懺悔
平 遊
〜どうしても俺は、お前が欲しかったんだ〜
結婚式も挙げられる人気の教会は、今日も何組かのカップルが訪れていた。
5年前。
俺もここを訪れていた。結婚式の下見に。
ステンドグラスからは、柔らかな光が差し込んでいる。
正面には美しく輝く十字架が掲げられていて、両脇には天使の石像がある。
「天使の化石……翼があるのにどこにも行けない。まるで私みたい」
石像を見た彼女が呟いた言葉だ。今も俺の心に刻まれている。
なぜなら、天使のような彼女の心を化石にしてしまったのは、俺自身だったからだ。
彩美は親つながりで俺がたまに面倒を見ていた、可愛い女の子だった。ちょうど一回りも離れていたし、俺には妹がいなかったから、可愛くて仕方なかった。彩美も
「お兄ちゃん、遼太郎お兄ちゃん! 大好き!」
と、俺によく懐いてくれていた。
よく笑い、誰にでも優しくて親切な、天使のような女の子だった。
子供の頃はそれで良かったんだ。
でも、大人になっても、彩美は天使のままだった。
誰にでも優しくて親切で、穏やかな微笑みを向けながらも、俺には天真爛漫に無邪気に纏わりつく。
美しく成長した彩美は、自分の魅力にも俺の中に生まれた邪な心にも、少しも気づいていなかった。
「彩美、いい加減俺のところにひとりで来るのはやめろ」
「なんで?」
「俺だって男だぞ?」
「知ってるよー」
俺は何度も彩美には忠告していた。
だけど彩美はいつだって、俺を信頼しきって甘え続けた。
それが何度も続いたある夜。
俺は、彩美を無理矢理抱いた。
信じられないものを見るような目で俺を見た彩美の心は、多分その時化石のように固まってしまったのだろう。
何度も繰り返し抱いた彩美は、それでも涙ひとつ零さず、最後には微かな微笑みすら浮かべていた。
彩美と俺はその後婚約に至った。
幼い頃から教会での結婚式を望んでいた彩美の夢を、俺は覚えていた。だから、結婚式は教会でと、そう決めていた。
彩美は静かに俺を受け入れていた。
ただ、静かに俺を受け入れてくれていた。
そう思っていた。
でもそれは、俺の都合の良い思い込みだった。
正面には美しく輝く十字架。
両脇には天使の石像。
それまで、黙って俺の少し後ろを歩いていた彩美が、石像に目を留めて呟いたのだ。
「天使の化石……翼があるのにどこにも行けない。まるで私みたい」
「え?」
「可哀想に」
「彩美……」
見れば、彩美の両目からは、涙が零れ落ちていた。それは彩美が初めて俺に見せた涙。
「遼太郎さん。お願い、私を助けて」
「彩美、何を」
「お願い、遼太郎……お兄ちゃん」
その時俺は気づいたのだ。
彩美の心が、あの夜俺に無理矢理抱かれて化石のように固く閉ざされた彩美の心が、ようやく悲鳴を上げたことに。
俺は彩美との婚約を解消した。
「ありがとう。お兄ちゃんのこと、嫌いにさせないでくれて」
そう言って彩美は微笑み、俺の前から姿を消した。
5年後。
彩美から届いたのは、一通のハガキ。
結婚報告のハガキだった。
『私は今、とても幸せです。遼太郎お兄ちゃんも、幸せになってね』
お前はやっぱり天使だな。
生き生きと自由に、大空を羽ばたきながら笑っているのが、一番お前らしい。
幸せいっぱいに笑う彩美が写るハガキを掲げて、ステンドグラス越しに眺める。
ごめんな、彩美。
それでも俺は、どうしてもお前が欲しかったんだ。
お前を傷つけてでも。
だけど、やっぱりダメだな。
俺はお前を天使の化石にしてしまった。
俺じゃ、ダメだったんだな。
お前を傷つけてしまった罪は、一生背負って行くつもりだ。
だからお前は俺の事なんか忘れて、天使の輝きを放ち続けて欲しい。
さようなら、彩美。
ハガキを両手に持ち、ふたつに引き裂いてからポケットにしまう。
胸に疼く傷は、俺の罪。
彩美が抱えていた痛み。
俺が彩美に与えてしまった、消えない傷。
教会の美しく輝く十字架が、俺を見下ろしている。
石像の天使が、俺の罪を見つめている。
それら全てから逃れるように、俺は教会を後にした。
ステンドグラスから差し込む柔らかな光だけが、俺を赦すように見送ってくれているような気がした。
【終】
懺悔 平 遊 @taira_yuu
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