後編 自壊の王
王は他の女に対して性欲に溺れ、興味が尽きていた母に会うことはなかった。
母は狂ってしまうほど王を愛していた。王が会いにこないなら、母は狂ったままだ。それはあまりに憐れだった。
だから、今は母を殺してよかった。よかったのだ。
*
王の立場になど興味ないが、他にやりたいこともない。惰性に王として君臨して何十年。先代の王について考える時間はいくらでもあった。
先代は、わざと殺された。俺は後継者争いを筆頭とした争い事に生き残れるほど強いが、先代よりは弱い。本来は俺が死ぬはずだったが、手加減をされたのだろう。あれが本気だなんて、到底信じられない。
吸血鬼は不老不死だ。不死といっても病死や老死とならないだけで、再生能力が追いつかない傷を負えば死ぬ。
つまり、何が言いたいのだというと、長年王を続けていたからといって能力が衰えることはない。むしろ積み上げられた経験によって、能力は増す。
だから、先代は手加減をして死んだ。それはもう自死と同義だ。
なぜ先代は死にたかったのか。
同じ王として長年生きていれば予想がついた。
先代は死にたかったのでない。生きる活力がなかったのだろう。…………俺と同じだ。
『どうせ、お前も俺と変わらんよ』
同じという言葉に、嫌でもその言葉を思い出す。
『死ぬことは厭わぬともッ。最期を前にしてお前が芽吹いた! これで後悔はない!』
先代のその前の言葉だ。
先代は俺に何を見出していたのだろうか。性欲に溺れる以外、興味はないと思っていたが、違ったのだろうか。王城で務めさせられていたとき、たまに見た先代はいつだってつまらなさそうにしていた。
勤める前にも、ただ一回だけだが見たな。
俺が初めて先代の子どもを殺したときだ。自らの子どもと同様に興味はなかったはずなのだが、あのときだけは教育の場であり殺害現場に来ていた。
騒ぎを聞きつけたからか。そんなことで様子を見に行くほど殊勝な性格では決してない。
「殺し合いには興味があったのか」
子ども同士の殺しを罰することがなかったこともあり、確信を持つ。
どれほどの興味があったのか。子どもを集めて教育し、競わせた目的もそうだったのか。元々の後継者探しや人材探しの目的が、いつしか移り変わってしまったのか。
なんにせよ、生きる活力となるほどの興味にはならなかったらしい。ただ先代の言葉からして、後悔はあった。その後悔も、俺が芽吹いたことでなくなったらしいが。
「殺してくれる者が現れた、と普通考えるだろうが」
普通でないのが先代だ。
「結局、何がしたかったのか、分からん奴ということが分かるだけか」
そんな奴と、俺は同じである。
同じということは、先代の未来も俺に訪れる未来だ。性欲に溺れ、自らの子どもに殺し合いをさせる。
「そんなところまで同じになってたまるものか」
性欲に溺れたりはしない。子どもを作らないことで、殺し合いをさせることもしない。
俺はただ惰性に、先代を反面教師にして王を続ける。
それは頑なまでで、いつしか習性となる。俺は行動を起こすたびに、先代と同じでないか考えることになった。
「死してなお、俺を苦しませ続けてくる」
忌々しい亡霊だ。
悪習と自覚していても、先代がいなくなることはなかった。
*
「今日もつまらなさそう」
開口一番に物申してくるのは、かつて俺が捨て置くと勝手に下についてきた女だ。バルボアという名で、腹違いの先代の子どもである。
「こういうときは性欲に溺れるのが一番よ」
にっこりと清楚ぶった笑みであるが、その真逆の発言だ。
黙っていれば、好き勝手なことを。
「俺は王のようになるつもりはない」
「王のようになれとは言っていないわ。でも、収まることがない強い感情によって、ずっと高ぶっているでしょう?」
「……お前と一緒にするな」
バルボアはその手管によって今日まで生き残れた部分が大きい。それを侮り否定することはないが、バルボアは性欲を趣味も兼ねているのだ。俺が王となり、第一の部下であるバルボアには格段と脅威はなくなったはずだが、その手の噂にはバルボアの名は必ず上がる。
「吐き出してしまえば、感情も収まるのではない?」
バルボアの趣味に誘っているのだろうと一蹴しようとし、真剣な眼差しから閉口する。
感情が収まる。その一点は魅力的である。その一点だけが魅力的だとも言うが。
「高ぶっているのでしょう。吐き出して―――」
「二度も言うな」
はあ、と深く溜息をつく。
俺をからかって何が面白いのか、けらけらと笑っている。
その日は断り、何度かこの一連のやり取りを繰り返す。
「溺れるまではいかないが、試してみる価値はある」
先代と同じになる要因は一つたりとも増やしたくはない。たが、先代の亡霊をなくす方法がない。
状況を打破するためと、性欲を試す。
「私はどーお?」
バルボアはあしらっておく。生きる活力がないとはいえ、いいように操られたくはない。死にどころは選びたい。
バルボア以外の女で試した効果はひとときとそこそこ。
効果がない訳ではないので、やらないよりはマシと続けていく。王妃を置くつもりはなかったので、特定の女は作らなかった。独りで王に君臨する。他者と寄り合うつもりはなく、子どもの頃から変わらぬ人間関係だった。
その気づきは単なる思いつきだった。いや、先代と同じになりたくない、亡霊をなくしたい、と先代のことばかり考えていたことを考えると、必然だったかもしれない。
「ふ、ははははは! まさか、能力までとはな!」
吸血鬼の能力の系統が違うというのに、手首を切って溢れ出た血が細かく小さくなって霧となる。
おかしくておかしくて仕方がない。感情のまま大声で笑い続けて、途切れる。
「もう、手遅れなのだろうな」
ぽつり。呟く。
人払いしていたにも関わらず、何事かと覗き込んできた官僚を見つけ、感情のまま叩きつけるようにして霧を流し込む。先代のように国全体を覆い尽くすことは無理と断定できるが、王城程度なら片手間だ。血の霧を王城に常時展開しておく。
もう先代と同じでないところを見つける方が難しいだろう。
俺は開き直りつつ、完全に先代と同じになりたくはないと抗いたいようだった。
城を血の霧で覆いつつ、異なる女を性欲の捌け口とし、子どもは作らず、独り王として君臨する。
「こちらは紛れもなく王の子どもでございます」
見覚えがある女が自信満々に言葉を紡ぐ。隣には俺どころか女にも似ていない十五ほどの少女がいる。
「嘘偽りはないのか」
「勿論です! 王に嘘などつくはずがありません滅相もありません」
面が厚い大嘘つき者だな。
俺は看過してみせる。もし違っていてもどうでもいいことだ。
玉座に肩肘を置き、女を眺める。俺が特別驚くことのない反応から、自信満々な様は薄れている。
それよりも俺が目を引いたのは少女だ。憐れだと誰もが感じるほど、ぶるぶると震えて涙目である。女の子どもか、血縁でないそこらで拾ってきた者か知らないが、望んで来たのではないのだろう。
似ている。
弱かった頃の俺の面影を見た。
「城に住め」
「は……? は、はい! ありがたき幸せです!」
女が喜色を顕に耳障りな声を上げる。
思う通りに、俺の子どもとして扱ってやろう。子どもを作るつもりはなく、連れてこられてもいらぬものだったが、気が変わった。
この少女がどうなるか見たい。俺と同じようになるのか。全く同じにはできないが、似たような環境に置いてやろう。その結果、殺されてもいい。
先代もこのような気持ちだったのだろうか。
同じ気持ちだったとしても、もう気にしない。俺のことは諦めた。俺の子どもとなった少女を代わりに執着する。
少女は予想外、という呆気に取られた顔をしていた。間抜けな面だ。これがどうなるのか、楽しみでならなかった。
自壊の王 嘆き雀 @amai-mio
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