第23話 覗き見は卒業します
本日はリリアナ様とアミラ様と私の三人で、王城内にあるプライベートなお庭で楽しく歓談中。
私はオーランドと結婚すると決めたと、二人に晴れて報告した所だ。
「色々あったけれど、私はそうなると最初から思ってましたわ」
リリアナ様は得意げにな表情で告げると、紅茶カップに口をつける。
「私も、そうなればいいと思ってたわ。だってルイス様をいいなと思っていたから」
アミラ様もいつもの調子で、うんうんと頷きながら綺麗なお皿の上に並べられたクッキーに手を伸ばす。
「ふふ、ありがとうございます」
私はそんな二人の言葉に嬉しくなり、お礼を告げた。するとアミラ様は瞳を輝かせ、ずいとこちらに顔を寄せてくる。
「それで、オーランド様って、エマ様の前だとどんな感じなの?」
「それ私も気になるわ。無口なイメージがあるし、ちょっと怖い感じもするし。でもきっとエマの前だと違うんでしょう?詳しく聞きたいわ」
リリアナ様も負けじと食いついてくる。
そんな二人に迫られてしまい、私は少々たじろいでしまう。
「え、ええと……そうですね……可愛いです」
私は正直な気持ちを伝える。
「可愛いですって?オーランド様が?」
アミラ様が大袈裟に驚く。
「どんな風に可愛いのかしら?」
具体的に話せとリリアナ様が私に迫る。
「そうですね……まず寝起きが可愛いですね。あの可愛らしい目をさらにとろんとさせて、少し寝癖がついてたりして。私が起きるとすぐにはにかんだ笑顔でおはようって言ってくれるんです」
「え、全然想像がつかないわ」
アミラ様は目を丸くする。
「好きな人の寝癖なんて目の当たりにしたら、確かにキュンとしちゃうかも知れませんわ。ってまさかもう一緒に?」
リリアナ様は恥じるような表情で、頬に両手をあてた。しかし、その瞳には興味津々といった様子がしっかりと現れている。
「いえ、流石に一晩を過ごす事はありませんわ。でも、二人で読書を嗜んでいる時などに、うっかりソファーでお昼寝をしてしまったり……そういう時のお話です」
私はきっちり訂正をしておく。
「なるほど。お二人は家族でしたものね。だとすると、恋人同士っぽい雰囲気にはならないってことかしら?」
アミラ様が素朴な疑問を口にする。
「そんな事はないかと」
私はオーランドに虎視眈々と狙われている日々を思い出し、ブルリと震える。
今思い返してみると、私達は十歳ではじめて唇が触れてしまったあの瞬間から、お互いどこかで、姉と弟という関係ではないのだと気付いていたような気がする。
だからオーランドが私を避けていた期間は正しい。もしあの期間がなかったら、私達は内心「なんか違う」と思いつつ、お互い都合よく姉弟ごっこをしていただろうから。
後ろ暗い気持ちを抱きつつ、誰かを愛する事は流石に気が引ける。
正々堂々と好きな人の話をみんなに披露できる今の方がずっといい。
「他にはどんな感じで可愛いのかしら?」
ついうっかり幸せ気分に浸る私に、リリアナ様が話を元に戻す。
「そうですね、食事をする時が可愛いです。彼は意外と好き嫌いが多くて、食べたくないものはお皿にのせたまま、じーっとこちらを見てきたりするんです」
「オーランド様のお話をなさっているのよね?」
とうとうアミラ様が疑いはじめてしまった。
「なんだか信じられないけれど、でも他の人に見せない部分を自分の前だけでさらけ出して下さるのは、キュンとするのでしょうね」
リリアナ様はシュンとした表情で肩を落とした。
「ダニエル様にだって、リリアナ様にしか見せない部分がきっとあると思います」
私は恋愛マスターになった気分でリリアナ様を励ます。
「そうね。そう言えばダニエル様はあんなに美しく完璧な方なのに、ご自分の容姿に無頓着なの。この前は私に釣り合うか不安で眠れないとおっしゃっていたわ。むしろ私の方が不安でたまらないというのに」
リリアナ様が信じられないといった様子で告げた。
「それはあなたが隣にいたら誰だってそうじゃないかしら?」
苦笑しながら指摘するアミラ様の言葉に大きく頷く。
リリアナ様は我が国が誇る王女殿下だ。その美しさは別格。むしろダニエル様だからこそ、美男美女で釣り合っている気がする。
「でもダニエル様は、私以上に美しいわ。異論は認めません。それでアミラはどうなの?ルイス様と上手く行ってらっしゃるのかしら?」
リリアナ様は不服そうに頬を膨らませ、アミラ様に話を振る。
「上手く……っていうのとは少し違うかも知れないけれど、最近は一緒にいると楽しいわ。私達は ゼロからのスタートだから全てが新鮮なの」
アミラ様は恥ずかしいのか、紅茶の水面を見つめながらポツポツと話す。
「それは羨ましい気がします。これからお二人は思い出が増えてく一方ですものね。私なんてあの時はこう言ったって、昔の話を持ち出して今と比べられたりするんです」
思わず拗ねた感じで告げた時。
「クシュン」
私達を取り巻く生け垣から明らかに男性のくしゃみの音がした。
本日リリアナ様に付く近衛だろうかと、少し離れた所にいる近衛を見ると、すでに音のした生け垣を確認するためか、走って向かっていた。
「まぁ、今のは何かしら?」
リリアナ様は怯えと好奇心とが同居しているような表情で、生け垣の方に顔を向ける。
ここは王城内でも一般人は立ち入れない場所だ。とは言えオーランドが刺された陛下の一件もある。
私は何かあればすぐにリリアナ様を守れるよう、側にあった銀のトレイを盾代わりに持って席を立つ。そしてリリアナ様の側に立ち辺りをそれっぽく警戒する。
しかしすぐに本物の近衛が私の隣に並び立ち、「ここはお任せ下さい」とやんわりと押し出されてしまった。
「うわ」
「まて!」
「逃すか」
突然、生け垣を確認しに行った近衛達が騒がしくなる。どうやら不審者がいたようだ。
周囲に一気に緊張が走る。しかしすぐに不審者を取り囲んだ近衛が、リリアナ様を囲む近衛に向かって合図を出し、周囲の空気が緩み出す。
「どうやら不審者ではなかったようです」
近衛の一人が私達に告げる。
「では一体何があったのかしら?」
リリアナ様は首を傾げる。
「行ってみましょうか?」
私の提案に二人は頷く。
私達三人は揃って、近衛が集まる場所までゆっくりと向かう。そして生け垣の切れ目まで行き、向こう側を覗き込む。
「え?」
そこには近衛に取り囲まれ、苦笑するオーランドがいた。しかも彼だけではない。ダニエル様もルイス様もいる。
「あら」
リリアナ様はやや驚いた表情で自分の口元を押さえる。
まさかオーランド様の話で盛り上がっている時に本人がやってくるとは夢にも思わず……いや違う、覗かれているとは思わず、私は唖然とする。
「皆様どうして生け垣の後ろに?」
リリアナ様が無邪気にたずねる。
正直あの顔は全てを理解している顔だ。なぜならリリアナ様にも覗き見の経験があるから。しかも悲しいかな、彼らより熟練者である事は間違いない。
「近衛の交代でこちらにお伺いしたのですが、とても話が弾んでおられたので、思わず」
完全に目を泳がせたダニエル様が、状況を説明する。
「思わずなんですの?」
リリアナ様は楽しんでいるようで、怯えるダニエル様に詰め寄る。
「我々は覗き見をしておりました!」
ピシリと背筋を伸ばし、堂々と罪を告白するダニエル様。
「まぁ。私達は覗き見されていたのね」
何故かリリアナ様は嬉しそう。
「でも待って。ダニエル様とオーランド様がこの場にいるのはわかるけれど、ルイス様はどうしてこちらに?」
アミラ様が不信感たっぷりの視線をルイス様に向けた。
確かに近衛の二人が交代する為にこの場を訪れたのは理解できる。けれど文官であるルイス様がいるのはおかしい。
私達三人はルイス様を注視する。
「美しい方達に一心に見つめられ光栄です。しかし私は彼らとは違う」
ルイス様はそう告げるとアミラ様に視線を向けた。
「貴方が王城にいると聞き、少しでもお会いしたいと思い探していた所、この二人に覗き見を誘われまして」
肩をすくめながらルイス様が事の経緯を口にする。
彼の言葉には、自分だけが助かろうとしているようなニュアンスが感じられる。たぶんこのあたりが、侍女仲間から密かに『腹黒眼鏡のライバルキャラ』と呼ばれる原因なのではないだろうか。
「覗き見か……」
私はボソリと漏らす。
正直覗くのは慣れているけれど、覗かれるのは初めての経験だ。
そもそも覗くという行為は、まさにやみつきになる魔の行為で間違いない。覗き見る先に好きな人がいたら、なおさらのこと辞められない。なぜなら、普段の人となりを知り、何となく「私だけが知っている」という特別な気持ちで、優越感を感じずにはいられないから。
けれど今回覗かれて感じるのは、本人がいないと信じて話したあれこれが、全て筒抜けになる。それはあまりいい気がしないということだ。
「実際こうして覗かれる側になると、覗くという行為をあまり好ましくはない。そう感じるものなのね」
リリアナ様も私と同じような感想を漏らす。
「どうやら覗かれる側の気持ちをお分かり頂けたようで何よりです」
オーランドはまるで自分は被害者だと言わんばかり。涼しい表情で告げた。
悔しいけれど、かつて自分は確かに覗いていた手前、何も言い返せない。
「何より覗く時間が取れるのであれば少しでもいい。私はあなたに直接お会いしたいと願います」
ダニエル様が甘い台詞を真面目な顔でリリアナ様に告げる。
「まぁ!」
リリアナ様は首までピンクに染め上げた。
私はそんなリリアナ様を微笑ましい気持ちで見つめる。
そもそもリリアナ様が覗き見を始めたのは、好きな人の前で完璧な自分でいたいからという健気な思いだったはず。けれどもうそれは必要なさそうだ。何故なら今のダニエル様なら、どんなリリアナ様を見たって、全てを愛おしく感じてしまうだろうから。
そして私も覗き見を始めた頃とは状況が違う。色々あってオーランドの姉をやめた私は、彼にもう避けられていない。堂々と正面に立ち、彼を見つめていい権利を得た。
「覗き見はもうしない」
私は覗き見を卒業する事をきっぱりと宣言する。
「でも俺はエマになら覗かれてもいいけど」
いつの間にか隣に立っていたオーランドが私の耳元で悪魔の囁きをする。思わず一瞬「本人公認ならあり?」と今したばかりの決心が揺らぐ。
「例えば前みたいに俺がエマを無視したら、覗かなくていいの?」
「そんな事するつもりなの?」
私は不安になってたずねる。もしまた無視されたら、覗いてしまうかも知れない。
「もうしない。必要ないから」
オーランドが即答し、私はその言葉にホッとする。
私だって、出来ればもう覗き見したくはない。
「嘘でもそういう事は言わないで。私は真っ当に生きると決めたんだから」
「エマの困る顔が見たくてつい」
私の咎める声に、わざとらしく肩をすくめて見せるオーランド。
どうやらフィリップ兄様の言うことは正しかったらしい。
グラント伯爵家の男子は、揃って意地悪な趣味を持っているようだ。
「ルイス様、私は至ってノーマルですから」
「安心しました」
アミラ様とルイス様が他人事と言った感じて、熱い視線を交わし合っている。
そんな二人を微笑ましく思いつつ私はふと思う。
覗き見、それは時に心の安定剤であったけれど、やっぱりやってはいけないことだ。
「神様、もう二度と覗き見なんてしません。そして、かつてのリリアナ様と私の罪をお許し下さい」
私は両手を組み、決意と共に今までの分を神にまとめて懺悔する。
「愛に満ちた神様は、きっと許して下さるわ」
いつもと同じ。自信たっぷりな表情のリリアナ様に思わず笑みが溢れる。
こうしてリリアナ様と私の密かな趣味である覗き見は、幸せと引き換えに無事に幕を閉じたのであった。
◇おしまい◇
のぞきみ令嬢の密やかな恋 月食ぱんな @Kutsushita
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