めがね
おばけがでたよ
めがね(改稿)
目的もないまま騒がしくシャッフルされたトランプ、またはまるで鈍い色に立ち、からだに障りそうな霧のように行き交うその人の渦にまぎれ、彼女はそのうち行き失せた。
胸ではまだ鼓動を打つ。
私が見たのははたして本当に彼女か?
薄曇りのなまあたたかい休日のさなか、早足で追っていた足をとめる。
思い込みか?毎日毎日、職場で彼女の何を見ていたのだろう……。
職場の彼女……
シャワーに乾いた自然のままやって来たような、ゆるくはねたショートカット、
その立体的な頭に掛けられた銀縁のゆるやかな楕円、細いツル、
赤みあるベージュの差した肉の少々厚めな貝殻のような二重瞼に覗く、
ブラウンがかった瞳、濃くゆらめくまつげ、均整の取れた体つき……
私を慕う笑顔。笑顔、笑顔、あの誘われるような……。
私の、職場の憧れであった。
道端にはたと見つけた、あの彼女のめがねをはずす瞬間。
その右手の所作にうばわれた、幾秒かのなかに、さきほどのなかたしかに、
私はあったと思いたい。
しかしいつものめがねの彼女はその剥離とともに、
その顔貌を変えたように個人性を消失し、
当てどもわからない人波へ混じることがあるのだろうか?
のっぺらぼうでもあるまいし。節穴すぎたのだ、私の目は。
言えば、彼女のめがねに恋をしていたと言ってしまえそうである。情けない。
まるで呆けた話。所詮は職場の恋なのだ……。
「邪魔!」
激しい声と肩の鈍痛に、私が歩道の真ん中で人を妨げていることに気づく。
これ以上は来た道を引き返すしかなく、私は美容院終わりの妻を迎えるために
運転してきた車のもとへひとり戻るのだった。
めがね おばけがでたよ @obake-ke
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