魔法少女の災難 515話

 魔法を授かった騎士団の管理している小さな教会。

 そこにスーハーの伝道師、マックス神官が巡回に来るの。

 スーハーを騎士団にも広げようという、スーハー同盟派の働きかけが実を結んだ結果だと伝えられている。


 久しぶりに伝道師様にお会いできる!


 早起きして、薄化粧を施し、教会の中でも浮くことがないようなぎりぎりのオシャレをして教会に向かった。


 人のほとんどいない朝の礼拝。

 冷たい空気を大きく吸い込み、いつもの席に腰掛けた。


 少し早く来すぎたかな。

 静かな教会で伝道師様を想って座っていた、のだけど……


 ダ・ダ・ダ・ダ・ダ・ダ・ダ・ダ・ダ・ダ・ダ・ダ・・・


 大量の軍靴の音が響きわたった。


「止まれ~!」


 ダン・ダン


「整列~!」


 ドダダダ


「号令~!」


「1」「2」「3」「4」「5」・・・・・・


 教会の外から、朝に似合わない号令が聞こえてきた!


「入館!」


 ドアが開いて、規則正しい軍靴の音を立て、厳つい男たちが入ってくる。

 わずかにいた私達礼拝客は、思わず立ち上がり端に固まった。


「失礼! 前三列は開けておきますのでお気になさらず」


 気になるわよ~! でもここで騎士団に対応できそうなの私だけ⁈


「失礼します! 自分はグロリア学園、魔法騎士コース3年、リリー・リムであります」

「おう、君が噂のリリーか。では一般人への対応は任せる」


「本日は何があるのでしょうか」

「スーハーの伝道師殿がお見えになられるのは知っているな。ガラガラでお迎えは騎士団の沽券にかかわる。我々の一糸まとわぬスーハーで歓迎の意を示すのだ」


「いっ、一糸纏わぬ……」


 な、なに? 脱ぐの⁉ ここでフル〇ンでスーハーを⁈


「お、おやめください! 隊長殿」


「なぜだ? 美しい肉体は正義! 筋肉は恋人! かまってやらぬとすぐ出ていく」


 なんの話よ! とにかく止めないと!


「しかし! さすがに!」


「リリー、お前も混ざるか!」


 なんで~! なんで私が脱がないといけないの~!


「なに顔を赤くしている。訓練通り動くだけだ。騎士団の一糸乱れぬ行動を見て頂くだけ」


「は? 一糸乱れぬ? 隊長、先ほど『一糸纏わぬ』と」

「一糸纏わぬ? そんなことするか! なぜ朝から真っ裸にならなければいけないんだ!」


「え? え、ええ!」


 だってさっき確かに。


「朝から馬鹿なことを言っているんじゃない! さ、一般人を席につけさせなさい」


 なんで私が悪いことになっているのだろう。顔が真っ赤になりながら、私は礼拝客に説明しながら席に着くように促した。


◇◇◇

【マルス】


「うっひゃっひゃひゃ、一糸纏わぬスーハー。ひ~」

「アクア! この嬢ちゃん何とかしろ。ボアはお前の管轄だろ」


 いつまで飲んでやがったんだ、こいつら。俺が帰った後も飲んでやがったのか。

 カクのボウズ以外のがち飲み四人がそろって俺の教会に集まってきやがった。


「え~なんで。ほっときゃいいじゃない。それより一糸纏わぬ」

「今は朝! 爽やかな朝! おい、迎え酒するな!」

「酒ならいくらでも出してやる。おっさんもつまみくらい出せよ!」


 ここは二次会の会場じゃねえぞ! せっかく俺があの子を見ようとしているのに。なんだよこの酔っぱらいども!


「はっだっか! はっだっか! ひゃはははは」

「ぬ~げ! 脱げ脱げ脱げ脱げ~」

「おら~飲め。酒じゃ酒じゃ!」


 何とかしてくれよ、ヘルメスのおっさんよ~。


「まあ、無理じゃ。飲んで一緒にバカになるのが手っ取り早いぞ」


 あんたも酔っ払いかい! 何で押し掛けるんだよ!


「いや~。マルスがなんかやらかしそうだったからね」

「あの子がおっさんのお気に入りなのか? ふ~ん。へ~え」

「一糸纏わぬ……うひゃひゃ~」


 こいつら、叩き出してもいいか!


「始まったわ! 一糸纏わぬ、じゃない、一糸乱れぬスーハー体操!」

「おお~。ごつい男の集団のきれっきれのシンクロ」

「うひゃひゃひゃひゃ~。ウケる~! ひ~~~~」

「た、確かにこれは! うはははは」


 ヘルメスのおっさんまで笑い出したよ! なんだこのカオスな空間は!


「足動かすたびに軍靴が『ガン』って」

「腕ふるごとに『ブン』って。うひゃひゃひゃ」

「こんなんだっけ、スーハーって。ハハハハハ」

「まったくの別物じゃな。うわははははは」


 酔っぱらいどもが!

 笑いのツボにはまったのか? 腹を抱えて笑い転げていやがる。


「ひーひー。お腹痛い! 誰か助けて」

「うひゃひゃひゃひゃ~。苦しい~! ひゃはははは」

「ガン・ビュン・ゴン! ハハハハハ~! 腹痛てぇ」

「うははは。うぐっ、ごふっ」


 そのまま笑い死にやがれ!


「これで一糸も纏っていなかったら」

「よせよね~さん。想像したら……ぶはっ」

「うひゃひゃひゃひゃ~。フル〇ンの筋肉野郎ども~! ひゃひゃひゃひゃひゃ~」

「考えちゃいか……ぬほほほほ~」


 ダメだこいつら。放っておこう。

 俺は神官から手伝うように言われて、神官の隣に立たされ指導側にまわったあの子の、一生懸命スーハーをしている姿を黙ってみることにした。


◇◇◇

【リリー】


 やっと全員帰ったぁ。


「スーハーにあれ程の破壊力があるとは。私はスーハーの伝道師などと持ち上げられてその気になっていたのですが、まだまだ奥深さを見いだせていませんでした。お恥ずかしい限りです」


 伝道師様! それ絶対違うから~!


「伝道師様。そんなことございませんわ。あのようなパワーだけの固い動きより、伝道師様の柔らかく、優しい、神の愛に包まれているようなスーハーが好きです」


「リリーさん。ありがとうございます。僕の事は伝道師様ではなく、マックスと呼んでかまいませんよ」


 え? 名前で呼んでいいって。


「マ、マックス神官様」

「はい」


 名前で読んだら「はい」って言ってくれた。


「あ、あの。懴悔室で聖句を唱えたいのですが、聞いて頂けませんか」

「喜んで。聖句は毎日唱え続けておられるのですか」


 もちろんです!


「はい。マックス様の教え通りに」

「それは嬉しいですね。神のご加護がリリーさんにありますように」


 うわっ、マックス様の笑顔がまぶしい。素敵です。

 マックス様と二人きり。やばい。ドキドキしてきた。


「どうしましたか?」

「いいえ。行きましょう」


 私は速足でマックス様に近寄り隣にならんだ。

 腕組みたいけど……ダメだよね。


◇◇◇


「お前ら静かにしろよ。離れてろ! これから俺のためにあの子が祈るんだからな!」


「何それ。振り? どれどれ」

「うひゃははは。ボアも見るよ~」

「ねえさん、呼んだ?」

「おぬしが暴走せぬよう見張ってやろう」


 ぐわ~。声なんかかけるんじゃなかった。

 見ててもいいから静かにしろよ、お前ら!


「ではマックス様。始めますね」


 あの子が神の紋章の前で膝まづいて手を組んだ。

 俺は意識を紋章に移す。


 いつもはそんなことしないけど、今日は外野がうるさい! 静かに聞こうと思ったらこいつらから離れないと。


「おい、やめとけ」


 ヘルメスのおっさんが止めようとしているが知るか! 邪魔しに来たお前らのせいなんだからな。


 シンと静まり返った部屋の中。冬の澄み切っている冷たい空気があの子の声で振動を始める。


  「力ある者。力なき者を守るためにその力を振るえ」


 凛としたかわいらしい声に真剣な思いが乗っている。祈りは祝福となって俺の胸に響く。


 俺は体の力を抜いて、祈りを受け入れていた。

 長いのか短いのか。時間の感覚をなくすほどリラックスしながらあの子の声に魅せられていた。


 聖句が終わり無言の祈りが行われる。

 空気も震えを無くし、おごかな気配が場を支配していく。


 祈りと思いがあの子の周りで漂う。


 その時、俺の体から魔力が飛び出した。

 魔力は光となり、部屋中を巡る。

 そしてあの子の体を包み込んで吸収された。


「やっちまったな」

「おっさん。なんで」


 ヘルメスの精神体が隣にいた。


「祝福を与えたんだ。こうなるかもしれんと思ったから止めたというのに」


 そんなこと言われたって。


「一緒にいたのがマックスだけなのが不幸中の幸いじゃ。収めるぞ。他の者に伝わっては大変なことになる」


 ヘルメスのおっさんはそう言うと二人に聞こえるように声を放った。


「マックスよ」

「ヘ・ヘルメス様?」


「うむ。久しぶりだのう。お主の活躍は存じておる。精進するがよい」

「ありがたきお言葉。感謝いたします」


「うむ。今の件について話そう。そこの少女に関することじゃ」

「はい」


「少女よ。お主の願いはマルスに届いた。今お主はマルスから祝福を受けたのだ」

「わたくしが⁉」


「そうじゃ。お主はマルスの祝福を受けた。だが時期が来るまで他言してはならぬ。マックス、お主もまたここであったことは他言無用じゃ」


「分かりました」

「かしこまりました」 


 ちぇっ、おっさんばかりおいしい所を取りやがって。俺にも喋らせろ! 一言くらいいいだろ。


「我はマルス。リリー。君の祈りは我に届いた」


 ほら、ちゃんと言うとおりにできただろう! 威厳を持たれるように話せるんだよ。信用しろよ。


「マルス様」

「お礼に願いをかなえよう。言ってみなさい」


 リリーが顔を上げて答えた。


「魔法を。魔法の使い方を教えて!」


 俺はおっさんと話し合った。


三月みつきに一度、ヒントを与えよう。君が一人で祈れる時に」


 毎日だって声を掛けたいけどおっさんに止められた。教えていいのは一行分。会話はできない。


 それでも嬉しそうなリリーを見て俺は幸せだ。





 結局、基礎知識が足りなかったリリーは俺のヒントが理解できず、卒業間近になるまで猛勉強して、やっと魔法の扱い方を理解することができるようになったんだが……、まあ、それはまた別の話だな。

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貧乏奨学生レイシア 閑話集4(神様関係) みちのあかり @kuroneko-kanmidou

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