宰相様の世直し!?~増税大好き首相が世界を滅ぼす〜

ウムラウト

第1話 君臨する神の子

“民主主義は、無能な多数者による選挙を、腐敗した少数者による職の任命に置き換えてしまう”

(ジョージ・バーナード・ショウ[出典不明])







『豊かな日本を次世代に引き継げるか否か。我々は、数十年に一度の正念場にあり───』


 とある会場にて、一人の政治家がつまらない演説を記者達相手に行っていた。政治家の名は「串田くしだ 史生ふみお」……日本国の総理大臣であった。

 彼は、自身が総裁を務める与党の議員達の政治資金問題に関する記者会見を開いていた。


(いや、んな事聞いてないっつーの……)

(辞任はあるのか聞いただけだぞ、こっちは……)

(こいつ検討に検討を重ねたり、加速させたりすることしかできんのか?)

(中身の無い話を延々とする天才だな、まったく……)


 ……いたのだが、その場にいる記者や中継を観ていた国民達は、彼の答弁にウンザリしていた。

 というのも、彼は次々と失策を重ねる“無能”として世間から酷評されていた。彼の言葉は、いつもどこか要領を得ず、中身の無いものが多いというのに加えて、就任以来から続く度重なる増税や不遇な政策の数々、そして今回の政治資金問題で彼の政権の支持率は歴史上最低となった。

 国民は苦しみつつも呆れ果て、もはや彼の答弁は“無能”を眺める一種の“娯楽”と化し、国民にとって彼は国を代表する道化となっていた。


 今だって、記者の質問に答えるはずが、何故か演説が始まってしまった。どうせ会見時間を潰す為にやっているのだろう。

 そんないつもと同じ、中身のないつまらない演説が続くと思われたその時、一人の男が席を立つと、演説中の串田へと近づいて行った。


「どけっ!」

「な、何だ!?」

「うおっ!?」

「おい君、止まりなさい! 止まれッ!!」

「取り押さえろッ!!」

「皆さん、下がって!!」

『な、何ですか?』


 突然の出来事に会場は騒然となる。

 男は着ていたコートを脱ぐと、そこには丸い筒の様な物が何個も取り付けられたベストが現れた。


「まずい!!」

「くたばれ、増税クソメガネッ!!」

『へ?』



   * * *



 大きな爆発音と共に、串田の意識は遠のいていった。そして次に目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。


「ここは……いったいどこだ?」


 周りを見渡せば、古めかしい石造りの建物が立ち並び、地面は丸い小石が敷き詰められていた。洋風の、それもどこか中世ヨーロッパを思わせる街並みだった。街の中心だろうか、洋風の城の様なものも見える。

 そんな街の路地に、自分は倒れていたのだ。


「な、なんということだ……。まさか、爆発で知らない世界に来てしまったとでもいうのか?」


 串田は日本国の総理大臣職にあった男だ。就任後は野党や世論からの批判の嵐に見舞われ、次々と失策を重ねてきた。そして自身の支持率は最低レベルにまで落ち込んでいた。

 もっとも、串田自身は何故批判されるのか理解しておらず、自身が無能の首相であるという事を分かっていなかったのだが。


 そんな中での演説会場でのテロ事件……あれから気を失っていたことを思い出す。夢でも見ているのだろうか?


「私はあの時、死んだはずだ。とても助かるとは思えない。でも、これは一体……」


 視界がふらつく様な感覚に見舞われながらも、串田は立ち上がると、通りを歩き出した。歩くほどに、この街の異国情緒に圧倒されていく。

 道行く人々の服装は中世のそれであり、大通りでは人々が馬や馬車に乗って移動している。まるでファンタジー映画に出てきそうな光景だった。

 スーツ姿の自分は浮いているのか、周りは不思議そうに自分の事を見てくる。


 そういえば以前から、下級国民……いや、民衆の間で「異世界に行けば無能でも活躍できる」という内容の馬鹿げた小説が人気になっていると聞いた事がある。まさか、これがその噂の「異世界」というやつなのだろうか?


 偶然近くにいた老人に声をかけてみると、何と日本語が通じるではないか。これ幸いと色々と聞いてみたが、この地が“ヤーパン王国”の王都“トキオ”であることが分かった。


 老人曰く、この世界では昔から“神の子”と呼ばれる異世界転移者を神の使いと崇め、特別な力と地位を与えているという。


「あんた、ここいらの人間と顔や雰囲気が違うな? まさか……“神の子”じゃあるまいて」

「そ、そうなのかも分かりません」


 老人の言葉に、串田は思わず目を丸くした。もし本当に、この世界で異世界転移者が特別な存在として優遇されるのであれば───


 “無能でも活躍できる”なんて言うが、噂は本当だったのか。異世界転移者に何らかの特権が与えられるのであれば、なるほど愚鈍な下級……ごほん。民衆が夢を見るのも頷ける。

 ならば、政治家として経験を重ねてきた自分であれば、この異世界では新たなチャンスが巡ってくるのかもしれない。


 などと、自身が無能である事など思いもよらない彼は、そんな事を思いながら踵を返して歩き出そうとする。だが、何かに自身の行方を塞がれて、自慢の眼鏡を硬いものにぶつけてその場に倒れてしまった。


「ぐえっ! な、何ですか!?」


 串田が顔を上げると、そこには中近世期の鎧のような物を着た男達が串田を取り囲んでいた。よく見れば、その手には槍や剣が握られている。


「な、何ですかあなた達は!?」

「我らは王都を守る衛兵隊だ! ここに不審者がうろついていると通報があって来た!」

「ふ、不審者!? そ、それは大変だ。万一、過激なテロリストだったら、私の様な犠牲者が出るかもしれない……早く捕まえてください!」

「どう見ても、貴様が不審者だろうがッ!」

「囲めッ!」


 鎧の男達は串田を取り囲むと、槍を串田に向ける。


「ヒィィィィ! わ、私は怪しい者じゃ……」

「黙れッ! 見れば見るほど怪しい奴め!」

「何だその服は! どこの国の者だ!?」

「わ、私は“日本”という国の───」

「ニホン? お前、知ってるか?」

「いや、聞いた事ない。コイツ、俺たちをからかってやがるな!」

「ああ、それにこの卑しいニヤけた猿みたいなツラ、見てると段々腹が立ってくるぜ」

「この辺の顔つきじゃない。まさか、プー・キンペー帝国の間者ではあるまいな!?」

「ま、待ってください! 本当に怪しい者じゃ……神の子、そう神の子です! 私は異世界から来た人間です!!」

「「「「 なんだと!? 」」」」


 串田の言葉に男達は驚愕の表情を浮かべ、槍の矛先を下ろす。


(よ、良かった……やはり、神の子が崇められているのは本当のようですね)


 串田は、ひとまず男達の警戒が解けたことに安堵する。だがそれも一瞬の事で、男達は槍を構え直す。


「このクソメガネ猿がッ! 自分が神の子だと? 神を冒涜するのも大概にしろッ!」

「そうだ、こんなヒョロヒョロのオッサンが神の子の筈は無い!」

「魔力も感じない、やはりコイツは偽者だッ!」

「よし、連行しろッ!! 神の子を騙るペテン師だ!」

「なんで!? い、痛い! や、やめなさい、放してェェェェ!」


 男達は串田を乱暴に縛り上げると、何処かへと連行していくのだった。



   * * *



 あれから数時間……串田は激しい尋問の末に、何故か城内の煌びやかな大広間に連れて来られていた。「神の子を自称する男」の存在を耳にした国王は、串田を謁見の間へと呼び出したのである。


(全く、酷い目にあった。これだから野蛮な途上国は……まだ外遊したアフリカの方がマシでしたよ)


 串田は兵士二人に連れられると、無理矢理にひざまずけられ、顔を上げられる。

 一段落高いところに、豪奢な椅子に腰掛けた王冠を被った老人が目に入る。この国の国王だろう。広間には、壮年〜老年の男達が立っており、串田を訝しげな目で見ている。


「いやはや、すまない事をしたのぅ。これ、彼を放してやりなさい」

「「 はっ! 」」

「陛下、危険ですぞ!」

「危険な魔導士かもしれませぬ!」

「案ずるでない、この部屋には武器は持ち込めぬし、この者は魔力を持たぬ。そう警戒するでない」


 そう言うと、陛下と呼ばれた老人は椅子からゆっくりと立ち上がると、串田の元へと近づいていく。


「紹介が遅れたのぅ。わしはこのヤーパン王国の国王、ナカソルネー・ローガイ=ヤーパンじゃ。そなた、名は何と申す?」

「は、はい……私、串田くしだ 史生ふみおと申します」

「はて、キシダ?」

「串田です」

「キシダ?」

「串田です」

「……すまんの、歳のせいか聴き取りずらくてのぅ」

此奴こやつ、陛下に恥をかかせたなッ!」

「即刻、処罰しましょう!」

「よいよい。少なくとも儂の名を知らんようじゃし、本当に神の子かもしれんじゃろう?」

「それは演技かもしれませぬぞ!」

「神の子だとして、魔力も無い上に戦士にも見えませぬ! やはり、ペテン師なのでは?」

「まあまあ、話を聞いてからでも遅くは無いじゃろうて」


 周りの男達がクシダを排除しようと声を上げるが、王はそれを制止する。


「そうじゃな……典礼大臣、神の子とはいかなる存在か、皆に説明せよ」

「はい。神の子……とは、その名の通り神により選ばれし特別な人間の事です。神の子は特別な力を持っており、歴史上その存在は無視できません。その能力は、我ら普通の人間を抜きん出ており、ある者は勇者、ある者は聖女、そしてある者は賢者と呼ばれ、神の子を擁する国は大きな発展を遂げて────」

「そう、それじゃ! もう一度申せ!」

「は、はい! ある者は勇者、ある者は聖女、そしてある者は賢者と呼ばれ────」

「そう、賢者じゃ! この者は、戦士にも魔導士にも見えん。じゃが、我らには到達できぬ大いなる叡智を秘めているかもしれんぞ?」

「大いなる叡智……?」

「このパッとしない男がか?」

「いや、儂には分かる。ほれ、此奴の眼鏡がそう申しておるわ」

「「「「 …… 」」」」


 周りの者達は、大臣や官僚なのだろう。王のどこか興奮した様子とは裏腹に、ほとんどの者は冷ややかな視線をクシダに向ける。


「では、クシダよ。そなたは、前の世界で何をしておったのじゃ? やはり学者か?」

「いえ、総理大臣をしておりました」

「ソーリ……なんじゃと?」

「総理大臣……皆様の言葉で、何と表現したら良いか分かりませんが、数ある大臣達をまとめる立場でした」

「なんと!?」

「大臣より上!? つまり、宰相という事か? ……この男が?」

「宰相にしては、貫禄が無いというか、覇気がないというか……」

「やはり詐欺師なのでは?」

「……ふむ、クシダよ。つまりお主は王国の宰相をしてたという事じゃな?」


 その時、クシダの中の野心に火が灯った。なりたくてなった総理大臣……異世界に来た自分は、どれだけの高みに至れるのだろう?

 宰相? 王? よく分からないが、上り詰める。それが、自分の生きがいなのだ。


 それに、ここは異世界。どう見ても中近世期の文明レベルだ。それに比べて、自分は超先進国の日本から来ている。バカでも知識で他の者より優位に立てるだろう。

 しかも、自分は元総理大臣……日本一の人間だ。今こそ自分がこの国を、いやこの世界を導いてやろうではないか!


「王国? いえいえ、とんでもない! 我が国は、47の国を統べる大帝国ですぞ!」

「よ、47の国じゃと!?」

「ば、バカな! それでは50の国を統べるメリケン帝国に比肩するではないか!?」

「つまり、この男は帝国宰相クラスだというのか!?」

「それから総理大臣とは、国民の選挙によって指名され、皇帝により任命されます。これがどういう意味か分かりますか?」

「選挙!? 47の国全てでか!? そんな事で、一人の人間を決めるのは不可能だ!」

「皇帝がいるのに選挙? うーむ、よく分からん……」


 クシダは、ここぞとばかりに自分の立場や日本について盛りに盛って、自分がいかに立派な人物であるかを粉飾し、力説した。

 日本についてや、地球の技術など……その内容に驚愕する者もいれば、疑いの目を向ける者もいる。どうやら国王は前者らしく、クシダの策略は上手くいってしまった。


「うむむ、にわかには信じがたい。だが、本当であればこの国を……ヤーパンを救ってくれるやもしれぬな!」

「陛下、それには反対ですッ!!」

「そうです! こんな素性の知れない者を登用するおつもりですか!?」

「だが、真実であれば……」

「ああ……もしかしたら、もしかするやもしれん!」

「……よし、決めた。今、我が国の宰相は空席じゃな?」

「陛下!? ま、まさか!?」

「おおっ!」


 王の言葉に、周りは期待する者と、焦る者に二分される。


「クシダよ、貴公をヤーパン王国宰相に任ずる!」

「はっ! 謹んでお受け致します」

「馬鹿な! 奴はこの国の貴族ですら無いのだぞ!?」

「陛下! お考え直しください!」

「いいや、これはもう決まった事じゃ! ほれ、クシダよそこに跪くがよい」


 王はそう言うと、震える手で剣を抜いた。クシダはイギリスなどのアコレード(騎士叙勲の儀式)を想像して、その場に跪いた。

 クシダの想像通り、王はクシダの両肩に剣を置くと、宣言する。


「……この者をナカソルネー・ローガイ=ヤーパンの名の下に、ヤーパン王国の宰相に任ず。クシダよ、立ち上がるがよい」

「はい」


 クシダが立ち上がると、王はクシダの首に洋菊の花弁のようなデザインのメダルをかける。


「ふむ。では、この事を国民にも知らしめよ! 神の子が我が国の宰相になったとな!」



   * * *



「なんだなんだ?」

「一体どうしたんだ?」


 街中の広場や商店街など、至る所に兵士達が走り回り、立札を設置していた。その様子を見ていた住人達は、何かとんでもない事が起きた事を察して、兵士達の作業を見守っていた。


「立札……って事は、何か大きな事件が起きたのか?」

「まさか、遂にプー・キンペー帝国が攻めて来たのか!?」

「はっ、まさか。どうせ王様が亡くなったんだろうぜ」

「ああ、もうヨボヨボらしいしな。いい加減退いてもらわないと、この国もお終いだしな」

「シッ、滅多な事言うんじゃないよ! 不敬罪で捕まりたいのかい!?」


 兵士達は立札を設置すると、次の持ち場があるのだろうか、素早く去っていく。住民達は、兵士達が残していった立札を見に、ゾロゾロと集まった。


「それで、何て書いてあるんだ?」

「おい、誰か読める奴いるか!?」

「任せろ! 何々……こりゃ驚いた、神の子がこの国の宰相になったってさ!」

「な、何だってッ!?」

「嘘だろ……!?」

「ま、マジかよ……そりゃスゲェ!!」


 立札の内容は、クシダが王国の宰相に就いた事を知らせる物だった。その内容を知った住民達は、喜びに沸き上がった。

 神の子が、国の要職に就いたのだ。これならこの国は安泰……いや、もっと素晴らしいものになるに違いないと。


『『『 宰相万歳!! 』』』

『『『 ヤーパン王国万歳!! 』』』

『『『 クシダに乾杯!! 』』』


 その日、王都トキオは喜びに包まれ、お祭り騒ぎとなった。新宰相クシダに、皆の期待がピークに達した瞬間であった。








 ……そう、ピークに達したのだ。




 彼らはまだ知らない。彼が将来、国を……世界を破滅させるという事を……。




※このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありませんし、特定の政党や宗教、国家、思想などに賛同・否定するものでもありません。





《用語解説》

【ヤーパン王国】

 クシダが転移して来た異世界の国。文明レベルは中〜近世代だが、魔力を用いた独自の発展を遂げている。

 西に「ワダツミ大樹海」という樹海が広がり、樹海を挟んだ隣国に大国「プー・キンペー帝国」がある。樹海の殆どはヤーパン王国の領土であるが、豊富な地下資源が眠っていると目され、プー・キンペー帝国がその支配を狙って軍の小部隊や、商人の調査隊を送り込み、度々国境侵犯を犯して国際問題となっている。

 100年近く続いた平和により、少子高齢化が著しく、社会問題となっている。

 国家元首は国王ナカソルネー・ローガイ=ヤーパン、首都は王都トキオ。

 モデルは言うまでもなく、日本。



【神の子】

 何百年かに一度、定期的に他の世界から転移してくる人間の事。異世界人と比べて、非常に高い身体能力を持っていたり、常識はずれの魔力を持っていたり、クシダのように現代知識を持つ者がいたりと、基本的に優位な何かを持っている。

 彼らは異世界にて、勇者や聖女、賢者などと崇められ、国の発展に貢献してくれる事から、高待遇で登用される事が多い。

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