様に内外問わずあるらしい。腕の見せ所だと、意気込むクシダであった。


「それだけではない。北には“オロシャ帝国”という大国もあって、我が国を狙っておるという……。幸いにも、向こうの本国はさらに西の果てだからか、今のところはこれと言った動きは無いが、今後のプー・キンペー帝国の動き次第でこちらも攻めてくる可能性はある」

「う〜む、ロシアみたいだなぁ。それで、ヤーパン王国に同盟国は無いのですか?」

「そうじゃな、この国の東……海を超えた所に“メリケン帝国”という国がある。この国とはかねてより友好関係を結んでおる。昔結ばれた“アンポの誓約”により、この国に何かあれば救援を寄越してくれるそうじゃが……」

「なるほど……それで、肝心のその国は強いのですか?」

「もちろん! おそらく、この世界で最強の国じゃ。何せ、50の国を統べる大帝国じゃ、勝てる国があるとは思えんわい」


 メリケン帝国……地球でいうと、アメリカの様な国だろうか? これは好都合だ。これなら日本の様に振る舞えば、うまく行くに違いない!


「なるほど……では、国防は軍事費を増やすと共に、そのメリケン帝国とやらも抱き込む事にしましょう」

「は? 軍事費を増やす……? それに、メリケン帝国を抱き込むじゃと?」

「地図はありますか? ……なるほど。ほら、プー・キンペー帝国とやらが、万一ここヤーパン王国を落としたら、海を挟んでメリケン帝国は対峙する事になります。逆に、メリケン帝国の同盟国である我が国の存在が、プー・キンペー帝国の海洋進出を阻み、メリケン帝国はシーレーンを確保できているのです」


 クシダは、地図を見ながら王にヤーパン王国の現状を軽く説明する。


「そ、それはそうじゃろうが……」

「だからこそ、メリケン帝国はヤーパン王国を失う訳にはいかないでしょう! 交流を増やして、より強固な関係を結びます。それから、プー・キンペー帝国との国境近くの土地をメリケン帝国に租借し、彼らの駐屯地を作るのも良いかもしれません」

「……ふむ。プー・キンペー帝国が国境を侵す事があれば、メリケン帝国も黙っていられなくするということか。しかし、果たしてメリケン帝国がそこまでしてくれるのか?」

「それは、このクシダにお任せあれ。既に妙案がありますので」


 クシダの思惑は、ヤーパン王国の緩衝国としての重要性をメリケン帝国に認識させて、守ってもらおうというものである。要するに力のある者に媚を売って、虎の威を借る魂胆だ。

 しかし、小中学校ならそれで上手くいくかもしれないが、これは国同士の話である。そう簡単な話ではない……流石の国王も、それは懸念していた。


「そ、そうか。……しかし、クシダよ。軍事費を増やしてメリケン帝国を抱き込むにしても、相応の資金が必要じゃろう? それはどこから捻出するつもり……って、まさか!?」

「当然、税を増やせば良いでしょう? 足りないなら増やす、至極当然の話です。何を仰っているのです?」

「なっ、なんじゃと!?」

「今更どうしたというのですか? 何をするにも資金は必要です。これらの政策は、全て国の為、国民の為に行われるのですよ? 自分達の生活が良くなるのであれば、国民も喜んで税を払いますよ」

「そ、それはそうかもしれんが……。た、例えそうだとしてもクシダよ、残念じゃがそれは実現できそうにないわい」

「何故ですか!? こんな素晴らしい政策だというのに」

「他の大臣を説得するのが難しいじゃろう。内務大臣は保守的じゃし、他にも宮内大臣や軍務大臣はクシダを良く思っとらんらしい。典礼大臣は立場上、増税には反対しなくてはならんし、他にも────」

「……」


 王は、クシダの政策が実現困難である事を伝える。クシダの政策……特に、増税を行うのに障害となる官僚が多いのだ。また、突然現れていきなり宰相になってしまったクシダをよく思っていなかったり、信用していない者も多い。

 とてもクシダの政策は実現できない。王はそう考えており、クシダにそう伝えた。


 一方のクシダは、手帳を取り出すと自慢の眼鏡を輝かせながら、何かを書き込んでいく。


「────そういう訳じゃ。クシダよ、そちの話は興味深いが、ちと実現は難しいかもしれん。今度の宮廷会議で話してみても良いが、あまり期待はしない方が良いじゃろうな」

「…………なるほど」

「次の会議までに、色々と考えてみてくれ。そなたの活躍、期待しておるぞ宰相クシダよ」

「はい、お任せください!」


 クシダはそう言うと、王の執務室から退室する。すると、部屋の前で待っていた一人の男が近づいてきた。


「クシダ様、どうでしたか?」

「ああクィハラ君、どうも私の政策の実現は難しいらしい……」

「そんな!? 神の子の叡智を理解できないのはわかりますが、それを邪魔するなどとは愚かな!」


 この男は、「セージュ・クィハラ」という名前の貴族で、神の子であり宰相であるクシダを補佐する……いわば秘書や世話係のような役割を命じられていた。

 そしてこの男、信心深いのか神の子であるクシダに心酔しており、クシダから聞いた政策案を天啓の如く感じていた。


「何とか、クシダ様の政策を実現できないのでしょうか!?」

「そうですね…………ああ、そうだ!」

「な、何か妙案が!?」

(閣僚の意見が割れるのは、日本でも経験済みだ……なら、同じ事をすれば良いじゃないか!)


 クィハラの言葉にクシダは考えると、何かを思いついたようだ。


「……クィハラ君」

「は、はい! 何でしょうか!?」

「君のように、私の政策に理解を示してくれる貴族を教えて欲しいんだ……」



   * * *



 数日後。王城にある会議室では、週に一度の宮廷会議が行われていた。

 宮廷会議……絶対君主制のここヤーパン王国の、いわば国会のようなものである。この場は、国の行く末や政策が決められる、とても厳かな場である。


「き、貴様ァ! どういうつもりだッ!?」

「良い加減にしろ余所者がッ!!」

「ふざけるのも大概にしろッ!!」

「やれやれ。“貴族”などというのですから上級国民なのかと思えば、このわめきよう……これでは私の政策を理解できず、いつも騒いでいた下級国民……おっと、庶民と同類ではありませんか」


 ……とても厳かな場であるはずなのだが、何故か怒号が響き渡っていた。原因はもちろんクシダである。

 クシダが、宰相の権限で大臣達の罷免を宣言したのだ。もちろん先日王から聞き出した、自身に反対の立場の者達だ。


「み、皆の者! 落ち着けい!! く、クシダよ……急に大臣達を罷免するとはどういう事じゃ!?」

「言った通りですよ? 内務大臣に宮内大臣、軍務大臣、司法大臣、典礼大臣はこの場をもって罷免いたします!」

「ふざけるなよ貴様ッ!! この国を乱す気か!?」

「乱すだなんてとんでもない! 導くのですよ、より良い方向にね?」

「あの、質問なのですが……」

「はい、どうしました典礼……失礼、元・典礼大臣?」

「我々が罷免された後、後任は決まっているのでしょうか? 引き継ぎなどもありますので」

「それには心配に及びません、あなた達とは違って優秀な人材を登用しますので……クィハラ君!」

「はい! どうぞ皆様、お入りください」


 クシダの合図で、ゾロゾロと会議室に人が入ってくる。


「な、何だコイツらは!?」

「何って、あなた達の後任ですよ。皆、私の政策に理解を示してくれていまして────」

「ふんっ、大臣を自分のシンパで固めるつもりか! 陛下、このままでは碌なことになりませぬぞッ!」

「く、クシダよ! 流石にこれはやり過ぎではないか!?」

「やり過ぎ? 何を言っているのです? いいですか陛下、これまでこの国は彼らのように頭の固い者達がのさばっていたせいで、ここまで問題が山積みになったのです! 違いますか?」

「の、のさばるって……」

「良いですか? 上の者を刷新しないと、この国は前に進めないのです! 今こそ正念場なのです!」

「もうよいわ!! 儂は領地に帰るッ!」

「私も帰らせていただきます!!」

「ああ、軍務大臣、内務大臣何処へ行く!?」

「陛下、『元』が抜けていますよ? 彼らはもう引退したのです、放っておきなさい」


 こうして、自身の思い通りになるイエスマンで大臣達を固めたクシダは、他の官僚たちの人事にも介入し、自身の権力を強めていった……。



   * * *



「また立札だ……」

「今度は何だ?」


 王都トキオの街中で、例の如く兵士達が立札を設置して回っていた。街の住民達も娯楽に飢えているのか、立札が設置されると、ゾロゾロと立札の前に集まった。


「おーい、誰か読めるか!?」

「俺が読んでやるよ! 何々……この国の大臣が、何人か入れ替わるんだとよ」

「何だよ、どうでもいいじゃねぇか!」

「他には何か無いのか?」

「待ってろ……ふむふむ、どうやら“病院”とかいうのを各地に建設するらしい」

「病院? 何だそりゃ?」

「お前知ってるか?」

「うんにゃ?」

「う〜む、どうやら医者や治療系の魔導士を集めた施設らしい。そこでは、格安で病気や怪我の治療ができるんだとよ」

「へ〜、そりゃ凄いッ!!」

「やっぱり、新しい宰相様は考える事が違うねぇ!」

「それから、子供がいる家には補助金を配るんだとよ! スゲェなこりゃ!」

「おいおいマジか!?」

「おい、俺たちも今すぐ子供作るぞッ!」

「このバカ! 何言ってんのさ!」

「「「「 ワハハハハッ!! 」」」」


 立札の内容は、大臣が交代した事と、クシダの社会福祉政策である病院建設と補助金支給について書かれていた。

 だが、奇妙な事に増税については触れられておらず、民衆はクシダの政策を歓迎するのであった。







 ……そう、この時までは。



   * * *



 街中のとある商会にて────


「親方! 何で給金が減ってんでさぁ!?」

「ああんッ!? 国に納める税金が上がったんだ、仕方ねぇだろうがッ!! それより、次はこっちの荷を運んでこい!」

「そんな!? 俺、もうここずっと働き詰めですぜ! 新しい宰相も、週に2日は休めって言ってたはずじゃ……」

「へっへっへっ、お前は馬鹿か? 週に2日必ず休む必要はねぇんだぜ? 週に2日休もうが、月に8日休もうが変わらねぇんだよ!」

「そ、そんなぁ!!」

「それからよ……ほれ、馬車をよく見ろ! さっきまでと商会の看板が違うだろ?」

「えっ!? ほ、本当だ! なんだこれ……看板が表と裏で違う商会になってるぞ!?」

「さっきまでお前が使ってたのは表のやつ。それで今から使うのはこっちの裏のやつ。こうすりゃ、国の決めた休みの決まりは関係なくなる!」

「なんだって!? そ、それってどういう────」

「分からねぇか? 実はな……お前はその二つの商会に務める従業員だ! 今から表の商会はお前を休みにするが、それと同時に今度は裏の商会に出勤だ!」

「えっ……ええええッッ!!?」

「こうすりゃ毎日、お前は休みなく寝ずに働けるって寸法よ! ヌハハハハッ!!」

「あ、あんまりだ! これじゃ、身体を壊しちまうッ! 家にも帰れないし、子供にも会えないじゃないか!!」

「それなら大丈夫だ。身体が壊れたら、今作ってる“病院”とかいう所で診てもらえるし、子供は“学校”とやらで預かってもらえるらしい。お前は安心して働けるだろ?」

「そ、そんな……」

「別にいいんだぜ、嫌なら辞めてもらってもよ? だがよ、税が上がってこれからどうなるか分からないって時に、せっかくの仕事を手放していいのかな? さっきも給金減ったって騒いでたよなぁ?」

「そ、それは……」

「入る金が減ったら、仕事を増やさないといけないんじゃないか? まあ、嫌ならいいんだぜ? お前の代わりはいくらでもいるんだしよ?」

「……分かりました」

「そうだよな? 分かったら、さっさと次の荷を運んで来いッ!! 『王都トキオ』から『商業都市オサカ』まで往復1週間だ、しっかりやれよッ!!」

「…………はい」



   * * *



「ちょっと、先週より高いじゃないの! 何で急に値上がりしたのさ!?」

「そうよそうよ! ぼったくりじゃないの!?」

「し、仕方ねぇんだ奥さん方……国が急に税を上げちまったんで、俺たちもそれに合わせて値上げするしかないんだ! これでもカツカツなんだぜ、こっちは……」

「そんな! せっかく国から補助金が支給されたってのに……」

「これじゃ、意味がないわ……」


 串田の立札から数週間後。街の至る所で、住民達の悲痛な叫びが聞こえて来た。

 そして、その叫びは住民達に留まらなかった。


「旦那様……今週の収支にございます」

「うむ、ご苦労……おや、だいぶ売り上げが下がっておるな? 粗利も悪い……どうなっておる?」

「そ、それが……宰相閣下から売り上げに掛かる税率を上げるとのお達しがありまして」

「な、なんだと!? 我ら商人が、既にどれだけ国に税を納めていると思っているのだ宰相閣下はッ!?」


 商人達も、悲痛な叫びをあげていた。

 国に納める税が上がった為、それを補填するべく値上げを実施。その結果、民衆は買い控えをしてしまい、商人達の売り上げは激減してしまったのだ。

 さらに、話はまだ終わっていなかった。


「それから、従業員達も給金が減ったと大騒ぎしています」

「従業員の給金にも国の税がかかっていたが……ま、まさか!?」

「は、はい……その割合もかなり上がりました」

「な、何だと!? ど、どうしてこんな事に!?」

「なんでも例の病院とかいう施設を作る為の費用や、維持費を捻出する為だとか……。それ以外にも例の補助金や、働けない者を保護する制度ができたのでその費用に充てるとかで」

「ふ、ふざけるな!! こ、これでは働く者が馬鹿を見るではないか! 商売あがったりだ!」

「そ、それから……従業員達が今すぐ給料を上げなければストライキを起こすと申しております」

「な、なんだと!? それは無理だ! それでは赤字になる!」

「し、しかし……先日、宰相閣下から全ての商人に、従業員の給金を上げるよう通達が来てまして……従わない場合、営業許可を取り下げるとの事で」

「ふ、ふざけるなぁぁぁッ!! クシダめ、何を考えている! これじゃ、いつかこの国の商人達は破産するぞッ!!」


 ヤーパン王国では日本の所得税のように、給金に対して一定の税が課せられ、雇用主が天引きして国に納めている。その税率がクシダにより大幅に上げられた結果、従業員達は強く反発することとなった。

 さらにこの事を見越して、クシダは経営者達に賃上げを要求した。この国での営業許可取消をチラつかせて……。


 その結果、商人達は減収と賃上げの板挟みに苦しみ、破産する者が急増。賃上げを実行出来ず、実際に営業許可が取り消され、闇営業している店が兵士達に取り締まられるようになった。

 また悪どい商人達は法の裏をかいて、自身の商会を複数に分けるなどして、従業員達の労働時間を見かけ上減らす事で、従業員達の給金を合法的に下げつつ、苛酷な労働環境においた。


 この結果、増税も重なり労働者達の負担は増していき、街は次第に活気を失っていった。



   * * *



 クシダの増税から数ヶ月後……。その影響は、貴族達にも及んだ。

 この国の貴族達は、商人達への投資や、自領の不動産経営、荘園の管理などで生計を立てていた。


 クシダは貴族達にも例外なく増税を実施し、投資で得られた利益に高率の税を課し、貴族の領地に対しても高額の税を課した。名目は、増加した軍事費の補填である。

 国を、民を守るのが貴族の勤めであると声高に嘯き、従わない者達を貴族失格の売国奴だと流布した。


 その結果、財政が悪化した弱小貴族家は取り潰しになったり────


「か、火事だッー!!」

「ご、御領主様のお屋敷が燃えとるぞッ!!」

「え、衛兵! 衛兵隊を呼んでこい!」


 ……この様に一家心中を図るという末路をたどった。


「そ、そんな! 優しい領主様だったのに……」

「ああ、お屋敷が崩れてしまった……」


 燃え落ちる屋敷を前に、民衆はどこか暗い気持ちになり、無力感に襲われた。



 こうして、クシダの政策によりヤーパン王国は混迷の時代を迎えた。

 滅びの足音は微かな音を立てながら、じわりじわりと確実に迫りつつあった。







※このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありませんし、特定の政党や宗教、国家、思想などに賛同・否定するものでもありません。


※本業の仕事中に、ふと思いついて書いたものです。プロットは最後まで練ってあるのですが、メインで連載中の「終末世界へようこそ」もある上に、生活上執筆する時間も限られておりますので、続きは未定となっております……。




《用語解説》

【ヤーパン王国の行政機関】

 ヤーパン王国には8つの行政機関が存在する。それぞれの長は大臣で、大臣には例外なく貴族が任命される。

 大臣達は、毎週王城で行われる宮廷会議に出席し、国の行く末を話し合っている。


[内務省]国家の維持・安定等を目的とした省庁。インフラの整備や都市計画などに携わる。

[外務省]他国との交流や交渉、折衝を担当。

[財務省]税収および国家予算の管理や、通貨・経済の管理を担当。

[司法省]法律や裁判の管理を担当。

[軍務省]国防や国内の治安維持を担当。

[学芸省]国内の技術や芸術、魔導技術の管理を担当。

[宮内省]王室と各省庁の折衝や、儀式・式典の管理などを担当。

[典礼省]貴族間の利害の調整・審査を担当。宮内省と共に儀式・式典の実務に携わる。



【プー・キンペー帝国】

 ヤーパン王国の西側に広がる樹海の先にある大国。自分達が世界の中心だと信じて疑わず、他国にもそれを押し付けてくる厄介な国。

 侵略国家であり、侵略した国の住民を強制収容所に連行し、強制労働に従事させて虐殺している。そして侵略した土地には、自国の国民を強制的に移住させるという、民族浄化を平然と行う恐ろしい国家。

 人口が世界で一番多く、国民は貧しい者が多い。また、反乱を防ぐ為に国民同士がお互いを監視しており、密告された者は即決裁判で公開処刑されるという閉鎖的な社会である。

 その為、外国に仕事や居住地を求めて移民する者が多いが、無教養で野蛮な者が多い為、移民先の国では嫌われている。

 ヤーパン王国と国境を接するコリアンダー侯国と、キムキムチー侯国を属国として従えている。

 ヤーパン王国の侵略を狙っているが、メリケン帝国の介入を恐れて手をこまねいている。



【オロシャ帝国】

 ヤーパン王国、プー・キンペー帝国の北に存在する大国。

 非常に好戦的な国家で、「やられる前にやる」を国是に、周辺国に言い掛かりに近い開戦理由で侵略戦争を仕掛けている。最近も隣国のユーク公国に対して、オロシャ人が住む地域を独立させるように迫り、軍事的な圧力をかけている。

 メリケン帝国に対抗して、プー・キンペー帝国と接近しており、同盟関係を築いている。

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宰相様の世直し!?~増税大好き首相が世界を滅ぼす〜 ウムラウト @umlaut

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