中編 理由探し

「ずっとスチュアート様をお想いしていました」


「何日も何年も何十年も」


「なぜ、来てくださらなかったのですか」


「いいえ、もうそんなことはどうでもいいのです」


「今、スチュアート様がいてくださるなら」


「今夜だけでも、共にいてください」


「愛しています」


「また、わたしを愛して」





 押し倒されて、キスをせがまれた。


 生理的嫌悪。


 思い返せば、それを最初に感じてから、俺は絶望し、憐れんだのだった。


 母は俺が生まれる前、とっくの昔には王に捨てられていた。だから、俺が王の子どもの一人として集められた後も、貧しく寂しい暮らしをずっと続けていた。

 それを簡単に殺されないぐらいには実力を身に着けた俺が、王の子どもの特権を行使し、小さいが質のよい一軒家を建てさせ住まわせた。

 母の境遇は調べさせて知っていた。王が性欲に溺れつつあるのも、母に興味を失くしているのも知っていた。だからこそ、後宮なんかには住まわせなかった。


 それが悪かったのだろうか。

 貧しい暮らしがいきなり改善した。だが、王が会いに来ることがない。

 母は息子よりも王の方が好いていた。幼心から王が誕生したあの日に、よく理解していたはずだったのに。



 今更、何を考えても遅い。今は母を殺してよかったと思っている。殺した理由なんて、もうそれ以上考える必要はない。


 だが、かつての俺は違った。と入り混じっていて、俺以外の理由を求めた。俺が身勝手にも生理的嫌悪で殺したなんて思いたくなかった。絶望と憐れみを後付けに殺しても、効果はなかった。



 *




 王が悪い。母を殺さざるを得なかったのは、王のせいだ。は悪くない。母を愛さなかった。母を一生涯愛さなかった。ひとときの遊びだった。他の女も愛した。たくさんの女と遊んだ。母に会いに行かなかった。言付けもしなかった。興味を持たなかった。母から僕すらも取り上げた。ただ一人寂しい思いをさせた。母を狂わせた。王と僕を区別つかなくさせた。不幸にさせた。未来に希望をなくさせた。母を死なせた。に殺させた。


 王はクズだ。母が死んだ今、王の意向に従う必要はなくなった。


 王を殺そう。大切な大切な母はもう。悲しむことはない。




「今夜だけでも、共にいてほしいらしい」


「今夜だけでなくとも、未来永劫を共にしたほうが母はきっと喜ぶだろう」



「それが、反逆の理由か?」


 王は王らしく壮大で不遜な態度で、玉座に腰を下ろしている。


「反逆なんて大層なものではない。ただ王を殺したい。それだけだ」


 国のためなんて、欠片も思ったことはない。


 実力差は分かりきっている。国内全土を血の霧で覆えるほどの能力は、俺にはない。


 それなのに、真正面から挑むなんて愚かに違いない。王の子どもを衝動的で短絡的に殺したときほどの愚かさだろう。

 それでも、奇襲をかけて簡単に殺すことなんて意味がないのだ。の気が済まない。


「…………母は、俺の自室に置いてある」


 最悪、未来永劫を共にするのは俺となる。そのときはどうか勘違いしたままでいてほしい。俺も騙しきってみせる。


「やはり、お前は自らの母を手にかけたのか」


 報告でもされていたのだろう。母の首は切断してあるので、分離させたまま自室に運ぶことになった。


 俺は剣の刃で、手の腹を切る。溢れ出てきた血を床に散らせると、ぶくぶくと沸騰したかのように膨れる。


「死ね」


 実力差があっても殺してみせる。最初から諦めてもいないし、これから諦めることもしない。





「最期に一つ問おう」


 惨めに床に倒れこんでいる男がいる。


「お前にとっては王か?」


 王が問いかけている。惨めであることを構わないまま。


「決まりきったことだ」


 素直に答えてやらない。どのような意図で、問いかけてきているのか。

 訝しむが、最期を遅らせることはない。確実にとどめを刺す。


「父とは見ぬか。ック、クハハハハハハハハハハハハハッ!」


 玉座の間に哄笑を響かせる。には何も響くことはない。


「五月蠅い。死ね」

「死ぬことは厭わぬともッ。最期を前にしてお前が芽吹いた! これで後悔はない!」


 心臓に剣を突き刺す。剣には俺自身の血が垂れており、王の内部に入ると食い破る。

 めきめきぶちぶちごりごり。声と同様、聞くに堪えない音だ。


 油断することはなかった。手を動かしたのに反応して、手首を握り潰す勢いでとめる。だが、王はそれでもよかったようで、強引に力任せに俺を引き寄せる。


「どうせ、お前もと変わらんよ」


 王は内部から破裂する。まんべんなく顔に血がかかる。不味い。

 同じ吸血鬼の血なんて、おいしいはずがないが。


 再生能力があっても消えない自身の血もあって、顔の血を拭うのに苦労する。


「こんな奴を愛していたなんて」


 どこにもよさを感じず、母に共感できないまま終わった。最期なんて、意味不明な言葉を吐いていた。


「俺は王と変わらない、か」


 印象に残る言葉を吐く。吐き捨てることは、なぜだかできなかった。



 王は死んだ。

 反逆なんて大層なものではないが、俺が殺したことで、新しい王に歓迎される。

 なまじ王の子どもとして、教育を受けていたのがいけなかった。政治に関する王の能力が兼ね備えている。簡単に死ぬことはない実力を身につけたことで逃げる意思はなくなり、母という人生の目的も失くしている。母と王が死んで、残るは惰性があった。



 こうして、新たな吸血鬼の王が誕生する。

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